ポアロ組と放課後




小学校の時から、ずっと理科が好きだった。植物を観察してスケッチするのは楽しかったし、星を見るのもわくわくした。赤紫色の溶液が噴水になった時なんて手を叩いて喜んだものだ。だけどその感動も、自分が成長していくにつれて小難しい原理やら法則やらに支配されて一気に遠い存在になってしまったような気がする。…つまり、わたしが何を言いたいかというと。

「レポートおわんないよぉ」
「なまえちゃん、さっきからそればっかりだよ」

机に突っ伏してシャープペンシルを転がし始めて数十分。未だに1ミリも手をつけていないレポートに、わたしはうんざりとため息をついた。【学期末試験直前!レポート課題!】と書かれた其れは見れば見るほどやる気が削がれていく。夏休みを目前に控えているというのにこの仕打ちはあんまりだ。「学生の本分は勉強じゃぞぉ」なんて脳内の阿笠せんせい(通称はかせ)が呑気に笑うものだから、わたしは再びため息をついて脳内はかせを追い出す。
そんなわたしに根気よく付き合ってくれる天使ーー否、女神こと梓ちゃんは「今日は自分の力でなんとかするって言ったのなまえちゃんだよ」と困ったように笑った。

「だってぇ…なんでこの液に塩酸入れたら2つに分かれるかわかんないぃ…」
「そこはね、えっと…イオン化傾向が…」
「出たよ。もうみんなすぐイオンになっちまえばいいのに」
「そしたら分離できないよなまえちゃん…」

梓ちゃんの呆れ混じりの声にわたしはうんうん唸りながらスクールバッグを片手で手繰り寄せた。朝登校する時にコンビニで買ったポッキーを取り出すと途端に梓ちゃんの大きなおめめがきらりと光る。

「じゃん。新味〜〜食べる?」
「食べる」
「…そしたらあのぅ…レポートなんですがね…」
「…もう。最初からその目的だったんでしょ」
「へへ」
「しょうがないなぁ…」

むううと剥れる梓ちゃんはそれはそれは可愛い。男子が放っておかない理由もわかるってもんよ。…まぁ、誰にも渡しませんけどもね。交渉成立。ポッキーと引き換えに梓ちゃんのレポートを手に入れたわたしは、意気揚々とシャープペンシルを構えた。…はずだった。

「…こんにちは」
「げ、」
「あ、こんにちは、安室さん」

出たな。急に掴まれた腕にわたしはひくりと頬を引きつらせた。ぐぎぎとそちらの方を見れば、やはり思った通りの人物が素敵な笑顔を携えて立っていらっしゃいました。ジーザス。

「…なまえさん、『げ』なんて女性らしくもない声を上げてどうされたんですか」
「…なんでもないっす。安室せんぱいは今日もかっこいいですね」
「おや、照れますね」

少しは否定しろよパツキン。わたしのジトリとした視線を完全に受け流すその涼しげな顔は、同学年だけじゃなく全校中の女生徒のハートを射抜いているだけはある。かっこ一部を除くかっことじ。…そういえば、他校にもファンがいるんだっけ。安室さんと同じ喫茶店でバイトをする梓ちゃんが以前「安室さんのファンがくるからいつも繁盛してるのよぉ」なんて困ったように笑っていたのを思い出した。

「…いいですね、なまえさん?」
「うん、えっ、何?」

考え事をしていたらいつのまにかトリップしていたらしい。安室さんの問いかけに無意識に頷いたあと、わたしはサッと顔を青くした。嫌ぁな予感。まって、わたしは今、何を承諾した?

「よかったー!絶対断られると思ってた!いつもいつもなまえちゃんは嫌だって言ってたから…」
「やっぱり頼んでみるものですね!…よかったですね、梓さん」
「え、本当待って。何の話」
「なまえさんが、夏休みポアロでアルバイトしてくださるそうで」
「なんだって」

聞いてないですそんな話。ていうかわたし前その話断ったよね?梓ちゃんの方を見れば「ありがとーなまえちゃん!」なんてしてやったり顔で笑われた。こ の 女。梓ちゃんは可愛い顔して意外に強かな面を持っていると最近になってようやく気がついた。そういうところも好きなんだけどね。

「わたし、夏休みは積みゲー消費に忙しいって言ったじゃん!」
「バイトすれば更にゲーム買えるよ!なまえちゃん」
「ヴッ…で、でもコミケあるし…」
「軍資金稼げるからよかったね!なまえちゃん」
「…家から出たくないし…」
「なまえちゃん?」
「ごめんって!!やるから!!!」

素敵な笑顔で人を攻めてくるのはきっと、否、絶対に安室せんぱいの影響ですよね梓さん。逃げ場をなくしたわたしをにこにこしながら眺める2人に、わたしは再び大きなため息をついたのだった。



(20180618)
学パロシリーズはじめました。


[*prev] [next#]
[mokuji]




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -