▼ 水静誕生日SS
学校の近所の商店街では、折り紙で飾り付けられた笹が揺れていた。
買い物についてきた日織が、それを見上げて
「あー、そろそろ七夕かー」
と呟く。
「今年も笹を飾るのか?」
日織の家では、毎年"七夕会"と称して家族パーティーを開く。
俺がこっちへ来てからは少し日を早めて執り行い、俺の誕生日会も兼ねてくれているのだが。
「もっちろん。この前爺ちゃんが持ってきてくれたから、庭に置いてあるよ。
今週の土曜日にでもパーティーしようかと思ってたんだけど、どう?」
「その日なら一日暇だな」
「よしっ、じゃあ決まり。水静は18歳になるんだよな。
あれ、もう誕生日過ぎたっけ?」
日織の質問に、毎年祝っているんだから覚えとけよ、とため息をついて答えた。
「今週の土曜日。パーティーの日と同じ」
「お、そうかそうか。ちょうどいいじゃん。
それなら、誕生日プレゼントに18禁のAVあげるわ。それともエロゲーがいい?」
真面目な顔つきで尋ねられる。
「いや要らないし……。しかも、お前18歳になってないから買えねぇだろ」
「あ! 確かにそうだわ。
それに水静は、結崎の入浴シーンの写真とかの方がいいんだよな」
日織は、けらけら笑いながら冗談(だと思いたい)を言う。
が、俺の冷ややかな視線に気付くと、ぴたりと笑うのを止めた。
「いや、嘘だって。嘘嘘。そんなに怖い顔するなよ。
ま、誕生日プレゼント期待しとけよな」
な、な、と引きつった笑みを見せる。俺はもう一度ため息をついた。
「分かった、期待しねぇわ」
「っと、そうだ。結崎も誘わない?」
ニヤリ、と口角を上げる日織。彼がこの表情をするのは大抵よからぬことを考えている時だが、朔くんを誘うというのは俺も大賛成だった。
朔くんと笹の飾り付けをしたり、ケーキを食べたり。
もしかしたら「誕生日おめでとう」とか言ってくれるかもしれない。
考えているうちに、俺の脳内はみるみる薔薇色に染まっていく。
隣で日織は、呆れ顔でその様子を見ていた。
「……水静って、結崎が絡むと普段とキャラが変わるよな」
「そうか?」
「少なくとも、俺にはそう見える」
いつでも俺は俺だと思うけど。いまいち日織の言葉が理解できなかったが、それはあくまで日織の感想であって、みんながみんなそう思っている訳じゃないと聞き流すことにした。
その後、パーティーに朔くんを誘ったところあっさり承諾してくれた。
かくして俺と朔くんは、6月29日の土曜日に、日織の家で行われるパーティーへ出かけていった。
「いらっしゃいー! 待ってたよ。
ほら、上がって上がって」
インターホンを押すと、すぐさま日織が飛び出してきた。
お邪魔しますと口をそろえて挨拶し、二人で家の中へ入る。
「水静くん、久しぶり。隣の子が例の転校生くん?」
リビングのソファーに座ると、おばさん(つまり日織の母さん)がジュースを出してくれた。
朔くんは初めて入る家が気になるのだろう、部屋の中をキョロキョロと見渡している。
机にジュースが置かれると視線を戻し、会釈した。
「あ、はい、結崎朔です」
「へぇー、朔くんって言うのね。どんな字書くの?」
尋ねられて、しばし考え込む朔くん。俺も一緒に、彼の字はどうやって説明したらいいんだろうかと考える。初めて見た字だから分からない。
「えっと、"ついたち"っていう字なんですけど、分かりますか?」
ついたち!? ついたちって、一日の?
