めちゃくちゃ不器用じゃねーか


翌日。
起床時間きっかりに目が覚めた松田は、スマホの電源をつけた瞬間「ゲ」と呻き声を漏らした。

なまえからのメッセージを受信したからだ。

『ひ』『昼休み』『協力』

単語が三つだけのメッセージからは何を求められているのか分からない。おそらく『ひ』は打ち間違いだろう。

「…つか指令テキトーすぎんだろ…」

低血圧でボーッする頭を癖毛ごと掻き回しながらスマホの電源を落とす。
大きな欠伸を一つ零してのそのそと起き上がる。首をこきりと鳴らしてからもう一度グシャグシャと頭をまぜっ返した。

「…5W1Hを知らねぇのか…?」

こないだ授業でやったんだけどな。ガラにもなくそんなまともなことを考えて「マいっか無視しよ」と決めて部屋着のTシャツを脱ぎ捨てた。

既読をつけてしまったことなど忘れて。



△▽



「ねぇ降谷くん! お昼一緒に食べていい?」

あっという間に昼休みがきた。
いつも通り食堂の端に固まって昼食を取っていた松田は、キンキン響く声にハンバーグを口いっぱい詰め込んだ顔を上げた。

「ふぃろふぇ?」
「口にモノ入れたまま喋んないでくんない? それと松田には聞いてないんですケド。…降谷くん、いい?」

声をかけてきたのは、今日もバチバチに濃い化粧をキメているマドンナちゃんの親友──廣瀬だった。
廣瀬は降谷ファンクラブの会長を自称している程の降谷大好きっ子なので、「降谷くん今日もかっこいい!」「降゛谷゛く゛ん゛こ゛っ゛ち゛向゛い゛て゛!」と事あるごとに降谷に話しかけてくる。必然的に降谷と同じ班の松田は彼女と顔見知りになった。しかし根本的に相性が悪いのか、顔を合わせる度に憎まれ口を叩き合っている仲だ。

「僕は構わないけど…」
「廣瀬ちゃんじゃない。それと──マドンナちゃん?」

萩原の驚いた声に「エ」と廣瀬の背後に視線を向ける。──と、躊躇いがちに此方を窺う美貌が目に入った。
昨日松田の前で見せた冷たい笑顔など一切存在しないかのような外ヅラの仮面をしっかりとつけた女は「ごめんね萩原くん、廣瀬ちゃんがどうしても降谷くんたちと一緒にご飯食べたいって言うから…」と申し訳なさそうに眉を下げた。
そしてそのまま、意味深な視線を松田に投げかけた。廣瀬の影に絶妙に隠れた位置からの鋭い視線である。
早くしなさい≠ニ訴えかけてくるような視線に、松田はゴクリと口の中のハンバーグを飲み込んだ。
脳裏に過ぎったのは今朝目の前の女から来たメッセージだ。

「(そういうことかよ…)」

この猫被り女が求めている協力≠ェ今を指していることはすぐに分かった。
無視してやろうかな…と一瞬視線を外すも、昨日の『教官にチクられたくなければ…』という言葉が何度も脳内を暴れ回る。

正直、全然協力したくない。
自分にメリットは皆無であるし、面倒だから。
それでも、なまえの機嫌を損ねてしまえば自分のオアシス喫煙所がなくなってしまう。
どうする? 俺、どうする──?



「ぜ、全然いいぜ! ココ座れよ」

松田はとうとう覚悟を決めた。
「松田?」「陣平ちゃん急にどうしたの」「何でアンタが仕切るのよ」という言葉をガン無視しながらトレーを持って立ち上がった。

「俺こっち座るわ。廣瀬は…マァそこら辺で良いだろ」
「は? だから何でアンタに指図されないといけないのよ」
「うるせぇな俺の未来がかかってんだ」
「え、陣平ちゃんマジでどうしたのよ」
「何も聞くなハギ。黙ってろ」

と自然な流れで──周りから見たら至極不自然だったが──今まで自分が座っていた降谷と伊達の間になまえを座らせることに成功したのだ。

「ヨシ、飯食うか」

ここまでお膳立てしてやったんだ、上手くやれよ。そんでもって早くくっついて俺を開放してくれ。自分の行動は棚に上げて「こ、ここ座るね…?」と伊達に微笑みかけるなまえを頬杖をつきながら見上げた。



△▽



「(嘘だろ…)」

食事を再開してから数分後である。
松田は半分残ったハンバーグと付け合せのジャガイモを咀嚼しながら、目の前で繰り広げられるやり取りを死んだ魚の目で見つめた。

どこか期待していたのだ。

だって目の前の女はマドンナちゃん≠ニ呼ばれる程の美貌の持ち主であるし、女子で成績トップの頭脳も持ち合わせているのだから。
オマケに協力≠ネんて言葉を使ってきた以上、彼女なりに何か策を練ってきたのだと思っていた。
だから、「コイツがどうやってこの堅物伊達をオトすのか見てやろうじゃねーか」と少しだけワクワクしていたのだ。

しかし。

「お前メシそれだけでいいのか?」
「ひぇっ、…エ、あ、ゥン…」
「しっかり食わねぇと力出ねーぞ」
「はひ、………」

何だこの茶番。
伊達から話しかけられた女は耳まで真っ赤にして黙り込むだけなのだ。
明らかに挙動不審である。
松田の隣に座る萩原が「あー…そういうこと…」と小さく呟く。何も知らない萩原から見ても、マドンナちゃんが伊達を好きなことは秒でバレるレベルだった。
ちなみにその事実に気付いているのは現段階では松田と萩原だけ。降谷と諸伏と廣瀬は三人で盛り上がっているので全く気付く素振りはない。

張本人である伊達は「俺なんか怒らせるようなことしたか?」と斜め上の心配をしながら困った顔をして松田に目をやった。

「あー…ハギ、次の授業なんだっけ」

松田はその視線を無視することにした。
スマン伊達、俺これ以上巻き込まれたくねぇんだ。心の中でそう告げて、身体ごと視線を萩原の方に向けた。
せめてもの慈悲として片耳だけ残してやる。もしなまえがとんでもない暴走をした時に止めてやる責任が自分にはあると思ったので。



それでも、松田はまだマドンナちゃん≠ニいう人間性を全く理解できていなかったのだ。

「大丈夫か? 顔赤いけど…」
「だ、だいッ、ダイジョブ!」

困り果てた伊達がなまえの顔を覗き込んだ。熱でもあるんじゃ…と心配したのである。
しかしグッと近くなった伊達との距離に、なまえは心の底から驚いてしまったのだ。
訓練終わりの男らしい香りと柔軟剤の良い香りが一気に鼻腔を擽って「あ、伊達くんが近くにいる。自分を気にかけてくれている」と理解した途端、頭は真っ白になってしまい──。

「ブ…ッ!!!」
「っ、あ、ごごごめん松田くん!」

ちゅうちゅう飲んでいたいちごミルクの紙パックを思いきり握りしめてしまったのだ。
女子とはいえ普段から鍛えている彼女の握力は凄まじいもので、握りしめた紙パックはグシャ!と潰れて中に入っていた美味しい液体は勢いよくストローから飛び出した。
飛び出した美味しい液体だったもの≠ヘ、見事に無視を決め込んだ松田の顔面にかかったのである。

なまえの声に、今まで降谷と廣瀬と楽しく喋っていた諸伏は漸く異変を感じて横を見て絶句した。

「俺なんかしたのか?」と困惑顔の伊達。
チベスナ顔で癖毛からいちごミルクをポタポタ零す松田。
松田に謝りながらハンカチを差し出すマドンナちゃん。
突っ伏して爆笑する萩原。

目に入ってきた光景に諸伏は「いや、情報量多いな…」と頬を掻いた。

大方、松田が何か失礼なことを言ってマドンナちゃんを怒らせたのだろう。
そう勝手に決めつけると、「ギャハハ! 松田どした? いちごの良い香りがするねぇ」と指をさして爆笑する廣瀬と、「松田、僕のハンカチも使うか?」とポケットを探る降谷を置き去りにその場を後にするのだった。

これ以上周りから注目を集める集団と関わりたくなかったのだ。



△▽



「終わった…」

午後の訓練直前である。
無事頭から滴るいちごミルクを拭き終わった松田は、未だに香るいちごの匂いを纏いながらタバコに火をつけた。

足元にはこの世の終わりくらい落ち込んだ物体が転がっている。
その女は先程から微動だにせずに「終わった」「作り上げたイメージが」「死のかな」とブツブツ暗い声で呟いている。

これでもかというくらい身体をちまこく丸めて落ち込む姿からは、普段周りに見せている華やかさも昨日自分を脅してきた毒気も一切感じない。
いちごミルクをかけられた時は『テメェ…』と殺意が湧いたというのに、ちんまり丸まって落ち込む姿を見ていると殺意よりも同情が湧いてくるのだから人間とは不思議なものである。

「お前さ」
「言わないで…」
「めちゃくちゃ不器用じゃねぇか」
「やめてってば……」

なまえはさらにちまこく纏まってしまった。まるでお母さんに怒られた小学生のようである。
ミスったな。松田はガシガシ頭を掻くと「元気出せって」としゃがんで女の頭にポン…と手を乗せた。

「お前は頑張ったよ。な? まだ大丈夫だ」
「終わったもん」
「大丈夫だって。だってお前昨日は伊達と普通に話せてたじゃん」
「あ、あれは練習したから」
「は?」
「入学してからずっと、練習してたの」
「何を」
「伊達くんと、学校で再会した時の、練習」

突拍子もないことを言い始めたなまえに「意味が分からん」とだけ告げる。
練習って何だ? 伊達と話す練習をしてたってことか? 入学してからずっと?

