モノツキ | ナノ


カーテンの隙間から射し込んできた朝陽が、目蓋を透かす。
煩わしく、忌々しかった筈のそれも、今は「ああ、今日は天気がいいんだな」と思える。


枕元の携帯で時間を見れば、時刻は午前八時半。

立て込んでいた仕事は昨日の内に片付けたので、今日は丸一日オフ。このまま枕に顔を埋めて、二度寝に入っても許される。
微睡み、また夢の世界に入るのは大層魅力的なことだが、そうはしていられないと、眠気を振りほどくようにして、布団から体を起こした。

予定より少し早く眼が覚めた。軽くシャワーでも浴びて、ゆっくり朝食を食べる時間はありそうだ。

今日は、約束がある。恐らく昼過ぎまで食事は摂れないだろうから、少し多めに朝食を食べよう。
確か昨日、夕飯と一緒に買った菓子パンと、冷蔵庫にヨーグルトがあった筈だと、すすぎあらいは風呂場へ向かった。



風呂から上がり、菓子パンを三つとヨーグルト一つ食べ終えて、なんとなくつけたテレビから流れるニュースを眺める。

天気予報曰く、今日は一日気持ちのいい秋晴れらしい。
残暑も終え、涼しい風が吹くだろうとアナウンサーがにこやかに告げると、コンコンと控えめな音が転がってきた。

テレビに表示された時刻を見て、もうそんな時間かと、すすぎあらいはコップに残った牛乳を飲み干して、音のする方――玄関へと向かった。


「今開けるよ」


鍵を開け、ドアノブを捻れば、予想通りの人物が予想通りの顔を見せた後、これまた予想通りの角度でぺこりとお辞儀した。


「お、おはようございます、すすぎあらいさん!」

「ん、おはようヨリコ。……俺が、起きてると思ってなかった顔してるね」

「ええっ?!」


敢えてそう言えば、ぎくりと驚くのも想像通り。
ここまで見事に当たると可笑しくて仕方ないと、すすぎあらいは小さく肩を震わせるが、心中をズバリ当てられたヨリコは自分がからかわれていることに気付いていない。


「わ、私、そんな顔してますか!?」

「さぁね……」


ぺたぺたと頬を叩き、そんな顔をしているのかと確かめて見るが、鏡を見たところで分かりやしないだろう。
くつくつ笑って適当にはぐらかすと、すすぎあらいは玄関を開けるように扉を体で支えた。


「まぁ、取り敢えず上がって。今日来てもらうことになった通り、散らかってるけど」

「は、はい!お邪魔します!」


今日は日曜日。普段はバイトが休みなのだが、ヨリコはいつものつなぎ姿で、すすぎあらいの部屋を訪れていた。

その理由は、つい先日。彼に、部屋の掃除を手伝ってほしいと頼まれたからであった。


「社長が厳しいから、ゴミは結構出してるんだけど……どうにも物が片付かなくて」

「うぅん……確かに、あちこち積み重なってますね」


すすぎあらいの部屋は汚い。

彼が言う通り、昼行灯が口を酸っぱくして注意している為、生活ゴミの類は殆どない。
が、乱雑に放置された服やタオルの山、仕事に使っていた書類、封を開けてさえいない貰い物らしき箱や袋、何故彼の部屋にあるのか分からないような物品と、山積みにされた本と新聞。そしてうっかり捨て損ねたらしいゴミ、ゴミ、ゴミ。

万年床を中心に広がる物がとにかく多く、加えてホコリ、食べかす、飲み物類のシミ。
かつてツキカゲ総動員で掃除する破目になったLANの部屋の惨状、とまではいかずとも、汚い。


これでも、すすぎあらいなりに片付けようとは思ったのだ。

慢性的な懶惰に憑りつかれ、ひたすら汚れていくことを選んでいた彼が、掃除をしようと思っただけで大きな前進で、彼も必ずやこの部屋を綺麗にしてみせようという意志はあった。

しかし、これまで散らかすことを当たり前にやってきた全自動ゴミ山生産機である彼が、ある日いきなり片付けようと息巻いたところで、とっ散らかった部屋が、綺麗さっぱりぴっかぴかとなってくれる訳もなかった。


彼は昔から片付けが苦手だった。

真面目な優等生と評判だった学生時代の彼でさえ、母親に部屋の散らかりようを叱咤されるのが常で、脱いだら脱ぎっぱなし、読んだら読みっぱなし、出したら出しっぱなし、食べたら食べっぱなしと、何度注意されても中々直すことが出来ず。
いつもお冠の母親に整理整頓を手伝ってもらっていた始末だった。