「ええ、分かるわよ。"八朔"の朔ね。あの字の形、可愛くて好きだわ」
はっさくは確か、ミカンじゃなかったっけ……。
いずれにせよ、初耳だ。朔くんって、やっぱり賢い。
現実に打ちのめされてと言うべきか、とにかく俺が隣で項垂れていると、日織が寄ってきた。
顔を上げて見ると、はいっとラッピングされた包みを渡された。
訝しげに彼を睨むと、ひらひらと手を振って
「今見ちゃってもいいんだぜ? あ、でも母さんには見せるな」
と言ってきた。一体何を買ったんだと、おばさんには見えないようにこっそり包装紙を破くと、ソフトカバーでそれほど厚くない本が一冊出てきた。
表紙を見ると、Yシャツのボタンを4つ位開けたホスト風の男が、エプロンをした童顔の男の腰を抱いているイラストが描かれていた。
ものすごく嫌な予感が、俺の中を走った。
「なぁ日織、これって……」
「俺の友達に18歳が居るから、何か18禁買ってきてって頼んだらこれ買ってきた。
でもさ、それって18禁では無いよな? エロいらしいけど」
周りに聞こえないように、ひそひそと日織が囁く。
「お前の友達ぇ……」
間違いなく、"ボ"から始まって"ブ"で終わるやつだろ、これ。
しかもエロいのかよ。マジで要らねぇ。まだエロゲーの方がマシだった。
「何貰ったんだ? 時原」
いつの間にかおばさんとの会話を終えていた朔くんが、俺の手の中を覗いた。
「え? あ、何でもない! ただの小説だから!」
「ふーん。じゃ、俺からも。今日は誕生日らしいな」
興味無さそうに首を引っ込めると、朔くんは自分のカバンをガサゴソ漁る。
しばらくして、小さい袋を渡された。
「江嶋に何を買おうか相談したら、時原がそれを欲しがっていたって言ってたから」
俺が欲しがっていた? 何それ、そんなのあったっけ。
首を傾げつつ開けると、中から出て来たのは
「おいっ! よくもやってくれたな日織っ!」
18禁のエロゲーだった。いや、確かにさっきエロゲーの方が良かったと言ったけれども。
いや、それより問題は朔くんの年齢だ。
「てか、朔くんってまだ17歳だよね? 何でこんなの買ってるの!?」
「ア○ゾンで買えた」
「!?」
最近のネットが無法地帯だというのは本当らしい。
「買えたの、父さん名義だからなんだけどな」
いいのかよ、それ……。まぁ朔くんからの誕生日プレゼントだと思えば嬉し――い訳ないだろ!
「まあまあ、水静。そんなに怒るなよ。ほら、短冊に願い事書こうぜ」
肩をぽんぽんと叩いて、日織が短冊とマジックを手渡した。
言いたいことは色々あったが、おばさんも日織も、そしてずっと無言で俺たちのやり取りを見ていたおじさんがニコニコと見つめていたので、仕方なくマジックのフタを取った。
ちらっと朔くんの方を見ると、丁寧な字で
"織姫と彦星が逢えますように"
と書いてあるのが見えた。
まさかのお願いだ。自分の事ではなく、他人の事。しかも、お伽噺の中の人物なんて。
変な顔で見ている俺に気付いたのか、朔くんは顔を上げた。
「表にこう書いて、裏に願い事を書くんだよ。
二人のお願いもしとけば、一緒に叶えてくれるような気がするから」
「へぇー……」
言われてみれば、そんな気もする。かなり都合のいい話だが。
俺も朔くんを見習って表にそう書き、裏に自分の願い事を書くことにした。
願い事は一つ。
"俺の願いが叶いますように"
「うわっ、何その願い! そんなの『魔法が1度だけ使えたら何をしますか?』っていう質問に『魔法使いになる』って答えてるようなもんじゃん!」
上から覗き込んだ日織が腹を抱えて笑い出した。うるせぇ。何を書こうが人の勝手だ。
「じゃあ、お前は何を書いたんだよ」
「俺? 俺は友達思いで優しい人だからな」
そう言って、短冊を見せる。そこには
"水静が結崎と付き合えますように(笑)"
と書かれていた。
「(笑)ってなんだよ(笑)って!」
「微笑ましいなって意味だよ」
「嘘だろ!?」
俺が日織にギャーギャー吠えていると、おばさんが間に割って入った。
「はらほら、喧嘩しない。
それよりもケーキ食べましょう? 水静くん、お誕生日おめでとう!」
「おめでとう」
おじさんとおばさんの祝福と共に、人数分に切り分けられたケーキがそれぞれに配られる。
俺の分だけ"Happy birthday!"と書いてあるチョコプレートが乗っていた。
これは毎年のことなんだが、ちょっと恥ずかしい。
「水静、誕生日おめでとう!」
どこに隠し持っていたのか、日織がクラッカーを鳴らした。
「時原、誕生日おめでとう」
そして朔くんも。
朔くんも!?
「ありがとう、朔くん!」
「え、俺は?」
「一生の思い出にするから!」
「え? あ、うん……」
「だから俺は?」
こんなに幸せな誕生日は久しぶりだった。
色々変なプレゼントも貰ったが、朔くんの祝福でそれが全部吹き飛んだ。
「年取って良かった……」
10月になったら、俺も何か朔くんにお返ししないと。
その時には、俺がプレゼントとかいうセリフを言えるようになって――いや、これは流石に痛いな。前言撤回。
でも、恋人として祝えたら、すごく嬉しいと思う。
早く朔くんともっと距離を縮めて、告白しよう。
そう心に誓った誕生日だった。
本当にありがとう、朔くん。おばさんとおじさんも。
それと、日織。俺は心が広いからな。
-end-
というわけで、6/29水静誕生日おめでとう!
水静の誕生日を祝うに当たって、彼の問題点を書き出してみたところ……9個もありましたorz
ちなみに日織は8月生まれ設定で一人っ子です。
お父さんは温厚な人で、明るく朗らかなお母さんの尻にひかれています←
やっぱ18歳の誕生日プレゼントは18禁だよn((((
そうそう、日織に頼まれてプレゼント買ってきた友人は、例のあの子です。
よく買ったよね、ホント。
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