上司三人衆vsやらかし三銃士

7



 翌日である。

 規則正しい音で鳴ったアラームに、なまえはゆっくり瞳を開けた。
 眩しい朝日に照らされた瞳は寝起きにも関わらず星屑を詰め込んだようにキラキラ輝き、むぐむぐ動く唇は化粧もしていないのに磨きたてのリンゴのように艶やかな赤色を放っている。
 零れる欠伸は天使のため息のように悩ましく、これがディズニーの世界ならたおやかなクラシックが流れ黄色と水色の小鳥が窓辺に止まるだろう。

 マァしかし彼女はディズニープリンセスではなく、警視庁のマドンナちゃん≠セ。

 舞踏会で靴を落とすワケでも、糸車の呪いにかけられるワケでも、七人の小人と一緒に住んでいるワケでもない。
 四年間かけてとある事件の情報を調べあげ、死ぬハズだった人間を救い、犯人をたった一人で捕まえた。

 己のチカラだけで明るい未来をパワーで切り開いた女である。

「…ん、」

 さてそのパワー系美人・マドンナちゃんは、ボーッとする意識のままアラームを止めるために腕を伸ばそうとした。
 が、その腕は全く動かず、「んぇ?」と間の抜けた声が飛び出した。

 なぜか。自分の身体が、横に寝転がる男の腕にすっぽり閉じ込められていたからである。

「…陣平、離して」
「ヤだけど」
「起きてたの?」
「ンン」
「いつから」
「さっき」

 徐々に意識が覚醒していく。
 昨日あった事件のこと・その後松田とヨリを(元々離れてはいなかったが)戻したこと・訳も分からなくなるくらい抱かれたことを思い出す。

「離してって」
「ヤだっつってんだろ」
「じゃあせめてアラーム止めて」
「…ん」

 松田がのそのそ腕を伸ばしてアラームを止めた。意地でも彼女を離したくないのか、わざわざ彼女の身体を抱きしめる腕とは別の腕を伸ばして。

「ね、離して」
「しつけぇな。ヤだっつってる」
「だってもう七時でしょ。起きないと」
「…まだ六時」
「え?」

 昨日の寝る前の記憶では、自分は「アラームは七時」と伝えたハズだ。
 しかし今は六時。まだあと一時間もある。

「なんで?」
「んー…」

 松田はなまえをぎゅむぎゅむ抱きしめながら「あったけぇ…」と呟き、

「だって昨日、全然喋れなかったからよぉ」

 と、むにゃむにゃ続けた。
 なまえはこれに「えっ誰のせい?」と思い、松田も言った後に「あ、俺のせいか」と思い、二人して「え、自業自得じゃん」と思った。

「あの…」
「イヤ待て、何も言うな」
「全部陣平のせいでしょ」
「言うなって言っただろ!」

 松田に理不尽に怒られたなまえは「りふじん」と呟いて目をバッテンにし、それから松田の厚い胸板にグリグリ頭を押し付けた。

「な、んだよ」
「甘えてるの。だめ?」
「ダメじゃねぇに決まってんだろバカか」
「え、朝から口わる。…ね、タバコ吸いたい」
「起きたくねぇ」
「じゃあ私だけ行く」
「それは一番ダメだ」

 大真面目なトーンに、なまえはくすくす笑って再び頭をグリグリさせた。
 四年という月日は経ってしまったけれど、根幹の部分は何も変わらない。
 こう・・なった松田の扱いは、彼の親友よりも遥かに上手い自信があった。

「…ね、陣平」
「んだよ」
「今から一緒に起きて顔洗って歯磨きしてタバコ吸お。そしたら七時までもっかいゴロゴロしながらお話ししよ。おねがい=v
「…しゃーねーな」

 甘えたように擦り寄っておねがい≠キれば、松田は基本的になんでも言うことを聞いてくれるのだ。
 その整った顔をヤレヤレさせながら。
「ったく」とか「しょうがねぇな…」とか言いながら。