自分は、部屋を散らかす天才だったのだなと、今になって自覚したすすぎあらいは、このままでは一生部屋が片付かないと、ヨリコに助けを求めた。

あのゴミ山状態だった机を何度もあるべき姿に戻してみせた彼女なら、きっと自室も変えてくれるだろうと。すすぎあらいは、時給を出すのでどうか手伝ってもらえないかとヨリコに掃除の手伝いを依頼した。

予てから、すすぎあらいの部屋もさぞ散らかっているのだろうと気掛かりで仕方なかったヨリコの返答は無論、お給料はいらないので是非やらせてくださいだった。


「まず、お洋服を洗って……その間に物を必要なもの、いらないものに分けましょう」

「……服、かぁ…………まず、服の仕分けからしなきゃかな」

「……です、ね」


夏服も冬服もごったごた。パッと見、これは服であっているのかとさえ思える物さえ紛れ込んでいる。
これからぐっと寒くなっていくのだから、そろそろ温かい服を出し、薄手の物は仕舞いこむべきだ。

まず、明日にでも着るような服から掘り出して、どんどん洗っていこうと、ヨリコはすすぎあらいと選別を始めた。


汚れが酷いものや、捜索中に見付けたゴミは捨てながら、服をざっくり季節ごとに仕分けする。
ほぼ三百六十五日ジャージで、自分から率先して買うこともないというのに、どうしてこんなにあるのかと疑問になる程、衣類が多い。

大半は、毎日ジャージ生活を見兼ねた茶々子やサカナ、嫌がらせのつもりでシグナル等が贈った物なのだろう。
どう見てもすすぎあらいの趣味ではないだろうTシャツや、何処で売っているのか問い詰めたくなるような柄のパンツ、埋もれて台無しになったくっしゃくしゃのベストなどが発掘された。


「すすぎあらいさん、これはどうですか?それと、こっちも」

「……こんな服持ってたっけなぁ」

「あまり着てないものみたいですから……着ないなら思い切って捨てちゃうか、パジャマにしちゃうかですね」

「うーん…………」


長く着回し過ぎてヨレヨレになっているものもあれば、ほぼ着ていなかったが為に、洗えば普通に着られるものもある。
前者は流石にみっともないので捨てることにしたが、後者は少し、迷う。

とっておいても仕方ないものを溜め込んでしまうクセが、片付けられない要因の一つだと、分かってはいるのだが。


「似合うと思う?これ」

「はい!これからの時期、いいと思います!」

「……じゃあ、洗っておこうかな」


似合うと言ってもらえるなら、それは、とっておいた方がいい気がする。自分の眼から見ても、まぁいい服だと思うし、着心地も良さそうだし。

すすぎあらいは、長袖のシャツを一枚、洗う衣類の山に追加した。


量が多かった為、今から洗うことにした衣服だけでも相当な量になり、久方ぶりに稼動した洗濯機が苦しそうにしていた。

自分の頭では洗えないので、頑張ってくれ。

ヨリコがわざわざ買って来てくれた柔軟剤入りの洗剤の香りが漂う脱衣所を出て、すすぎあらいは衣類の整理に戻った。


「半袖は、もう寒くなるのでしまっちゃいましょう。百円ショップでお洋服の圧縮袋買ってきたので、これに入れて……」

「……そういえば、掃除機何処だっけな……。昔、社長にもらったような…………」

「……………」

「……………」

「い、入れてまとめるだけでもしちゃいましょう!とにかく、物をどんどん整理していけば、掃除機にも会える筈です!」


殊に衣類が多かったが、それ以外もまた多い。

捨てるのに手間取るような大きな物が殆どないのが救いだが、掃除機でさえ何処かへ消えてしまう部屋の惨状に、すすぎあらいは肩を落とした。


「……今日一日で終わりそうにないな、これ」

「そ、その時は、またお手伝いに来ますから!」


自分でしでかしたこととはいえ、よくこんな状態でいられたと、すすぎあらいはかなり凹んだ。

正直、先が見えないと膝を付きたくなる程、残った物の量が途方もない。
この八割以上はゴミになるとしても、それを袋に詰め、たまに紛れ込んでいる必要な物を救助して、綺麗に収納するのは何時になることか。
それが終わっても、床の掃除やホコリ取りが残っているというのに。

折れかけそうになっているすすぎあらいを、ヨリコは懸命に励ました。
ここで諦めては、また逆戻りになってしまう。不衛生そのものの部屋を脱却するには、今、どれだけ時間が掛かっても、地道に片付けていくしかないのだ。

長い道のりになるだろうが、自分がついている。だから、負けないでほしいと、ヨリコは丸くなったすすぎあらいの背中にエールを送った。


「元気出してください、すすぎあらいさ…………」


一歩踏み出した先、足元でプチッと何か嫌な音がした瞬間。彼女も折れかけたが。


「…………元気出して、ヨリコ」

「……はい…………頑張ります…………」


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