モノツキ | ナノ





「…随分、優しい言葉を掛けてやったじゃねぇの。なぁ、すすぎぃ」


狙いが一致している以上、遅かれ早かれ昼行灯に合流出来る。
よって、向かうべきはサカヅキのアジトだと、車を出し、一同は移動を開始した。

シグナルはバイクで横に並びながら、妙に機嫌のいい様子のすすぎあらいに、その真意を問い質した。


同じ二階オフィスに勤務する者として、シグナルは、すすぎあらいの抱えてきた汚れをよく知っている。

汚れ仕事を請け負うツキカゲの中でも、特に酷い。
最も血生臭く、最も嫌悪されて然るべき、掃除屋という職務を、躊躇いなく熟してきた彼が、どうしようもなく淀んでしまっていることを、シグナルは知っている。

もう既に助かる見込みが無く、故に汚れることに抗わず、自ら溝に浸かってきた。
そうして、長年蓄積されてきた悪感情が、あんな風に消えてしまったのは、何故なのか。ヨリコの何が、彼をそうさせたのか。

シグナルの質問に対し、すすぎあらいは、やはり、晴れやかで穏やかな声で返した。


「……御礼の言葉くらい、優しくもするよ」

「……御礼?」


すすぎあらいは、目の前に翳した自身の手の平を見詰めながら、汚泥の底に隠れていた心の内を口にした。


「俺……ずっと考えてたんだ。俺は、間違った選択をしたとは思っていない……俺が、父さんと母さんの仇を討ったのは、間違ってないって。
けど、本当にそうなのかって……あの日から、ずっと考えていたんだ」


すすぎあらいは、妄信していた。

両親の為に、人を殺したことは、罪ではないと。あれは、憧れていた父親が尊び、かつての自分が求めた正義であると、信じ込もうとしていたのだ。


疑っていたが故に、頭の片隅で過ちを認めていたが故に。すすぎあらいは、自身に言い聞かせてきた。

間違ってなどいない。自分は、愚直なまでに清く正しく誇り高い父親の、マシロ・キヨシの息子であり、そんな自分が、罪を犯す筈がないと。
かつて誰よりも清廉潔白で、誰よりも澄んだ志を有していたが故に、彼は、認めたくなかったのだ。


「俺が仇を討ったことを、誰も責めはしなかったし……俺自身、責められたりしたら……きっと、堪えられなかった。
だから、あれは正しかったんだって…そう、自分に言い聞かせてきた。
でも、俺は……あの選択が間違ってたって、諭してほしかったんだ。俺のしたことを肯定しながら……否定してほしかったんだ」


自分が、間違えたのは、やはり選択であったことを。
どんな理由があろうとも、その手を汚した時点で、自分も、彼等と――両親の仇と、同じ。同罪であると。

相手を、凄惨な最期を与えた程に恨んだが故に、受け入れたくなかった。


それでも、あの日。洗濯を間違えたが為に完全に消え去った筈のマシロ・キヨツグが、叫んでいたのだ。

こんなこと、両親は望んでいないと。お前は、罪を犯したのだと。


その声を掻き消すように、未だ自分の中で息をしているマシロ・キヨツグを殺すように。
すすぎあらいは、自ら穢れを纏った。

己を苛むものを埋めて、見えなくして、誤魔化す為。彼は、救われようのない血溜まりへと進むことを選んでいた。
誰より汚れることを嫌悪していながら、誰より悪を咎めていながら。

こうして彼は、過ちを重ねて、此処に至り、そして――彼女に、ヨリコに出会った。


「矛盾してるだろ?けど、そんな馬鹿げたことを、俺は何より望んでいた。こんな風に自覚することもなく……いや。
気付いていながら知らないフリをして、心の奥に隠して……それで、待ってたんだ。いつか誰かが、この想いを洗い出してくれることを」


マシロ・キヨツグであった頃の自分によく似た、濁りない少女。

彼女に自分を重ね、再度あの日の選択をさせることで、すすぎあらいは、今度こそ完全に、マシロ・キヨツグを消せる筈だった。
ヨリコがその手を汚し、両親の仇を討ち、それを良しとしていれば、そうなっていた筈だった。

しかし、ヨリコの選択が消したのは、これまで溜まりに溜まってきた、彼の迷いと、淀みと、絶望であった。


「あの子は……ヨリコは、何も知らないまま、俺の求めてきたものをくれた。多分、知っていたとしても、あの子は……俺の本心を見付けてくれただろう。
あの日から汚れていくだけだった俺は、ようやく……少しだけ、戻ることが出来たんだ」


すすぎあらいは思う。もしあの時、彼女が傍にいたのなら。彼女は、修羅に落ちる自分を止めただろうかと。

きっと、ヨリコは、彼が両親の仇を討つこと自体は、止めることも、咎めることもしないだろう。
ただ彼女は、其処に踏み出したが最後、戻れなくなる彼を憂いて、その手を引いて。

そんな、今更どうにもならないことを考えるのも、今は悪くなかった。


「……成ぁる程。愛の形が人それぞれなら、救いの形も然りだな」


蓄積された汚れが取れ、洗い出された心が軽い。

日々、重苦しい惰性に憑りつかれていた体も、細胞の一つ一つが駆け出すことを望んでいるようだ。
ごうんごうんと、高鳴る心臓に合わせて鳴る洗濯機頭の下で、男が堪え切れず微笑んでいるのが窺える。

その身に未だ呪いを受けていながら、それでも、彼は救済を得ていた。

シグナルは、不可思議ながらもしっくりとくるこの現状に、にっと歯を剥いて笑った。


「いい顔、いや…いい洗濯機してんじゃねぇの。すすぎよぉ」


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