 ので、今回も。

「ったく…」
「ほんと? ありがと」
「しょうがねぇヤツ」

 まんまと乗せられ、整った顔をヤレヤレさせながら起き上がるのだった。

「…オイ、起きるんだろ」
「あ、うん」

 なまえは松田に気付かれないように唇の端に皺を寄せて笑った。
 マヌケだなぁ…と。

 昨晩の自分が全く同じことを思われているなんて知らずに。




△▽



 さてその数時間後である。

 七時までゴロゴロイチャイチャし、なまえが作った朝ごはんを食べ、別々の車で家を出た松田とマドンナちゃんは、

「キミたちは自分がしたことが如何に愚かなことなのか分かっているのかね!?」

 登庁して三十分後、なぜか同じ会議室で再会していた。
 そしてなぜか萩原も呼ばれており、目の前には鬼の形相の総務部長・刑事部長・警備部長が立っている。
 それぞれマドンナちゃん・松田・萩原の三~四つ上のレイヤーの上司たちだ。

「(なに?)」
「(わからん)」
「(誰かなに? って聞いてよ)」
「何か御用でしょうか」
「「バカバカバカバカ!!」」

 目線だけで会話をしていたのに、萩原のお願いにマドンナちゃんが応えようとハキハキ上司たちに問うた。
 左右から幼馴染ズに口を抑えられるが時既に遅し。上司三人衆は三人揃ってピク、と眉を動かした。
 それを見た幼馴染ズは「終わった…」と天を仰ぐ。

 絶対俺たち今から怒らりるんだぞ! と。
 火に油注いでどうすんだ! と。
 分かるだろ警察学校女子トップのオツム持ってんだから! と。
 つーか何でカバン持ってきてんの! と。
 遠足のつもりで来たのか! と。

 呼び出された段階で「怒られんだろな~」という予感はしていたので、松田も萩原もスーツ・制服をいつもよりピシッと着直してこの会議室の扉をノックした。
 が、この女は何故かデカいボストンバッグを担いできたのだ。
 上司三人衆も「え、何でボストンバッグ?」と思いつつも、「マァ多様性の時代だし…」とそれについては見て見ぬフリをしていたのだが。

「何か御用でしょうか=cですか」

 流石に先ほどの失言は見逃してくれなかった。
 三人衆の中で一番年配の総務部長が代表して前に出る。

 彼はマドンナちゃんの上の上の上の上司であり、マドンナちゃんを今のポストに斡旋した張本人だ。
 つまり彼女の人気が出れば出るほど総務部長は周りから褒められ、彼の権威になる。
警視庁のマドンナちゃん≠フ褌で相撲を取りまくりの男だった。

「自分が部下に報告を受けたところ…」

 総務部長は嫌ァな間でジリジリ歩き、松田の前に立った。

「キミは昨日、自分の命を捨てて、仕掛けられているであろうもう一つの爆弾の場所を知ろうとした」
「…ハイ」
「思い上がるなッ!」

 静かな物言いから一転、総務部長はカッ! と目を開き破鐘われがねのように怒鳴った。
 これには松田だけでなく、マドンナちゃんも萩原も揃って「ウワァ…」と思う。

 あ、これマジでオコじゃん。コワ~…と。
 二十代後半にもなってガチで怒鳴られることってあるんだ~…と。
 警察学校みたい~…と。
 鬼塚キョーカン何してんのかな~…と。

「すんませんっしたァ…」

 さて松田は、態度悪く自分の爪を見ながら軽く頭を下げた。
 警察学校時代に散々怒鳴られているので全く動じていないのである。

 それに、この怒鳴り方は「叱る」ではなく「怒る」怒鳴り方だ。根本的にあの時の恩師とそこが違う。
 松田のことを思って言っているのではなく、ただ自分が気持ち良くなりたくて怒鳴っている。考えなしの部下を怒っている自分が気持ちいいのだ。
 今の総務部長の発言を正しく修正するのであれば、「なんかあったら尻拭いするのはこっちなんだぞ! 面倒なことするな! 怒鳴るの楽しい!」である。

 ので、松田は即座に脳内で総務部長の顔に赤マジックでバッテンを書いて、「早く終わんねぇかな~」という顔でソッポを向いた。

「………」

 総務部長はそんな松田の態度に顔を真っ赤にして怒りを露わにし、しかし何を言えばいいのか分からなくなって口をパクパクさせた。

 自分のような役職の人間にこんな失礼な態度をしてくるヤツなど今まで見たことがなかったからだ。
 入庁した時からエリートコースで、上のニンゲンに揉み手で媚びへつらうか、下のニンゲンの前で踏ん反り返ることしか知らなかった。
 今の松田のように、下のニンゲンから舐め腐った態度を取られた時の上手い返し方を知らずにここまで生きてきたのだ。

