モノツキ | ナノ




帝都に住まう二千万人の人間の代表。唯一この世界の支配者であるつくも神とコンタクトを取ることが許されている存在が、帝だ。

帝は、帝都の情勢につぶさに目を配り、人の力ではどうしようもない問題を解消すべく、定期的につくも神のもとに赴き、祈る。
それこそが”神頼み”であり、帝は近々、その為につくも神が住まう神社に向かうことになっていた。

神社というのは、つくも神達の住まいである。八百万の神々は普段其処に腰を据え、有事の際にのみ帝都に姿を現す。
帝は急を要する事態がなければ、年に四回。神社に足を運び、つくも神達に定例報告と”神頼み”をする。

神社は帝都に複数存在するが、帝がこの際向かうのは決まって、最も大きな神社で。インキ達が爆破テロを起こして封じた道はどれも、その神社に通じるものであった。


「サカヅキがここ最近狙った場所は……帝のいる帝都中心部から、神社に繋がる道。それを潰され、封じられた……となれば、帝は神社に徒歩か、ヘリで向かうしかない。
けど、サカヅキ以外の組織にすら首を狙われている帝が、歩いて行くなんて無茶はしないだろう。
仮に帝都警察に周りを囲ませたって、何が起こるかなんて分からないんだ。と、なれば……残るルートは空。
帝都で航空会社は一つ。そこから数台、帝のダミーとなるヘリも飛ばされることになるだろう。それを全部撃ち落すなんてことが無謀なのも奴らも分かっている。
大体、外から飛んでるヘリを狙うってのが無茶な話……なら、連中が狙うのは内部になる」


すすぎあらいが、捕えたモノツキから得た情報と、自ら集め、整理したデータをまとめ、導き出されたインキ達の次なる狙い。
叩き潰すべき目途を付け、先手を打てば、大きなアドバンテージになる。

もたついている間に四面楚歌が出来上がる今、ツキカゲがすべきことは、固まった。


「帝都で航空会社は一つ。そこに在籍する、ヘリの操縦士となれば、そう数は多くない。
その操縦士の、家族、友人、恋人を捕えて、脅して、これまでの爆破テロのように仕向けさせれば……」

「……何台ヘリが飛ぼうが、全部墜落して、必然帝は討てるっつー訳か」

「そんじゃ、俺らはその、操縦士の家でも見張ればいいのかぁ?」

「いや……そっちについては、俺が適任者に頼んである……。俺達がすべきは、この手を封じられたサカヅキの掃除だ」


ただでさえ動ける者が少なく、手数の違いが大きい状態で、見張りに社員を割くことは痛い。
何より、モノツキであり、裏社会に生きる者である自分達が、一般人の家に張り付くことは、望ましくない。

適任者、と言った通り。警察であるクロワサに頼み、其方を見てもらうのが、最も理に適っている。

では、自分達は何をすべきか。それは、原点回帰であった。


「連中は、俺らに先手を打たれたことに気付いた途端、俺達と、その関係者ぜんぶ、皆殺しに掛かるだろう。
それこそ、副社長の家族も、此処の先生達も、俺達に協力した奴、全員。
そうなる前に……奴らが計画を台無しにされたことに気付く前に、俺達はサカヅキを干さなきゃならない。
俺達がやるべきは……洗い出したこの、サカヅキのアジトに向かい、一人残らず潰すことだ」


危惧していながら、いや、していたが故に想定していたせいか。
至極冷静なまま、適切にして最良の判断を洗い出したすすぎあらいは、薄紅に代わり指揮を執った。


「もしかしなくても、あっちから何人か、社長の寝首掻こうとしてる連中が来るだろうから……修治さんは此処に残って。
アジトには俺、副社長、シグナル、火縄ガンで行こう。……ほんとは、火縄も此処に残したいけど…社長がいない今、こっちにも戦力が欲しい」


あまりに適確で、あまりに合理的で。他に入り込む余地も、付け入る隙もなく。そこまでは、誰もが彼の考えに同意し、頷いたが。
言葉の尾を、見過ごせない程に黒く濁らせていたすすぎあらいが、視線を傾けた瞬間。

一同は思考するより先に、中途半端に手を伸ばしていた。止めなければという直感が、そうさせたのか――それでも、制止は届かず。

すすぎあらいは、蹲った体をより一層強張らせるヨリコに、囁くような声を掛けていた。


「………なぁ、あんたも来る?」


嫌悪感と恍惚めいた何かが混ざり合った言葉の意味を、誰もが一瞬理解出来なかった。いや、理解したくなかったというのが正しいのか。
席を立ち、ヨリコの前に向かうすすぎあらいが、ここに来て見せた歪みを前に、一同は混迷していた。