「私、伊達くんを前にするとああなっちゃうでしょ。だからそうならないように、入学してからずっと練習してたの。だから昨日は完璧だったの」
「…お前スゲェな」
「でもやっぱ今日はダメだった。終わった。詰んだ…ウ゛ーッ…」
「泣くな」
「泣いてない」
「嘘つくなって」
「ついてない」

松田の言葉になまえは漸く弱々しく顔を上げた。
吐き出した煙越しに見るマドンナちゃんは捨てられた子犬のような表情で、思わず「ン゛ッ」と噎せそうになった。

泣いてはいなかったが、ヘナヘナと眉毛を下げて上目遣いで見上げてくる姿に「かわいいな」と思ってしまったのだ。

「あ、諦めるのかよ」
「そんなわけないでしょ…何年片思いしてると思ってるの」
「知らねぇけど」

どうやら諦めるつもりは毛頭ないらしい。それでも先程の自分の醜態が忘れられないらしく「うぅ」だとか「あぁ」だとか呟きながら頭を掻き毟るなまえに、松田の中の何かが動かされた。
目の前で落ち込みまくるこの不器用な女に心の底から同情してしまったのだ。

「してやるよ、協力」
「え?」
「…だから、俺がお前と伊達がくっつくように協力してやるって言ってんだ」

お前一人だけだといつまで経っても進展しなさそうだし。と続けた。

「ほんとう?」
「ああ」
「ちゃんと私と伊達くんが上手くいくように取り計らってくれる?」
「おう」
「寝る間も惜しんで作戦考えてくれる?」
「そこまでは言ってねぇ」

松田の言葉に少しだけ元気が出たのか、なまえは数回頷くと立ち上がって自分の頬を叩いた。気合を入れたのだ。

ポケットからタバコを取り出して火をつける。
僅かに甘いバニラの香りとともに煙を吐き出すと、キッ と強い目で松田を見下ろした。

先程までの気弱な女はもうそこにはいなかった。
目の前に凛とした表情で立つ女は、紛れもなく警察学校のマドンナなのだ。と、まるで他人ごとみたいに思った。

「私、諦めないから」
「そうかよ」
「精々協力しなさいよね、陣平」

じゃ、私もう行くから。それだけ言うとなまえは吸いかけのタバコを松田の指の間に挟んで喫煙所から去っていくのだった。

残されたのは、自分のタバコを咥えたまま彼女のタバコを持たされた松田一人だけ。

「…俺、キャスターは吸わねぇんだけど…」

もっと高いタールのものが好きなのだ。それに、誰からも見られていないとはいえ、女子が口を付けたタバコを吸える度胸は松田にはなかった。松田は案外硬派な男なのである。

「(さっきのアイツの言葉、何か引っかかるんだよなぁ…)」

先程のなまえの発言に少しだけ違和感を感じて、指の間に挟まった赤いリップの跡が付いた白いフィルターを眺めた。アイツ、何て言ってたっけ…。

「あ、ヤベ」

そろそろ昼休みが終わることに気付き、慌てて赤いリップの跡ごと彼女のタバコを携帯灰皿に押し込んで外から揉んだ。
自分の吸っていたタバコも同様に携帯灰皿に押し込んでポケットにしまって立ち上がる。
次の授業何だっけ。先程萩原に聞いたのと同じことを考えながら喫煙所から出て──。

「…さっき陣平≠チて呼ばれたか……?」

漸くその違和感の正体に気付くのだった。




▽不器用な猫被り
 好きな人を前にすると頭が真っ白になってしまってやらかした。一生懸命作ったキャラにヒビが入ってしまった。自己嫌悪になったけど立ち直った。アタシ負けない。

▽いちごミルクまみれの男
 ちょっとかわいいとこあんじゃん。って思ってる。でも今後同じように被害に合いたくない。コイツどうにかしねぇと…って心の底から思った。

▽全てを見ていた男
 幼なじみがいちごミルク塗れになったのおもろ。陣平ちゃんとマドンナちゃんが意味深なアイコンタクトしてるからまさか…って思ってたけど、マドンナちゃんって伊達のことが好きなんだ…へー…。これからどうなるんだろうワクワク。

▽何も気付かなかった男
 気付くと松田がいちごミルク塗れになってて普通に驚いた。ハンカチ貸してあげたけど洗って返してくれるのかな…そのまま返されたらヤだな…。

▽その場から逃げた男
 松田は何を言ってあの子のこと怒らせたんだろ…自分に飛び火しないように逃げとこ…。怖いし…。

▽誰よりも笑った女
 親友と推しをくっつけるという大いなる野望(下世話)を叶えるためにお昼一緒に食べようと言い出したけど、普通に自分が推しと楽しく喋ってゴメンの気持ち。気付いたら松田がいちごミルク塗れになってて死ぬほど笑った。原因は知らないし興味もない。松田だし。

▽またしても何も知らない男
 アイツやっぱり体調悪かったのかな…具合悪いと力加減ミスるもんな…今度新しいいちごミルクでも買ってやるか。松田は知らん。

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