 だので、総務部長は咳払いを一つ零すと、ゆっくり歩いてマドンナちゃんの前を通り過ぎて萩原の前に立った。
 理解できない行動をとる男から逃げることにしたのである。

「…キミは、機動隊の内勤でありながら独断で爆弾を解体に行った」
「ハイ」
「防護服の無断使用・独断専行…」
「そうですね」
「機動隊を舐めるなッ!」
「すんませんっしたァ…」

 萩原も松田同様に爪を見ながらゆるく頭を下げた。

 この部屋には機動隊の上長もいるのに何でお前が怒ってんの? と思ったからである。
 中学生女子がよくやるような、「ちょっと男子~委員長の言うこと聞きなよォ~かわいそうじゃ~ん」と一緒である。
 萩原は中学時代、それを女子から言われた松田が「は? そう思うなら委員長が自分の言葉で言ってこいよ。テメェらがしゃしゃるな」と言い返して女子全員泣かしたのを真横で見て「カッケェ…」と思ったことを思い出した。

「………」

 さて総務部長はさらに顔を真っ赤にした。
 松田に続いて萩原までもが自分を小馬鹿にする態度を取ってきたからである。

「(どいつもこいつも舐めやがって…)」

 総務部長はまた二の句が告げずに口をパクパクさせてマドンナちゃんを見た。
 
「お前も!」

 マドンナちゃんに対してはいきなり怒声から入った。
 もう既に目的はやらかし三銃士へのお叱り≠ゥら自分の鬱憤晴らし≠ノ変わっていた。
 どうにかしてコイツらを怒鳴り散らし左遷させ泣きじゃくりながら謝らせないと気が済まなくなっていたのだ。

 ので。

「お前は昨日、どこで何をしてたんだ!」

 いきなりフルスロットルで、唾を飛ばしながら怒鳴った。
 なぜなら彼女は女≠セから。絶対に歯向かってこない弱者≠ネのだから。
 それに彼女は自分の正式な部下なので、キッチリ躾≠しているところを他の二人の上司ズに見せたかったのだ。

「…それを部長がご存知だからこそ、私がここに呼ばれたと思っていました」
「屁理屈を捏ねるなッ!」
「屁理屈? …部長、意味分かって使ってます?」

 がしかし。マドンナちゃんは総務部長の方を一瞥もせず、淡々と前を向いたまま答えた。

 総務部長はこれに再び顔を真っ赤にし、しかし前二人にされた時とは違い「お前は!」と激昂した。
 理由は簡単。女に舐められたのが我慢ならなかったからだ。

「女のクセに口答えをするな! お前は何もせずに大人しくカメラの前でヘラヘラしてればいいんだ! 分かっているのかね!? お前は警視庁の顔≠ュらいでしか役に立てないことを忘れるな!」

 と。これにマドンナちゃんは「あーあ…」という顔で笑った。
 それから一瞬目を閉じて、次の瞬間バチ! と無表情で総務部長を見上げた。
 これに総務部長は「っ!」と肩を震わす。美人の真顔はそれほど迫力があるのだ。

「「………」」

 萩原と松田は弾かれたようにマドンナちゃんを見て、彼女の頭越しに顔を見合わせた。

「(マドンナちゃんなにするつもり?)」
「(わからん。なにも)」

 目線だけで会話をし、しかし身体の芯が興奮するように震え、何も言わずに静観することに決めた。
 ──この女、何かしでかすぞ…と。

 さてマドンナちゃんは両脇の幼馴染ズを全く気にせず、ゆっくり一歩前に出た。
 まるで、オペラのソロパートを歌う主演女優のように。

「まず、」

 よく通る声で人差し指を立てた。

「まず、私ですが。ええ部長たちがご認識の通り…マァなぜそれをご存知なのかは知りませんし興味もありませんが…独断で昨日の事件の犯人を追っていたのは事実です」

 総務部長は「…やっぱり!」と激昂し再び怒鳴ろうとした。
 昨日、事件現場近くに有給休暇中の彼女が彷徨いているという情報を耳にした。
 まさかと思い彼女のデスクを調べると、今回の事件についての膨大な資料が出てきたのだ。

「話は最後まで聞いてくださいな。莫迦な女の戯言を聞き流すだけでしょう?」

 マドンナちゃんは立てた指を左右に振って部長を黙らせた。

「これに関しては、別に咎められることだとは思っていません。熱心な警察官ね、と褒めてください。そして次に彼に関してですが…」

 立てた指を逆手に倒して松田を指さす。
 松田は「人のことを指さすな」と思ったが、マァそれを言うと彼女の話に水を差しそうなので黙ることにした。

「彼もまた、今回の事件に私と同じように独自で調査し、あの観覧車に乗り込んだ。犯人からの脅しに屈しようとした点に関しては私も部長たちと同じように愚かな行為だと思います」
「おい」
「…ので、犯人のアジトに入った私は、それを止めたいと思った。彼が私の大切なコイビトだからです」

 松田の抗議は見事に黙殺された。
 マドンナちゃんは「…なので」と言いながら、松田をさしていた指を百八十度倒して萩原に向けた。

「なので、彼に連絡をしました。彼は松田の友人で、私の同期で、何より私が機動隊の電話番号を知らなかったからです。コイビトが死のうとしている状況で、わざわざ機動隊の代表電話を検索するなんて神経は持ち合わせておりませんでしたので」

 皮肉たっぷりの言葉に、総務部長のみならず警備部長も「ぐぬぬ」という顔をした。
 すると今まで黙っていた刑事部長が「…なら」と口を挟んだ。
 マドンナちゃんはゆっくりと刑事部長の方を向く。

「…なら、どうして君は、今まで犯人のアジトを知っていたクセに黙っていたのかね? ソレを我々に言えば事件は未然に防げたのではないか?」
「そういうところですよ」
「な、」
「いいですか。私は一言もアジトを知っていた≠ネんて言っていません。アジトのアタリはついていましたが…。私がそれに気付いた時は既に事件の五日前。四年前の事件から推理するに、犯人は既に爆弾を設置している可能性があった。つまり取り逃すと一巻の終わりだったんですよ。ソレを刑事部に報告したところで、やれ成果をだせあの課には負けるな…と大騒ぎされて取り逃す可能性が十分にあった。今、部長がやったような決めつけ≠竚Y事部特有の競争主義≠ェ生んだ…マァ傲慢さ≠ニでも言いますか、それが信用ならなかったので報告しませんでした。大切なコイビトをそんなので殺されたくありませんし。…そもそも逆に聞きたいのですが、四年前の事件の犯人がいつ爆弾を仕掛けたか…というのはご存知でした? 知らなかったですよね? 調べきれてないですよね? そんな体たらくでいいんですか? オタクの仕事でしょうそれ。それなのによくもそんな大きな口が…」
「やりすぎやりすぎやりすぎ」
「落ち着け落ち着け落ち着け」

 畳みかけるように喋るマドンナちゃんを両脇から萩原と松田が制した。
 何なら松田もマドンナ砲の流れ弾を食らってダメージを受けている。どこの世界にカレシごと一つの組織をぶった斬る女がいるのだ。ここです。

 マドンナちゃんはそんな二人をブルゾンちえみみたいに振り払うと、何も言えなくなってしまった刑事部長に対して「お答えになりましたでしょうか?」と小首を傾げた。
 この女、自分や自分の身内に歯向かってきたニンゲンに対しては一切の容赦がない。
 警察学校時代も、姑息な手段を使ってきた他校の選手を完膚なきまでに叩きのめしていたし。

「いい加減にしろ!」

 完全に沈黙してしまった刑事部長の代わりに総務部長が怒鳴った。
 二回り以上の年下の小娘に論破されてしまった刑事部長が可哀想だったのである。
 そして単純に彼女が女≠セから気に食わなかった。彼は厄介なレイシストだった。

「一つの事件を解決したくらいでいい気になるなよ! その情報も、どうせ他の男に媚びでも売って手に入れたんだろう! これだから女は…」

 と。小池百合子が聞いたら卒倒し、辞任を求めるデモ活動を扇動しそうなことを大声で叫んだ。
 マドンナちゃんは小池百合子ではないし何ならあの女のことを(受動喫煙防止条例関連で)心底嫌いなのだが、これにはピク、と眉を動かした。

「(マズいマズいマズい)」
「(ヤバいヤバいヤバい)」

 松田と萩原は再びマドンナちゃんを制しようとして──再びブルゾンちえみに振り払われるウィズBになった。
 違うのだ。この二人はマドンナちゃんを心配しているワケではない。これから彼女の毒牙にかかるであろう総務部長を心配しているのだ。
 何度も言うがこの女は敵≠ニ判断したニンゲンには一切の容赦がないのだから。

「一つの事件を解決した? いい気になるな? 男に媚を売った? …あぁそういえば、さっきもお前は警視庁の顔≠ュらいでしか役に立てないことを忘れるな、なんて仰っていましたね」

 マドンナちゃんは静かに話し、ここで漸く机の上にドン! と大きな音を立ててボストンバッグを置いた。
 松田と萩原は「え? ここで?」「なになになに」という顔で黙ったまま彼女の一挙手一投足を眺めた。一周回って楽しくなってきたのだ。

 ボストンバッグのジッパーをゆっくり開け、中に入っているものを机の上にバサバサッ! と広げた。
 中に入っていたのは大量の書類である。通りであんな大きな音が出たハズだ。

「これは、私が今回の事件を調べるにあたって知った今回の事件とは関連はないが警察組織にとっては有益な情報≠ナす」
「………」
「これは指定暴力団ハナヤマ組のアジトに関する情報。組織犯罪対策部に共有したら喜ばれました。…確かこの情報のお陰で先日一斉摘発に成功したとか。良かったですね」

 分厚い資料を持ち上げてドサッ! と落とした。

「これは…あぁ、別の連続爆破事件の犯人逃走経路を踏まえた次の設置場所の予測資料ですね。機動隊のお役に立てて良かったわ」

 これまた分厚い資料を持ち上げてドサッ! と落とす。

「これは指名手配犯の潜伏先予測。これは大手銀行による金融犯罪摘発。あ、これは大規模なインサイダー取引のまとめ資料ですね、懐かしい…」

 バサバサバサッ! と落とした。

「──ところで」

 マドンナちゃんは資料ドサドサに飽きたのか、視線を上司三人衆に戻した。

「これらの資料って、気付いたら担当部署のデスクの上に置いてあるんですって。ほら、私ってちょっと有名人だから直接お渡しするのがめんど…気恥ずかしくて。でもせっかく手に入れた情報、捨ててしまうのは勿体ないでしょう? だから誰にも見られないようにコッソリお届けしていたんです。まさか都市伝説になってしまうなんて思ってもいませんでしたけど。…それで、御三方は警視庁の妖精さん≠チてご存知ですか?」

 かわゆく小首を傾げた。
 これに、上司三人衆だけでなく松田・萩原さえも「まさか」と思う。

「私が、警視庁の妖精さんです」

 そのまさかだった。
 大輪の牡丹の乙女は「マドンナちゃんに妖精さん。かわゆいあだ名を二つもいただけて嬉しいです」と目一杯の皮肉をこめて言った。

「…それで、何でしたっけ。総務部長、先ほどのご自身の発言、もう一度言っていただいてもよろしいでしょうか」
「あ…イヤ、」

 さっきまで差別発言を繰り返していた総務部長もこれにはタジタジである。
 なぜなら、妖精さんがくれる情報のお陰で警視庁の犯罪検挙率がグンと上がったのは知っているし。
 それに、舐め腐っていた女から発される言葉の圧≠ノ純粋にビビってしまっているし。

「お前は警視庁の顔≠ュらいでしか役に立てないことを忘れるな、でしょう? 忘れないでくださいね」
「…何が、言いたいのかね」
「わからないんですか? それとも認めたくないんですか?」

 マドンナちゃんは追及の手を緩めない。
 ボストンバッグを担ぎ直して、ツカツカ歩いて総務部長の前に立つ。
 身長はマドンナちゃんの方が頭一つ低いハズなのに、なぜだか今は総務部長の方が小さく見えた。

「これでもまだ、この私が・・・・、警視庁の顔≠ュらいでしかお役に立てないと?」
「………何が、望みだ」

 この問いに、マドンナちゃんは不敵に笑った。

 覚えているだろうか。マドンナちゃんは四年前、二つの目標をたてた。
 その目標とは、

 目標@:萩原の仇討ち
 目標A:自分のチカラを最大限発揮できる環境の整備

 である。
 目標@については昨日達成した。では、目標Aは?

 それを今から達成しようとしているのだ。

「お飾りの女王席に座らされるのには、もうウンザリなんです」

 マドンナちゃんはディズニープリンセスみたいなことを言った。
 がしかし、何度も言うがこの女はディズニープリンセスではなく警視庁のマドンナちゃん≠セ。
 もしディズニープリンセスのオーディションがあったと仮定するのであれば、書類選考は通っても実技で百パーセント落ちる。何なら出禁を食らうだろう。

「だってそうでしょう? 私は確かに美人ですが、それ以上にこんなに優秀なんですもの。もっとその武器を生かさないと。…あ、落としちゃった。大変。拾ってくださいます?」

 肩に担いだボストンバッグから、ドサドサッ! と再び大量の書類を落とした。
 まだ入っていたのか…と驚く松田たちとは裏腹に、その資料を拾い上げた部長三人衆はギョッとした顔で書類を凝視した。

「こ、これは…」
「え? …あぁ、それは総務部の…あら、謎の経費≠ノついての資料ですって」

 かわゆい声で総務部長に囁いた。
 この女。お役立ち資料だけでなく、警視庁内の不正もスキマ時間にまとめていたのだ。
 こういうところがディズニープリンセス出禁の女たる所以である。マァ例え話なんだけど。

「ん? 刑事部長がお持ちなのはもしかして…あぁ、揉み消された冤罪まとめ=c興味ありますね? きゃっ警備部長、それは庁内のハラスメントまとめ≠ナす。ハラスメントは良くないですよね。…あ、そういえば、」
「まだあるのか」

 松田のツッコミをガン無視したマドンナちゃんは、ポケットからボイスレコーダーを取り出した。

「総務部長、もう一度先ほどのお言葉を教えてくださいな。…えっと、女のクセに、でしたっけ? 男に媚を売って…ていうのも仰っていましたよね?」
「……何が、望みなんだ」

 今までの彼女の話をまとめると「私の言うことを聞かないと全部バラすぞ」である。

「ですから、もうお飾り≠ヘウンザリって…」
「だから! どの部署に行きたいんだ!」

 総務部長がとうとう落ちた。
 彼女を今のポストに斡旋した張本人が、である。
 自分や自分のお仲間の保身に走る汚い男がソコにいた。

「私のチカラを最大限発揮できるところ。現場がいいです。…というかこれは入庁時から言ってますが、やはりここまでしないと聞いてくださらないんですね」

 マドンナちゃんは急に無表情になり、冷たく言い放った。
 心の中が沸騰するように熱くなる。
 手と視線だけが冷たく、そのギャップで身体が震えた。

「警察学校時代女子トップの成績を取り続け、キャリア試験も受かり、歌舞伎町の治安も良くしたのに。それなのに役立たずの木偶の坊・無力で哀れなピエロを何年もやらされ、傷付く同期を前に何も出来ず、そんな環境が嫌で何度も異動願いを出しても毎回受け取ってすらもらえず……結局ここまでやらないと話すら聞いて貰えなかった!」
「マドンナちゃん…」

 女の悲痛な叫びに萩原が呻いた。
 胸の奥がキュッと痛んだ。同情し共感してしまったのだ。
 なぜなら、萩原は彼女が苦しんでいるのを知っていたから。
 四年前、苦しむ彼女の涙を拭ってやることができなかったから。

「オイ」

 松田がズカズカ彼女の横に歩み寄り、震える肩に手を置いた。

「もういいって。行こうぜ。…こんな奴らの前で泣いてやる必要なんかねぇよ」

 冷たく吐き捨て、項垂れる上司三人衆を睨め付ける。
 カノジョを傷つけたのはもちろんだが、純粋に不正の内容に怒っているのである。元来正義感が強い男なのだ。

 そんな松田に同調するように萩原も頷き、逆側の肩に手を置こうとして──松田に睨まれてやめた。

「マドンナちゃん、もうお昼だよ。研二くんがウマいランチ奢ってやるよ」
「悪ィなハギ。今日俺たち弁当なんだ。コイツお手製の」
「は!? 俺のは?」
「あるワケねぇだろバカか」
「いけず」

 そしてそのまま、いつもみたいに軽口を叩き合いながら。
 萩原、なまえ、松田の順番で会議室を出て行く。

「…あ、そうだ」

 最後尾の松田が、思い出したかのように振り向いた。

「次、アイツのこと泣かせたら。次は俺たちが不正を告発するし…そん時はあの・・マドンナ協会とかいう連中も焚き付けるんで」

 ──アイツらマドンナちゃん≠フことに関しては俺よりも怖い連中すよ。
 ──マ、覚悟しといてくださいよ。

 そう続けて不敵に笑った。



△▽



「たまごやき」
「無理」
「からあげ」
「一番ダメだ」
「ミニトマト」
「ダメだっつってんだろ」
「ミニトマトもダメなの!?」

 さて上司三人衆を蹴散らしたやらかし三銃士は、空き会議室で昼ごはんを食べていた。

「たこさんウインナー」
「ぜってぇ無理」
「ミートボール」
「殺すぞ」

 松田は箸を持たない方の腕でガードしながらお弁当をモソモソ食べていた。萩原がおかずを虎視眈々と狙ってくるからだ。
 萩原は「カノジョの手作り弁当いいなぁ」という顔でファミチキをハフハフさせ、ちべたいおにぎりの封を開けた。

「…萩原くん、ちょっと食べる?」
「いいの!?」

 萩原の視線があまりにもしつこいので、仏心を出したなまえがポケモンのお弁当箱を差し出した。
 ピカチュウとイーブイのかわゆいお弁当箱である。

「は!? ダメに決まってんだろ!」
「陣平のじゃなくて私のをあげるんだからいいでしょ」
「そうだけどそうじゃねぇ! なんか…ダメだろ!」
「どれにしよっかな…」

 独占欲が大爆発する松田はさておき、萩原はからあげに手を伸ばし──、

「このたこさんウインナーもらうね」

 なまえがちょっと悲しそうな顔をしたのでたこさんウインナーを摘んだ。
 この女、密かにからあげを楽しみにしていたのである。

 さて萩原は「マドンナちゃんの手作りたこさんおいし」と敢えて松田の神経を逆撫でるように感想を述べ、無事守りきったからあげをもきゅもきゅ頬張るマドンナちゃんをぼんやり眺めた。

「オイ、あんま見んな」
「独占欲の見本市じゃん」
「あ゛?」
「ヤ冗談だって…イヤさ、」
「あんだよ」
「…妖精さんの正体知った時、案外驚かなかったなって」

 萩原の言葉に、松田も「あぁ」と思う。
 先ほど、上司三人衆の前でマドンナちゃんが正体をバラした時。確かに驚きはしたが、それと同時に「なるほど」と思ったのだ。

 ──なるほど。お前だったら納得だわ…と。

 だって松田は、交番実習の時の彼女の努力を見ている。
 大量の新聞や雑誌から必要な情報を吸い上げ、まとめ、分析・考察し、見事歌舞伎町の治安をひっくり返した女なのだ。
 なので、マドンナちゃん=妖精さん≠ニ聞いて案外スッと納得できてしまったのだ。

 ただそれよりも。

「そういえば陣平ちゃん、妖精さん信者だったよね」
「やめろ。言うな」
「信仰先がカノジョって分かって今どんな気持ち?」
「やめろって!」

 そうなのだ。
 松田は自他ともに認める妖精さん信者で、妖精さんに度々高級なお菓子を差し入れたりお手紙を書いたりしていた。
 その宛先がカノジョ、というのが本当に恥ずかしいのだった。

 これになまえはニヤ…と笑い、ジャケットの胸ポケットから付箋を取り出した。
 見覚えのある字体で「妖精さんへ。ありがとう」と書かれている其れは、確かに松田が妖精さん宛に書いたお手紙だった。

「じゃーん」
「やめろ!」
「ダハハハ見して見して」
「見せんな!」

 ちなみに一昨日、プラーミャの爆弾を遠隔で止めたのもマドンナちゃんである。
 ので、松田が一昨日言った「妖精さんが止めてくれたのかな」というのはおもいきっり当たっていたのだった。

「何、陣平ちゃんどんだけカノジョのこと好きなの?」
「モテすぎて自分が怖いと思いました」
「覚えとけよテメェら」

 いじける松田の声に萩原が大きな声で笑った。
 なまえもつられて笑いながら、「あぁ」と思う。

 ──頑張ってよかったなぁ…。と。

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