君の特別な人≠ノなりたいんだ






「シュラウド、せんぱい…?」
「だ、大丈夫…?」

イデアが扉を開けると 空き教室の真ん中に横たわったナマエを発見した。
扉を開けた音で目が覚めたのか 彼女が虚ろな表情でこちらを見やる。
起き上がろうと腕に力をいれて どこか痛むのか歯を食いしばっていた。

咄嗟に駆け寄り 背中を抱く。
ナマエは辛うじて服は着ていたものの 開いた胸元や皺だらけのスカートが 情事を物語っていた。

「ごめん、見ないようにしてる から」
「す みませ、ん」

なるべく目を逸らしながら 胸元のボタンを留めてあげる。
青い髪から覗くイデアの耳は朱に染まっていて、「意識をしてくれてるんだ」なんて少しだけ嬉しくなった。

「シュラウド先輩、」
「な、なに」
「また、綺麗にして くれますか?」

イデアの袖口を掴んで懇願する。
イデアはそんな彼女に ゴクリ、と生唾を飲んで頷いた。
傍らの髑髏に手を置き、反対側の手で彼女の肩に触れる。
呪文を唱えると 彼女は水色の光に包まれた。

「できたよ」
「…ありがとうございます」

そう呟いて ナマエは微かに微笑んだ。
儚くて 今にも消えそうな そんな微笑み。
イデアは思わず息を飲んだ。
胸が締め付けられて、泣き出したくなるような気持ちになる。

彼女は望んでいないかもしれない。
寧ろ、迷惑かもしれない。
だけど、イデアには我慢ができなかった。
無意識のうちに、イデアは己の胸に彼女を抱き寄せた。

「シュラウド、せんぱ、」
「ごめん」
「あやまって 欲しいわけじゃ、」
「この間、僕が言ったこと。僕が君の力になりたいって言葉 取り消していい?」
「…はい」

イデアの言葉にヒュッ と喉がなる。
ああ、きっと呆れられてしまったんだ。
心にずしりと響くその言葉に 彼女は思わず目を瞑った。

イデアはそんな彼女の表情に「ああ、そういう意味じゃないんだ」と首を振る。
違うんだ。呆れたわけじゃない、諦めたわけでもない。
ただ、この気持ちは 君を遠くから見守りたいだとか、その他大勢と同じように君の力になりたいとかでもなくて。

「君の特別な人≠ノなりたいんだ」
「………え、」
「君のことが、好きだよ」

イデアの言葉に、彼女は「…うそ、」と消え入りそうな声で呟いた。
だって、そうでしょう?シュラウド先輩は、わたしを一回もそういう目≠ナ見たことはなかったし、そういう行為≠烽オていなかったのだから。

「僕は、ミス・プリンセス≠フ君でも、身体を売ってる′Nでもなく、ありのままの君が、好きだよ」
「ありのままの、わたし」

イデアの言葉を一つ一つ噛み砕く。
周りの目ばかり気にして、生きていくために自分の身体すら商品にする、この自分を 受け入れてくれるとでも言うのか。
そう問うとイデアは笑って頷いた。

「…わたし、汚れてるのに」
「今、拙者が綺麗にしたでしょ」

全部ひっくるめて大事にするから、だから 僕を信用できるって思えるようになったら キミの過去を教えて欲しいんだ。
イデアの言葉に ナマエは「シュラウド先輩って、ちょっと変わってますね」と笑った。

「そ、そうかな。僕はただ、自分の好きなように生きてるだけだから…」
「…わたし 中学生の頃 同じクラスの男の子たちに、乱暴されたんです」
「…え、」

こんな話 誰かにしたい、なんて思ったことなんて一度もなかった。
でも、イデアには、これだけ自分を考えてくれたイデアにならば 話してもいいと思った。
ナマエの中で 何かが変わっていく。

自分が物心ついた時に両親を亡くしていること、親戚をたらい回しにされていたこと、クルーウェル家に引き取られたこと。順を追って話した。
中学で友達が出来たこと、親友になったこと。
しかし、当時親友が好きだった男の子が自分に告白してきたことから 虐めが始まったこと。
そして、元親友の画策により クラスの男子に乱暴されたこと。

「…それで、デイヴィスおじさま…クルーウェル先生が理事長に頼み込んで、特例でこの学園にわたしを入学させてくれたんです」

イデアはただ黙って彼女の話に聞き入った。
反吐が出る。そんな気持ちだった。
彼女を襲った男子たちはもちろん、彼女を売った元親友とやらも許すことが出来なかった。

「…話してくれて、ありがとう」

彼女の話を聞いても、イデアの気持ちは全く変わらなかった。
むしろ、話を聞いた後の方が彼女に対しての気持ちがより強く固まった。

ゆるり、頭を撫でてもう一度「好きだよ」と呟く。

「…わたし、汚れてるのに」
「どこが?こんなに綺麗なのに」

黄色い目を細めて笑うイデアに 彼女の心がどくん と鳴った。
顔が少し熱い。咄嗟に両手で頬を抑えた。
なにこれ、こんな気持ち、知らない。

「わたし、わたし…」
「ん?」
「…シュラウド先輩は、狡い人ね」
「狡い?なにが?」
「だって、わたし、さっきから緊張してる」

ドキドキと胸の鼓動が止まない。
身体を重ねているわけでもないのに、はくはくと呼吸が浅くなる。

ねえ、もしかして、好きってこんな感情なの?

そう問うと、「そうだと、いいんだけど」とイデアはまた笑った。
その優しい眼差しに どくん、と再び心が鳴った。
込み上げてくる感情に喉が詰まる。
それでも 必死に言葉を紡いだ。

「わたし、ずっと、身体を売って、て、」
「うん」
「もう、ずっと前から、汚れてて、」
「うん」
「そん、な、わたしがっ、しゅらうど、せんぱ、すき、なん て、」
「嬉しいよ」

涙が溢れ出る。
両目から零れた涙は真っ直ぐ頬を伝って落ちる。
イデアはただ優しく、壊れないように その透明な雫を指で拭った。

そのひんやりとした指先と イデアのイエローアンバーの目を見つめて、彼女は唇を噛んで目を閉じた。

はじめてこの学園でわたしに笑顔をくれた人。
はじめてわたしの心を動かしてくれた人。
はじめてこの気持ちをくれた人。

「…わたし、シュラウド先輩が、好きよ」


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