ごめん、かわいくて






ナマエとイデアが付き合いはじめたらしい という噂はすぐに学園中に広まった。

「学園のミス・プリンセスがあの・・イグニハイドの寮長と?」とあちこちで波乱を呼んでいるとイデアはオルト伝手で知った。

早く浸透させるため、これ見よがしに休み時間や放課後に学園内を並んで歩いたりはしているが、未だにイデアと彼女がくっついたことを信じられない生徒も居るらしい。
らしい、というのはイデア自身他の生徒から直接聞いてはいないからだ。

ナマエに聞いたところ、彼女も関係を持っていた生徒以外からは誰からも噂の真偽を問われてはいないと答えた。

中には「彼女はイデアに何か弱みを握られているのでは」なんていう邪推をする生徒もいるらしい。
不愉快極まりない話だが、どこの誰がそんなことを言っているか分からない手前 イデアは何の行動も起こせずにいた。
今はまだ、全校生徒から遠巻きに観察されている状態だ。



「イデア先輩……?」

ナマエからの問いかけに我に返った。
意識がトリップしていたらしい。

心配そうに眉を下げる彼女にイデアは「大丈夫」と笑ってみせた。
吸い込まれそうなほど大きな目を二、三度瞬かせると彼女は「…ならいいんですけど、あんまり無理しないでくださいね」と視線を逸らした。

その仕草が拗ねている感情の表れだと漸く最近分かってきた。
今まで感情表現をあまりして来なかった彼女の気持ちを読み取るのは容易なことではない。
彼女と付き合いをはじめて数週間、少しずつではあるが彼女の仕草や小さな表情の変化を汲み取れるようになってきた。

せっかくの放課後デートだというのに意識を他所にやっていたイデアに拗ねているのだろう。
少しずつ自分の感情を外に出すことを覚えてきたナマエがひどくいじらしく感じて イデアは口元に笑みを浮かべる。

「…なに、笑ってるんですか」
「ごめん、かわいくて」
「な、に言ってるんですか!」

そっぽを向いたまま怒った声をあげる彼女の耳にうっすらと朱色がさしているのを見て、イデアは彼女に気づかれないように喉の奥を震わせた。



△▽



「…で、オープンキャンパスの何がそんなに楽しみなの」
「クルーウェル家のおじいさまとおばあさまが来てくれるんです」

話題は来週末に開催されるオープンキャンパスについてだった。
ナイトレイブンカレッジにとって、文化祭やハロウィンウィークと並ぶ一大イベントである。

二日間に渡り開催されるオープンキャンパスには、入学を考えているミドルスクール生だけではなく 在校生の保護者や友人も来校可能であり、普段の授業の様子や部活動の様子などを見学することができる。

「二日目に来て下さるってデイヴィスおじさまから聞いたんです」
「そっか…楽しみだね」

イデアの言葉にナマエは少しだけはにかんでアイスティーをズズ と啜った。
時刻は二十時を少し回った頃。
モストロ・ラウンジのアルバイトを終えた彼女を待ち、閉店後のラウンジで談笑したり宿題をこなしたりするのは最早二人の放課後デートの定番コースとなっていた。

売りを辞めた彼女は今までの倍以上ラウンジのシフトに入るようになった。
ほぼ毎日フルでシフトに入るため イデアとの時間は相応に少なくなってしまう。
それを憂いたアズールの計らいにより、閉店後のラウンジを二人のために開放する運びになったのだ。

礼を述べたイデアに対し「いえいえ、ナマエさんがホールをしてくださるだけで売上は倍増しますので その対価として受け取っていただければ」と不敵な笑みを零したアズールに薄ら寒い恐怖を感じたのは記憶に新しい。
相変わらず食えない男だが、味方になるとこれ程心強いものはない とイデアは思った。

「…だから、おじさまが最近少しそわそわしていて新鮮なんです」
「へえ、あの人が…ねえ…」

イデアの知るデイヴィス・クルーウェルという人物はいつも自信に満ち溢れた表情でそわそわ≠ニいう単語とは対極の存在だと思っていた。
人物像と全く噛み合わないちぐはぐさに思わず吹き出す。

「あ、そんな笑って…おじさまに怒られますよ。バッドボーイ≠チて」
「それは…ちょっと、いやだいぶ嫌なので秘密にしてくだされ」

クルーウェルの物真似だろうか、険しい顔でバッドボーイ≠ニ言う彼女にイデアはまた笑った。

こんな 何気ないやり取りが酷く幸せで、少しだけ怖くなった。


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