覚悟しとけよ



「んじゃあ交番実習終了を祝して乾杯!」
「かんぱーい」
「ウェーイ」
「まだあと一週間前あるけどな」
「マァマァ降谷ちゃん、そこはノーカンで」

都内某所の居酒屋にて。
警視庁警察学校・伊達班の面々は数ヶ月ぶりに集まっていた。

乾杯の宣言をした萩原の言葉通り、長かった交番実習が漸く終わるのだ。

実習も残すところあと一週間。
それが終わるといよいよ内定先に初期配属となる。
配属してからはしばらくの間怒涛のように忙しくなると先輩から聞いていた。ので、「忙しくなる前に一回集まろうぜ」という萩原の声かけにより、疲れた身体に鞭を打って集まったのだった。

「マ、この五人ならぶっちゃけいつでも集まれんだろ。配属先も近いし」
「また陣平ちゃんそういうこと言う」

卒業生たちは全国各地に飛ばされたワケだが、奇跡的に伊達班の五人は関東近郊の交番で実習を行っていた。
諸伏と伊達はそのまま同じ交番に配属が決まっているし、萩原と松田は警視庁の機動隊に配属することになっている。降谷もまだ詳細な所属は知らされていないのだが、警視庁であることは確かなので。
いつでも会える距離に親友たちがいるのはとても心強いのだ。

「そういえば、陣平ちゃん早速引ったくり犯ゲンタイしたんだって。すげぇだろ」
「何でお前が得意気なんだよ萩原ァ」
「ゼロだってこの間酔っぱらい同士の喧嘩を一人で粛清してたんだって。すごいと思わない?」
「何でヒロがそんなに得意気なんだ?」

たった数ヶ月とはいえ、久々の再会に浮き足立っているのは事実。
その証拠に、萩原と諸伏はお互いの親友の武勇伝をプレゼンし合っている。なに、彼らは親友のことが大好きなのだ。

「酔っぱらい同士の喧嘩止めただけでしょ? 大したことなくない? 降谷ちゃんなら」
「イヤ、十人対二十人の喧嘩だったらしい」
「東京卍リベンジャーズの世界観で笑っちゃった」
「とうきょうりべんじゃーず? って何だ?」
「また始まったよ。陣平ちゃん貸してあげて」
「いい加減俺をゲオ扱いすんのやめてくれねぇか」
「松田のことはブックオフだと思ってる」
「お前ソレ返すつもりねぇだろ。金取るぞ」

返してやれよ。伊達は内心そう思ったが、声に出さずに心の中に留めておくことにした。なぜなら、既に話題が変わってしまっていたのだから。
彼らの話の切り替わり方は女子会よりも早い。ほとんど内容が無いからだ。

どれくらい内容がカラッポかというと、
「スタバの新作飲んだ?」
「飲んだ。てかネイルかわいくない?」
「アーシ(アタシ)今日ユーライクでも盛れない」
「ねロムアンドのリップ買った?」
「もうそれ古いって。今はリップモンスターでしょ」
「それも微妙に古くない?」
「てかティックトック撮ろ
これくらいある。

なので。伊達が「返してやれよ」と言おうとした時には、
「てか聞いてよ俺この間フィッシング詐欺に引っかかったんだけど」
「バカだな散々ガッコでフィッシング詐欺について習ったろ。何に引っかかったんだよ。レイバン?」
「FANZAブックス」
「ダハハ」
「萩原って漫画でヌけるんだ」
「即落ち二コマが好きで…」
「ヒロは漫画じゃ抜けねぇの?」
「オレは映像じゃないと抜けない」
「陣平ちゃんは昔から痴女系が好きだよね」
「ロマンだろ。漢の」
「倒置法を使うな」
「そういう降谷ちゃんは?」
「VR」
「何でお前漫画一つも持ってねぇのにVRは持ってんだよ」

好きなオカズの話になっていた。
伊達は「この話題ヤだな…」という顔でジョッキを煽った。だって自分に振られたくない。カノジョ似の女優のAVを大量に持っていることがバレたら死ぬほどイジられるし普通に恥ずかしかったから。

「そいや廣瀬と芹沢は今関西だっけ」

なので、バカの顔をしてオカズについて語る四人に無理矢理別の話題を振った。
ちょっと強引だったか? と背中にじわりと汗が滲んだが──。

「確かそう」
「ヤケに静かだと思ってたらアイツら関東にいねぇんだった」

バカの顔をした四人はまんまと伊達の作戦に引っかかった。四人の頭の中からさっきまでの話題はすっかり消え去ったのだった。
問題児だが優秀。しかし根っこの部分はしっかりアホなのだ。

「元気かなあの二人」

チミチミ枝豆を口に運びながら呟いた諸伏に、隣でビールを豪快に喉に流しこんだ松田が「元気だろ。バカだし」と答えた。

「てか陣平ちゃん。マドンナちゃんは元気?」
「あ?」

ポテトフライをこれでもかと言う程バターソースに浸してモムモム食べる萩原により、話題は再び違う方向にいく。
これにて廣瀬と芹沢の話は終わりである。なぜなら、マドンナちゃんの話題になった途端、松田以外の全員が身を乗り出したのだから。

「オレもそれ気になってた。最近どうなの?」
「確か彼女の実習先って都内の交番だったよな」
「ここから近いよな。何で来てないんだ?」
「誘ったけど『忙しい』って断られちまったんだよ。陣平ちゃん喧嘩でもした?」
「…してねぇけど」

矢継ぎ早にされる質問に、松田はタバコの煙をダラ…と口の端から零しながら呟いた。
松田とマドンナちゃんが卒業式から付き合いだした、というのは周知の事実だし、その後の卒業旅行でもイチャイチャしているのを全員が見ている。

104期の姫であり女神であり妖精さんでありながらも、在学中特定の男を作らずにストイックに成績女子トップをキープし続けた鉄壁の女が、松田と付き合った途端急激に女の顔≠見せるようになった。
卒業旅行では松田の言葉に頬を真っ赤に染め上げ、伊達以外の全員が「付き合いて…」と思うレベルでかわゆい顔を見せつけてきた。
そして、そんな女の心を射止めた松田も、それ以上にカノジョにデレデレになっていた。在学中告白される度に「悪ィ。今はそういうの興味ねぇわ」と全てバッサリとフッていた癖に。

モテまくってきた美男美女のイチャつきは全くイヤミがなく、少女漫画のような初々しさに見ているこっちが思わずキュンとしてしまうことも多かった。
ので、今日は数ヶ月ぶりにそのイチャイチャが見れると密かに楽しみにしていたのだ。

しかしマドンナちゃんは来なかった。
喧嘩っ早い松田のことだ。付き合って早々大喧嘩でもしたんじゃ…という萩原の心配とは裏腹に、松田は「俺も全然会えてねぇんだよ」と弱った様子で枝豆のガラを皿に放り投げた。

「デリカシー皆無の失言とかした?」
「してねぇしするワケねぇだろ。ヒロの旦那は俺のことを何だと思ってんだよ」
「少なくともデリカシーは無いと思ってる」
「表出るか?」
「そういうとこだぞ松田。そうじゃないとすると…彼女のスマホを勝手に解体したとか」
「もう拳銃バラしたこと忘れてくんねぇか」
「分かった。マドンナちゃんの体調が悪いのにがっついて抱き潰したとか」
「……してねぇわ、まだ何も」
「「はァ!?」」

意外すぎる松田の発言に、一同は揃って口をポカンと開けた。
まだ何もしていないのか? あんなに可愛いカノジョに対して?

