モノツキ | ナノ



「……お、前は」

「………見ての通り、モノツキだ。
だから、名前は聞かれても名乗れねぇが……てめぇの女の、息子って言えば話は聞いてもらえっか?」


自分に危機が迫っていることなど露知らず、呑気に自室にいた男――ハヤマ・ノブヨシは、突然の来訪者に戸惑い、眼をこれでもかと見開いていたが。
見て明らかに、世の弾かれ者である信号頭と、彼の言う言葉で、彼は全てを把握し、声を呑んだ。

自身が置かれている状況と、それを打破する為の抜け道に気が付いたのだろう。
間抜けだとは思っていたが、ここで察するような奴なら仕方ないとシグナルは心底呆れたが、それを咎めたり茶化したりしている場合ではなかった。


「てめぇが何考えてバカやらかしたのかとか…てめぇみてぇな奴に引っかかったあの女のこととかは、この際いい…。
それより、もうすぐてめぇのタマ狙ったヤツが此処を嗅ぎつけて来る。俺が稼げるだけ時間稼いでやっから……どっかに逃げろ」


時間がない、余裕がない。とにかく急いで行動して、成るべく距離を離さなければならない。

そんな状況である以上、全て簡潔に事済ます必要がある。
説明は簡略的に、移動は無駄なく迅速に。

しかし、それでも。シグナルは一つ、ハヤマに告げるまで、彼をあの場から発たせることは出来なかった。


「てめぇが逃げた先までの面倒を、俺は見てやることは出来ねぇだろう。だから……一つだけ、頼みがある」


いち早く事の全貌を目にしてしまったシグナルが、ハヤマを逃がす理由はそこにあった。

彼を昼行灯の追跡から切り離し、着せた恩でたった一つの望みを遂げてもらうことこそ、シグナルの狙いで、祈りだった。


「あの女には……最期まで何も言わずにいてやってくれ」


粗暴にして凶悪な、シグナルという人間にはとても似つかわしくない。切実で、悲しい願いだった。

今日まで苦楽を共にしてきた仕事仲間を裏切り、自身の命すらも捨てる覚悟で、シグナルがハヤマに頼み込んだのは、黙秘であった。


「お前がヤク売り捌いて裏の人間に狙われたことも、そんなお前のことを逃がしに、俺みてぇなのが来たことも……全部黙って、看取ってやってくれ。
それを頼みたいが為に俺ぁ……此処に来たんだ」


病に蝕まれながら間近に迫る死を病床で待つ母親に、何一つとして知らせることもなく、穏やかで、静かで、幸福な最期を与えてやってほしい。

その願いが、シグナルが全てを捨てることを辞さず、この荊の道に臨んだ全てだった。


「……分かった。ミドリには……全部、黙っておこう」


手を差し伸べるに値しない愚かな男でも、ミドリの傍にいる人間であることには違いない。

まともな幸せなど何一つ得られぬままに病に堕ち、その生涯も直に終わる彼女が、せめて最期だけは幸せであるようにと。
母親の傍に寄り添うことが出来ないその身で、シグナルは祈ったが――


「ハッハァ、本当にいやがったぜ。無明の迎え火と、運び屋だ」


何処までも、この世界は彼と彼女の希望を打ち砕くように廻っていた。


prev next

back









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -