*The taste is sweet.

 「あれ? 綺依くん、蒼白い顔してるけど大丈夫?」
夏の暑さも随分和らぎ、けたたましかったセミの鳴き声はいつの間にか聞こえなくなった頃の朝。
いつもより遅い時間に綺依は起きてきた。
顔は病的なほど青ざめて、歩き方もふらふらとしている。
はたから見ても、彼の体調が悪いことは一目瞭然だった。
 しかし、心配して投げかけた義父の問いに彼は

「……大丈夫」

とだけ答えた。そして食卓につき、1人分の食事を時間をかけてなんとか平らげる。
不安そうに家族が見守る中、綺依は椅子から立ち上がろうとする。が、身体がふらついてまた椅子に座り込んでしまった。
そのまましんどそうに椅子の背にもたれかかる彼を見て、琉依が

「おにぃ、全然大丈夫そうじゃないよ!? 部屋で寝てた方がいいんじゃないかな……」

と声をかける。綺依は微かに頷いたように見えた。
 琉依は彼の背中に手を添えて倒れないようにし、椅子から立たせる。
自分に綺依を抱き上げられるだけの腕力があればなぁ、と悔やみながらそろそろと廊下を渡り、どうにかして階上の彼の部屋まで送り届けた。

「じゃあ、お熱測らなきゃいけないから体温計取ってくるね」

 ベッドに寝かせた綺依にそう言い残し、琉依は部屋を出る。


 先に自分と綺依の分の食器を片付けていると、母親が「病院に連れて行った方がいいかしら」と亮さんに尋ねているのが聞こえた。

「多分、夏バテとかじゃないかな? しばらく家で様子をみていよう。
もし高熱を出していたら病院へ行くべきだけれど」

 亮さんの答えを聞いて、琉依は慌てて体温計を掴んで階段を駆け上がった。
さっき触った綺依の身体はとても熱くて、もしかしたら高い熱があるのかもしれないと思ったからだ。
大人になってから高熱を出すと危ないと、何処かで耳にしたことがある。
綺依だってもうすぐ十八歳になるのだ。彼も危険かもしれない。

「おにぃ、早くお熱測るよ!」

 ベッドの上で丸くなっている綺依の腋に体温計を差し込み、憂いながら計測の終了を知らせる音が鳴るのを待つ。
しばらくしてピピピと音が鳴り、琉依は体温計を抜き取る。体温を確認してみると、そこには38.7℃と表示されていた。

「えぇっ! そんなぁ」
「……何度?」

 薄っすらと目を開けて、綺依が尋ねる。

「39℃近くあるよ。病院行かなきゃ……。
僕、お母さんに言ってくるね!」

 そう言って、彼は階段を駆け下りた。
昇ったり下りたり、ドタドタと忙しないなと綺依はぼんやりと考える。
そんなに急がなくてもいいのに。死ぬ訳じゃないし――。
だんだん瞼が重くなってくる。また琉依が階段を上ってくる足音が聞こえた気がしたが、綺依の意識は遠のいていった。


 一方、階下に下りた琉依は。

「おにぃ、38.7℃も熱がある!」

 そう母親と亮さんに告げる。

「そんなに熱があるのか……やっぱり病院に行った方がいいね」
「でも、病院まで行ける状態なの? あまりにもしんどいみたいだったら、連れて行けないし」

 念のためにと用意していた氷枕と冷却シートを琉依に手渡しながら、母親が尋ねた。
琉依は少し考えてから、首を横に振る。

「ものすごく辛そうだったから、行けないかも。ふらふらしてて歩けないし」

 困った様子で、母親と亮さんは顔を見合わせた。家から病院までは少し距離がある。
おそらく今の綺依の様子では連れて行けないだろう。
 話し合った結果、もう少し様子を見てみようということになった。
病院へは午後から行くことにする。あまり変化は無いかもしれないが、病院へ行かないわけにはいかない。


 氷枕と冷却シートを持って、再び琉依が綺依の元へ行くと、彼は眉根を寄せて眠っていた。
起こさないように気をつけて、額に冷却シートを貼る。冷たいシートの上からでも熱さが分かるほど、綺依は高熱を出していた。
続いて枕を氷枕に換えようとしたが、彼の頭を上げなければならない。
起こしてしまうことになるだろうし、どうしようかと琉依は逡巡する。
すると、綺依がぱちっと目を開けた。虚ろに琉依を見上げると、その腕を強く引く。
バランスを崩した琉依は、必然に綺依の上へと倒れかかった。

「わっ! おにぃ、ごめん」

びっくりして顔を上げたところを、綺依に両手で包まれた。
彼の掌は熱のせいで熱く、少し湿っている。

「どうしたの?」

戸惑う琉依が尋ねると、彼は無言で顔を近付けた。
ぺちゃっと唇が重なり、灼けた舌が滑り込んでくる。

「んふぅ……」

しばらく水音を弾かせながら舌を絡ませ合い、一筋の糸を残して唇は離れる。
琉依が不思議そうな顔で綺依を見つめると、彼は琉依の背中に手を回し、ぎゅっと抱き締めた。
普段とは違う柔らかな抱擁に、ますます琉依は驚きを募らせた。

「どうしちゃったの、おにぃ!? 変だよ」
「……何が」

琉依の首元に顔をうずめ、綺依は返した。

「何がって、いつものおにぃじゃないもん」

答えて、1つの可能性が頭に浮かんだ。
もしかしたら綺依は、熱に浮かされてるのかもしれない。
頭がボーッとして、思考力が低下しているとか。

「おにぃ、熱い?」
「うん」
「氷枕する?」
「うん」

やけに素直な綺依の返答に、琉依は氷枕を取って彼の頭の下に差し入れた。
気持ち良さそうに目を瞑る綺依に、微笑みかけて伝える。

「お昼から病院に行くからね」
「……分かった」

そしてしばらく沈黙が続いたあと、綺依がおもむろに口を開いた。

「それまでここにいて、琉依……」

抱き締める力を強くする。琉依はにこっと笑って頷いた。

「うん、いいよ」


その後綺依は、病院で夏風邪と診断された。
薬を処方してもらったがなかなか熱が下がらず、琉依は心配しながらも看病し続けた。
ようやく熱が下がった頃に「どうしていつもと様子が違ったのか」というようなことを尋ねると、綺依は気まずそうに顔をしかめてそっぽを向いたのだった。

-終-

えー、この度は1000Hitありがとうこざいました!
何年かかったのかは聞かないで下さい、Mainページを見れば分かることです。

というわけで、お祝いとお礼に双子を書きました。
あれですね、優しいお兄ちゃんもたまには書いてみたかったのです。
夏の風邪って治りにくいですよねー。熱出ると甘えたくなりますよねー。ってことで。
こんなお兄ちゃんはどうでしょうか?←
コメント待ってます←

ありがとうこざいました!




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