モノツキ | ナノ


私が唯一安堵感を得られるのは、この手に握った武器が血飛沫を上げた時だけだった。


「さぁ、殺すんだ××××。皆がお前を見ているぞ」


手に持つものは何でも構わない。

ただ、何かを深く傷付け、その命を奪うことさえ出来れば何でもよかった。


「どうしたぁ?!!早く殺せ殺せーー!!」

「それともお前が殺されるかー?!ぎゃはははは!」


食事をしている時のように、眠りについている時のように。
誰かを殺すその瞬間、私の心は酷く安らぎ、生を実感出来た。

この手で命を奪う度に、私はまだ生きていられるのだと。私は、そう信じ、信じて――


「出番だぞ、××××。いっておいで」

「イエス、マスター」


ずっと、殺してきたのだ。




大きく体を痙攣させた後、眼に映ったのは冷たいコンクリートの天井と、蛍光灯の陳腐な白だった。

それから間もなく、視界の端からプラスティック製のアンプルと、光る針が入り込んできた。


「あ、火縄さん気がついたみたいデスよ」

「……藥、丸」


見紛う余地のない注射器の頭と、特徴的な訛りの声から即座に連想された闇医者の名を呼んでみたが、上手く発声されていた気はしなかった。

喉が酷くがさついているおまけに、銃口部は酸素マスクで覆われ、シュゴーと機械に補助された呼吸音が漏れているし、少しでも息をする度に、肺が軋んで痛んだ。

ああ、これでは上手く喋れる訳ないなと火縄ガンが納得する頃、眼の前に見慣れた顔と、ティーポッドが現れた。


「大丈夫?火縄ガン」

「あぁ、よかったぁ…本当によかったね、火縄ちゃん!」


片や感極まって泣き出しそうな顔をし、片やカタカタと陶磁の蓋を鳴らしている。ヨリコと茶々子である。


「思ったよりも早く眼が覚めてよかったデスね。これで一安心デス」

「本当に、藥丸先生のお蔭です。ありがとうございました…っ」

「いえいえ。医者として当然のことしたまでデス」


ヨリコが「よかったね、よかったねぇ」と連呼している横で、茶々子は呑気な声で笑う藥丸に頭を下げていた。

その光景と、自分の腕にぶら下がるチューブを見て、火縄ガンは長いこと眠っていた頭で、ぼんやりと思い出してきた。


自分が殺されかけ、此処ニコニコクリニックに運ばれてきたのだということを。




自然が減少しつつある帝都の中、土地開発される日は今か今かと怯えている、ぽつりと残った杉林。
其処に、およそ場違いな携帯電話の着信メロディーが響いた。

その音に驚いて、チチチと野鳥が慌てて飛び立っていくと、やがて人の声がした。若い男の声だった。

声の主はぽそぽそと、一分にも満たない会話をした後、ストラップをチャラと鳴らして携帯端末をズボンの後ろポケットへとしまい込む。
その上では、ゆらゆらと水に揺蕩うライムグリーンの熱帯魚が水草を突いていた。


「社長、火縄ガンが意識を取り戻したようですよ」

「そうですか…」


杉林の中を進んでいた途中、携帯がけたたましくコール音を響かせてきた為に足を止めていた昼行灯達が、サカナの通話が終えると共に、ざくりと土を踏んで歩き出した。

新緑の眩しさがより一層増すこの頃だが、地面にはまだ冬の名残たる小枝や落ち葉の成れの果てが残っていた。


「ハッ、一日寝たら復活たぁ、健康優良児の鏡じゃねーのぉ」


そんな道を二、三歩進んだところで、またぴたりと昼行灯の足が止まった。

振り向けば、其処には木々の生み出す清涼な空気を汚すように紫煙を吐き出すシグナルの姿があった。

煙に焼かれた喉から出るがさついた声で笑う男は、この空間にそぐわぬ人工的な赤をカンカン光らせている。
昼行灯の頭の蝋燭が、嫌な横風に煽られたかのように揺れるが、シグナルは構うことなくからから笑う。


「一昨日はボロ雑巾みてぇになってたってのによぉお、全くガキのエネルギッシュさには恐れ入るぜぇ」

「…シグナル、」

「あ゛ーー、分かった分かった。笑えねぇ冗談だったな、自粛すらぁ」


分かっているのなら最初から要らぬ冗談など言わなければいいものを。
昼行灯が舌打ちを噛み殺す中、シグナルはまるで反省した素振りも見せずに煙草を携帯灰皿へと送り込んだ。

流石の彼も、吸い殻を林の中にポイ捨する気にはならなかったのか。
此処が町中であった場合は、何も気にせず捨てそうなものだが。昼行灯はじろ、と彼を睨んだ後に、深く溜息を吐いた。

もし吸い殻を林に放ろうものなら説教の一つでも噛ましてやろうと思っていたのだが。
それを読んでいたのかいないのか、シグナルがきちんと煙草を処理したので、その気も失せた。

ならば、さっさと切り替えるのがいいだろうと、昼行灯は視線をシグナルから林道へと移した。


「…それより、此処でいいのですね。一昨日の朝……火縄ガンが傷だらけになっていたのは」

「あぁぁ、間違いねぇぜェ。ほら見ろよ、そこの木の根元んとこ」


昼行灯とサカナは、シグナルがくっと顎で指した先に目をやった。

そこには、杉の木と背の低い茂みがあるだけで、一つを除けばこれまで歩いてきた林道と何等変わりない場所だった。

たった一つ、べっとりと赤く塗られた根本を除けば。


「血で赤くなってんだろぉ?ありゃぁ、一昨日火縄があそこに凭れてた証拠だ」


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