誰より冷静沈着であった筈の彼が、誰より現状に狂わされているという衝撃が、彼等の脳を直に殴りつけてくる。

彼が、昼行灯の不在をわざわざ強調した意図を察するのが遅れたのも、そのせいだ。


「お、おい!」

「ちょっと……すすぎくん、何言って……」

「今言った通り…こっちは戦力不足なんだ。どっかの誰かのせいで、社長が倒れたから……足手纏いを削りたいんだよ」


すすぎあらいは、ヨリコを責めていた。
親の仇に、真実に近付こうをして、昼行灯を巻き込み、負傷させた彼女の愚かさを、糾弾していた。

こうなることを回避しようと、先んじて茶々子達に沈黙を守らせようとしていた為か、あくまで彼が未だ、平静である為か。
彼女自身望まず、予期すらしていなかった惨劇を引き起こしてしまったことに打ちひしがれているというのに、
すすぎあらいは構うことなく、寧ろ、何故か愉しそうな気すら窺える様子で、ヨリコに意地の悪い言葉を掛けていた。


「あんたは、此処にいたって邪魔なだけだ。社長の傍にいたところで……最悪、人質にでもされるのが関の山。
そうなるなら、こっちに入れて、奴らの気を引く弾除け役にでもなってもらうのがよっぽどいい」

「すすぎあらい!!」

「すすぎくん!!」


ヨリコに全く罪がないといえば、それは嘘になる。誰もが彼女を憐みながらも、少なからず、彼女が余計なことをしてくれたと思っている。

それでも、彼女の境遇や悲運を思えば、責めるのはあまりに酷だと、誰もヨリコを咎めはしなかったし、
こうしてヨリコを責め立てるすすぎあらいを逆に避難するように叫んだ。

だが、すすぎあらいはそれに、揺るがされることはない。

己の内に湧き上がる感情のまま、高揚を湛えた声で、すすぎあらいは、ヨリコを――煽っていた。


「それにさ……あんたも、親の仇、討ちたいんじゃないの?」


酷く嬉しそうなその言葉で、薄紅達は察した。

すすぎあらいは、ヨリコをただ責めていたのではない。彼女を追い詰め、陥れようとしていたのだ。

かつての自分と同じく、復讐者の道に片脚を突っ込んでしまったヨリコを、完全に突き落とし、取り返しのつかないものにしようと、
すすぎあらいは彼女を惑わしていた。焚き付けていた。


「あいつら、あんたの親を殺した犯人だって知ってさ……その仇を討ちたくて、社長に近付いて、奴らの情報を得ようとした。そうだろ?」

「やめろ、すすぎ……」

「俺らは、連中を始末することを依頼されている。だから、結果的に奴らをどうにか出来れば問題ない。
出来るどうかかはさておき……あんたが直接奴らに手を下したいって言うなら、それはいいんだ。だから、あんたの同行を、俺は許可する」

「やめろ!!!」

「社長を犠牲に、あんたは復讐を成し得るチャンスを得た。それを掴むかどうか……あんたは今、選択出来るんだ」


理不尽に両親を殺され、溢れ出る憎悪に従い、すすぎあらいはその手を汚した。
その選択が間違っていたなどと、彼は思わない。後悔もしていない。だから、彼はヨリコを引き摺り込もうとしているのだ。

彼女を傷付けることになるだろうと真実を隠蔽し、散々忠告までしてきた身で。すすぎあらいは、ヨリコを突き落そうとしていた。


「さぁ、どうする……?」


昔の自分とよく似た少女が、同様に復讐の道を辿ることを、すすぎあらいは支援しようとしている。
自身が決めた道が正しいと信じているが故に。ヨリコにもそれを推奨している。

これで、彼女が満足するのであれば、やはり自分の選択は疑いようもなく、完全無欠に正しいのだと。
その確証を得られることへの昂ぶりで、すすぎあらいは狂いきっていて。誰も、彼を止められなかった。


悍ましいを越えて、哀れで仕方ない彼をどうこう出来るのは今、ヨリコしかいなかった。

見ていられない程痛めつけられてしまい、震えるちっぽけな少女の選択が、彼等の、ツキカゲの運命を握っていた――。


「…………私、は」

「大変デス!皆さん!!」


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