夢と現



夢を、見ている。

なまえはぼんやりとそう思った。
普段夢を見ている時は『夢を見ている』意識なんてしたことがないのに、たった今、なまえは自分が夢を見ていると感じていた。



真っ白な空間に少女はぽつりと立っていた。
地面も、壁もなんにもない、ただ真っ白な空間だった。

≪きみは、どうしたい?≫

自分しかいない筈なのに、どこからか声がした。
幼い少年のような無邪気な声だった。

少女は力強く前を見て、答えた。

『              』

姿の見えない声の主は、嬉しそうに笑った。

≪きみの望み、叶えてあげよう≫





寂れた街中にいた。

昔は人が住んでいたのだろうが、今は誰も住んでないことがわかった。
どの家もボロボロで、所々に赤黒い血が飛んでいる。

ズシン、ズシン、と凄まじい音がする。

顔をあげると巨大な人間がこちらを見ていた。
ニヤニヤと笑いながらおおきく口を開ける。

あ、食べられちゃう。そう思ったときには既に腰の刀をぎゅうと握っていた。

『ーーーっ!』

なまえは銀色の装置を使ってワイヤーを側の家に刺すと、空高く舞い上がった。




△▽



あったかいなあ。
ゆるゆると覚醒しはじめた頭で思ったのがそれだった。

目をごしごしと擦ってぱちりと開けば、飛び込んできたのは綺麗な寝顔だった。

「り、リヴァイさん!?」
「うるせえな・・・む、朝か」

寝起き早々眉間に皺をよせたリヴァイに、なまえは「ち、近いです・・・!」と抗議する。

「あ?お前の寝相が悪いんだろうが。俺は動いてねーぞ」
「あ・・・」

確かに、と頭を抱える。
昨夜寝る時に自分はリヴァイに背中を向けていたことに気づき、分が悪くなったなまえは、「こ、コーヒー入れますね!」と早々にベッドから逃げ出した。



△▽



コーヒーをリヴァイに入れ終わると、なまえは早速朝食の準備にとりかかった。

ベーコンエッグを焼きながら、思い出すのは今朝見た奇妙な夢のことだった。
いつも見る夢と違い、どこか妙にリアリティがあったのだ。

(あれは、一体・・・)

白い空間の夢はさておき、あの巨大な人間の夢はなんだかーーリヴァイのいた世界のような気がした。

(ま、いっか)

奇妙だけど、いくら考えても答えなんて出ないよね、となまえは自己完結させると我ながらうまくできたベーコンエッグを皿に盛るのだった。
今日の朝食はトーストとサラダとベーコンエッグ。
なまえは普段朝は食べない主義なのだが、リヴァイが兵士であることを考慮して作ってみたのだ。

「お前は食べないのか?」

リヴァイがマグカップにたっぷり注いだミルクティーを飲むなまえに問うと、「朝はあまり食欲がないんです」と返される。
そんななまえの言葉に眉間に皺をよせると、「おら」とリヴァイはトーストをちぎって差し出した。

「食え」
「いや、でも、わたしはですね、」
「朝食わねーと力でねえぞ」
「う・・・」

それにお前の仕事は馬鹿みてーに元気じゃなきゃいけねえだろ、というリヴァイの言葉に、なまえは小さく頷いた。

「・・・善処します」
「あたりまえだ」

フイとそっぽをむくリヴァイを見て、なんだか心がとろとろとあったかくなるのを感じたなまえはほんのりと小さく微笑んだ。

(リヴァイさん、優しいなあ・・・)



△▽



「・・・で、ここで強弱を調節してください」
「わかった」

朝食を食べ終わったなまえはリヴァイに掃除機の使い方を寝室で一通り説明していた。
今日は終日オフなのでどこかリヴァイの行きたいところに行くつもりだったのだが、リヴァイたっての希望で掃除をすることになったのだ。
おそらく昨日見たCMで掃除機の存在を知ったのだろう、「あの機械を使って掃除がしたい」と言ったリヴァイの目がなんだか輝いて見えた。

「この家はそこまで衛生的には悪くねえ。だが少しだけ手を加えれば完璧だ」
「す、すみません・・・」
「いや、お前はよくやっている。一人でこの家をこの状態でキープしているんだからな」

ぽん、となまえの頭に手を置くとリヴァイは「お前は茶でも飲んでろ」と言って掃除機の電源を入れた。

「〜〜〜!!!」

なまえはかああ、と顔を赤く染めるとしゃがんで顔を抑えた。

(うああああ恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!!)

