モノツキ | ナノ




「つくも神に呪われただと?!!」


叫び声を聞き付けてきた父は、真っ先に私を殴り付けた。ランプと化した顔でも厭わずに、生涯一度も殴ったことのない私を、思い切り。

それから怒濤の勢いで怒鳴りつけられたが、その中身は覚えていない。だが、全てが私に失望したというような内容だったことは、認識している。


「ねぇ見た…テルヒサ様の」

「酷い有様よね…あんだけ綺麗だったお顔が今やランプだなんて」

「私もう此処のメイド辞めようかしらぁ。玉の輿も狙えそうにないし」


最初に異変を察知して私の姿を見た使用人から話が広がり、使用人達は所用で私の部屋に来ることを躊躇うようになった。

呼ばずとも部屋を訪れ、私に媚びてきた使用人は誰もいなくなった。それはある意味快適なことだったが、それ以上に虚しさを感じた。


<先日、アマテラスカンパニー社長アマガハラ・テルヨシ氏の長男、テルヒサ氏が自宅でお亡くなりになりました>

<大学進学を控えた矢先の悲劇に、アマガハラ社長は悲しみを堪え切れず、報道陣の前で涙を――>


アマガハラ家からモノツキが出たという汚点を隠すべく、私は死んだことにされた。

でっちあげのカルテが作られ、虚実のニュースがテレビを流れ、遺体なき葬儀が執り行われ、アマガハラ・テルヒサは死んだ。


葬儀には、私の周りで友人と名乗っていた人間も、恋人と名乗っていた人間も、誰も訪れなかったという。


「アマテラスは私が継ぐことになったよ。歴代初のことだが…任されたからには私が、あの会社を守っていく」


私が座る筈だった椅子には、姉が座ることになった。

幼い頃から自分がアマテラスを継げないことを、心中で嘆いていた姉は、とても不本意だと言いたげな顔をしていたが、
その言葉からは、後ろめたさだけでは隠しきれない喜びが満ちていたのが印象に残っている。


「俺がこうなって嬉しいか?」と尋ねた時、誰よりも正直であり、美しい程に誠実であった姉は、正々堂々と頷いてきたが。
包み隠さずにそう告げられたので、憎々しいと思う気持ちが薄れたというか、恐ろしく白けてしまったのも、よく覚えている。


「お前にはこれから、裏の方で動いてもらうとしよう。その為に、必要最低限の支援はこちらからしよう。…何か、言いたいことはないか?」


死んだ人間がいつまでも居座る訳にもいかず、私は家を出されることになった。

大学卒業後はアマテラスカンパニーに就く筈だった私の仕事先は、帝都一の大企業という立場を守る為にアマガハラが飼っている始末屋だった。


父から、何れアマテラスを継ぐ者として聞かされた話で、そこで飼われた人間達が何をして金を得ているのかは知っていた。

飼い主が命じれば、殺しも詐欺も厭わず、女でも子供でも亡き者にする最底辺の汚れ仕事。

アマテラスカンパニーが輝きを保つ為に手を汚すことこそが、始末屋の業務であることは、知っていた。それが、自分の仕事になるとは思いもしなかったが。


「……いえ」

「そうか…。ならば、行け」


家を出る日、父は一度たりとも此方を見ることはなかった。いや、モノツキとなったあの日から、父の眼が私を――昼行灯を映すことはなかった。


「お前のそんな顔はもう…二度と見たくはない」


父が期待し、大事に育ててきた息子テルヒサは、もう死んでいたのだから。


「家族にも友人にも恋人にも裏切られ、テルヒサは……いや、昼行灯は闇へと流れて行った。だが、奪われた筈の奴の名や地位が、そこで奴を苛んだ」




「ハッハッハッハァ!!まさか、俺らをこき使う側の人間が、俺らの同類になるたぁなあ!!!」

「おいおい、こんなとこで吐くなんて気分悪いのかぁ、お坊ちゃま…いや、”元”お坊ちゃまよぉ!」

「「だっはっはっはっはっは!!!」」


私が流れてきた事情を知る始末屋達は、これまでアマテラスに散々使われてきた恨みの全てを、私に晴らしてきた。
始末屋に入って最初の三日は、ただ殴られることと罵詈雑言を浴びせられるのが仕事だったような気がする。

だが、定期的にアマテラスの使いが来るのでそうもしていられないと、動けるようになった一週間目から私は仕事へ駆り出された。


「オラ!もたもたしてんじゃねーよ!!」

「温室育ちのボンボンが!!こんなことも出来ねぇうすのろに生きてる価値なんかねぇんだよ!さっさと働け!!」


最初に与えられた仕事は、ドブ川に沈めた死体の引き上げ作業だった。

腐敗した死体を回収し、解体して燃やすまでに何度吐いて、その都度何度蹴られたのか覚えていない。


汚泥に塗れ、腐臭に憑かれ、それでも死にもの狂いで死体を処理し終えた私への最初の配当は手間を取らせた賃金として与えられなかった。
食事もまた、匂いが移るという理由で渡されることはなかったが、緑色に蕩けた死体の面影のせいで何も食べれる気はしなかったのでどうでもよかった。

だが、吐き続けたせいで喉が異常なまでに乾いていたので、水だけは飲むことにした。

犬がするようにして皿から泥水を飲むことしか許されなかったが、そうしてでも飲まなければ死にそうだったので、嘲笑の嵐の中で砂利混じりの汚水を飲んだ。


「お坊ちゃまの口に合うものはねぇからなぁ。特別に味付けしてやったぜぇ」


仕事がこなせるようになるまでは、食事もそんな調子だった。僅かに盛られた食事には泥や虫が乗せられていたが、味が分かるような余裕はなかったので、黙って食らった。


手を叩いて笑う始末屋達に対して、その頃は憎悪を抱くことは無かったと、今は思う。

最も私が虐げられていた頃は、まだ私は、死んだアマガハラ・テルヒサの状態で。死人が何かを感じることはなかったからだろう。


アマガハラの人間という理由で自分をいたぶってくれた彼等に対し殺意を覚え出したのは、自分が昼行灯であることを認めだした頃だった。


「貴方、薄紅さんですね」

「…その名で呼ばれるのは、随分と久しぶりだ」


始末屋に来て一年が経ち、組織で屈指の実力者であるワシモトの技術を習得して、いつしか始末屋でも一定の地位を保てるようになった頃。
私は自分を虐げてくれた彼等への復讐と、アマテラスからの離別の為に、始末屋を乗っ取ることを計画した。

当時裏社会で名を馳せていた殺し屋、人斬りシザークロスこと薄紅をスカウトして、私は始末屋にいる全ての人間を抹殺した。


「おいやめろ…やめろぉおおおお!!!」


受けた屈辱を晴らすべく、アマテラスという呪縛から逃れるべく。私は一切の躊躇いもなく、始末屋達を殺した。

皮肉にも始末屋で身に着けた技術と知識のお蔭で、殲滅も処理も偽造も実にスムーズに運び、私はアマテラスの鎖を引きちぎることに成功した。


それからはとんとんと事は進み。始末屋の蓄えを使ってツキカゲを作り、自分と薄紅の名を使って顧客を得ていき、会社の名を広げ信頼を築いていき――。

私の、昼行灯の人生はようやく始まるのだと、そう思い出した矢先だった。


「昼行灯は人間の少女に出会い、恋をした」


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