01

綺依は朝から機嫌が悪かった。
始業式の次の日だった。
珍しく琉依が早く起きてきたので、家族4人で久しぶりにゆっくりと朝食をとれたその日。
いつにも増して口数が少ない綺依に、亮さんは「どうしたの?」と声をかけた。
「別に、何でもない」

何年か前に話題になった女優のように、つっけんどんな返事を返す。
このことは綺依にとって、特に珍しいものではなかった。
彼にはこれ以上何を言っても無駄だと分かっている亮さんは、そのまま何も言わずに食事に戻った。

綺依の無口は、家を出たあとも続いた。
琉依が何か話しかけても、答えは返ってこなかった。
不意に琉依は立ち止まり、すたすたと先を行く綺依の背中に喚く。

「おにぃのバカ! 何でずっと黙ってるの!?」

本当のところ、これまでの経験からして琉依には綺依が怒っているのだと分かっていた。
だが、一体何に怒っているのか。
綺依は琉依に構わず歩みを早める。
その様子を、琉依はその場に立ち尽くしてずっと見ていた。

すっかり綺依の姿が見えなくなった時、後ろから肩を叩かれた。
ビクッと震えて琉依が振り返ると、そこには見知った顔があった。

「たっちゃん!」

高校3年間ずっと同じクラスの親友、西内達幸。
彼はいつも、琉依の良き理解者であった。

「おにぃ――綺依が朝からずっと怒ってるの。
僕が声をかけても黙ったままで、さっさと僕を置いていっちゃった……」

今にも泣き出しそうな顔で見つめられ、達幸は困り顔で頬を掻く。

これまでにも幾度か綺依のことで相談に乗ったことがある。
琉依の双子の兄、綺依。達幸にとって彼は、悪い印象しかなかった。
盲目的に彼を頼る琉依を突き放しては楽しんでいる、そんなイメージを持っていた。
そのイメージはけっして間違ってはいない。琉依にこの話をすると否定するのだが。
今回もそんな綺依の気まぐれだろうと思い、達幸は琉依を宥めつつ一緒に教室まで歩いていった。

連れ立って教室に入ると、頬杖をついて席に座っていた綺依が2人を見留めた。
そして、ふっと両目を眇る。
その瞳には剣呑な光が宿っているのを、達幸は見逃さなかった。

「綺依、まだ怒ってる?」

恐る恐る琉依が近づいて尋ねた。
綺依は無言で首を横に振る。
その答えに琉依はほっと胸を撫で下ろした。
彼の顔には笑みが戻り、安心して綺依の後ろの席に着く。
達幸はその様子を黙って横から見ていたのだが、綺依をよく知らない彼でも、綺依の機嫌がまだ悪いことは容易に知れた。
訝しげな達幸に気付き、琉依は彼に笑いかけてこう言う。

「綺依は優しいって、いつも言ってるでしょ?」

達幸は静かに目を伏せた。
琉依は綺依を本当に信じきっているのか、それとも信じたいだけなのか。
彼にはその区別がつかなかった。

>>続く

お兄ちゃんの不機嫌さは2割増しです。
恋人が他の男といちゃついている(様に見える)のですからね。


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