そんななまえの心の葛藤を知ってか知らずか、「そこ、邪魔だ。茶でも飲んで待ってろと言っただろう」と零すリヴァイに少しだけ笑ってしまった。

(変に意識しちゃってるけど、これが普通のことなんだよね・・・はやく慣れないと・・・!)

じゃあ、お言葉に甘えますね、と微笑むとなまえはリビングにむかった。
・・・リヴァイが先程なまえの頭を撫でた手を優しい目で見つめていることなんて、知る由もなかった。



△▽



「どうしよう・・・」

掃除をリヴァイさんに任せ、ダージリンの紅茶を入れたところで考えるのはこれからのことだった。
来月のライブのこととか、衣装のこととか、たくさん考えることはあるのだけれども、一番考えなきゃいけないのはやっぱリヴァイさんのこと、だよね。

リヴァイさん。
昨日、この世界に異世界トリップしてきた男の人。

プライベートで男の人と話すなんて本当数えるくらいしかないのだけれども、案外普通に話せるようになってきた。慣れって怖い。

とりあえず三上さんには話したほうがいいかなあ。
やっぱりアイドルという仕事がら、男の人の影がちらつくのは良くないと思う・・・ていうか、目立ちたくないし。
明日三上さんには話そう。あ、明日って12時に事務所だっけ。他の人に聞かれちゃまずいよね。
家で話そうと決めると、『明日の打合せ前にちょっと相談があります』とメールを送った。

紅茶を飲みながら明日言うことを頭の中で纏めていると、『じゃあ明日11時に家に行くわ』と返信が来た。さすが三上さん。はやいなあ。

「ふう。・・・ちょっと楽になった、かも」

うーん、と少し伸びをすると、ぼんやりと窓の外を眺めた。

こういうなにもしない時間が、わたしは好きだ。
ゆっくり流れる雲を見たり、時々空を横切る鳥を見たりして、のんびりと過ごすのが心地よい。

空をぼんやり眺めながら、ふと口ずさむ旋律。
わたしが歌わせてもらってる曲の中で、わたしが一番好きな曲だ。

好きな人への別れの歌。
綺麗な旋律の中にも少しだけ悲しさ、寂しさが籠っている。
わたしには今まで好きな人はできたことなんてないけれど、いつかこの歌の女の子のように好きな人のことを考えて喜んだり苦しんだりすることがあるんだろうか。

そんなことを考えながら口ずさんでいたわたしは、いつの間にか掃除機の音が止んだことに気づかなかった。

「おい。掃除終わったぞ」
「!?!?・・・り、り、リヴァイさん!?」

リビングのドアにもたれかかってこちらを見るリヴァイさんに、わたしはぴしりと凍りついた。
も、もしかして聞かれた!?いやいやいや!大丈夫!聞かれてない!・・・と信じよう。

「そ、掃除ありがとうございます・・・わああ!?」

リビングを出て、わたしは目の前の光景に目を丸くした。

綺麗すぎる。

廊下も寝室もトイレもお風呂場もピカピカに輝いていた。
驚いてリヴァイさんを見ると、「勝手に雑巾を借りたぞ。あと、この掃除機は凄いな。それに、風呂用の洗剤も」と満足そうに言われた。

「す、すごいですリヴァイさん!!ありがとうございます!!」
「礼には及ばん。金もメシももらってんだ。掃除くらいはやらせろ。これからもだ」

ぽん、と頭に手を置かれて言われた言葉に、わたしは再びしゃがみそうになった。
いけないいけない。平常心を保とうとわたしはぎゅう、と手を握った。

これから掃除は全て俺がやると言うリヴァイさんに、「いえ!そんな申し訳ないです!」と言おうと開いた口をぐっと閉じた。
確かに、お金もご飯も全部もらってたら、リヴァイさんもこの家に居づらいのかもしれない。わたしは一向に構わないのだけれど、もし自分が逆の立場だったらと考えると間違いなくわたしもそうするだろう。

「・・・じゃあ、お願いしても いいですか・・・?」
「構わない」

じゃあ、あとはリビングを掃除しよう。お前は寝室で休んでろ。
そう言って掃除機をごろごろ転がして数歩歩いたところで、「あ、それと、」と振り返る。

「お前、歌うまいんだな」

優しげに笑ったリヴァイさんに、どくんとわたしの心臓が跳ね上がった。

(え、え、え、ど、どうしちゃったのわたし・・・!)
(ていうか、やっぱ歌聞かれてたんだ!)
(お、おおお落ち着けわたし!!!)




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