「あれ、陣平ちゃんキリシタンだっけ? 童貞?」
「俺は無神論者だし童貞じゃねぇ」
「じゃあ単純にヘタレなだけか」
「グ…」

萩原の言葉に、松田は何も言えずに黙り込んだ。だって事実だったから。

半年前の卒業旅行の時は、手を出すスレスレで思い留まった。
だってあの時は隣の部屋に邪魔者がいたし、マドンナちゃんが完全未経験だと知ってしまったのだから。
なので、「お前のハジメテはちゃんとした時に貰う」と予約した。
次二人きりで会った時は容赦しねぇ。と伝えたつもりだったのだ。

しかし。

その後、数回だけ二人でデートはしたのだが、どれも居酒屋で夕飯を一緒に食べるだけ。
二十時集合二十二時解散、という極めて清く健全なお付き合いを続けているのだった。

何回か松田の方からそういう°気を出そうとしたこともあったのだが──。

『あ。あの、よ…。この後って』
『陣平』
『あ?』
『今日はありがとう。私帰るね、明日も早いし』
『…送ってく』
『それも大丈夫。タクシーで帰るから』
『……分かった』

なぜか先回りをされ、毎回牽制されてしまうのだ。
何なら、一人暮らしを始めたカノジョの家すら行ったこともない。
拒絶されているのだ。やんわりと、しかししっかりと。

「…アイツ、繁華街勤務だから忙しいんだとよ」
「繁華街?」
「歌舞伎町ド真ん中」
「あァ…そりゃ忙しいわな」
「ヤ、純粋に松田に魅力がなくなったんじゃない?」
「諸伏ちゃん止めてあげて。俺もさっきヘタレって言ったけど」
「松田は肝心なところでキメられないからな。訓練の時だって…」
「ゼロ、死体蹴りは止めてやれ」

伊達の言葉通り、松田はまっちろになって机に突っ伏していた。
指の隙間に挟んだタバコから心もとない煙が立ち昇っていて、長くなった灰とともに火種がポロリと机の上に零れる。

「真っ白の 灰と散るらむ ヘタレかな」
「句を詠むな」
「いい句だね。趣深い」
「風流だな」
「季語入ってねぇんだよ」
「ダハハ」

大口を開けて笑った萩原に使い捨ておしぼりを投げつける。
既に飲み会は開始から数時間立っていたので、おしぼりはカピカピに乾いていた。

「なァ。これってアイツんとこの交番だよな?」
「あ?」

萩原の渾身の一句を唯一スルーした伊達が、スマホの画面を四人に向けた。
「歌舞伎町の女神様の実態に迫る!」と大見出しがついているウェブニュースのページだ。
四人は、そのページをダーッと流し読みすると。

「これ、マジ?」
「意味が分からない」
「ヤ流石にこれは…松田、何か聞いてる?」
「…何も」
「何も聞かされてなさすぎだろ」
「本気で付き合ってるんだよな?」
「そのイジりもうやめろ!」
「ダハハ」
「班長もう一回見せてくれ。謎解きかもしれない」
「何の?」

しばらく呆然とした後、一周まわってゲラゲラ笑いはじめた。
なぜなら、伊達から見せてもらったウェブニュースが余りにも信じ難い内容だったからだ。

「歌舞伎町の治安が東京都で一番良くなった≠ヘ嘘松すぎるだろ」
「うそまつ? …って何だ?」
「降谷ちゃん話進まないからスルーするね」

歌舞伎町といえば、男女の欲望の巣窟。
ホストやキャバクラや風俗店やラブホテルが所狭しと建ち並び、道を歩けばナンパやキャッチが数メートル感覚で話しかけてくる。
特に若い男女にとっては魔窟のような場所で、毎日のように家出少女が補導され未成年淫行で逮捕者が出る。
そんな、眠らない街の代表ともいえる歌舞伎町は治安が悪い街ナンバーワンの不名誉な称号が与えられていたはずだ。

しかしウェブニュースには、黒のゴシックでデカデカと「最悪の治安が大変化! 突如舞い降りた歌舞伎町の女神様の実態に迫る!」と書かれていた。
記事曰く、とある一人の女警察官≠ノよって歌舞伎町の治安が劇的に改善したという。十月から交番で勤務をはじめた女警察官は、全てを包み込む寛容さを持ち、誰もが目を奪われる程の美人であることから女神様≠ニ呼ばれている。らしい。

「これ、マドンナちゃんのことだよね絶対」
「それ以外ないだろ」
「行くか」
「ヒロの旦那それマジで言ってんのか?」
「じゃあ陣平ちゃんはお留守番ね」
「何でそんなこと言うんだよ。お前らが行くなら俺も行くだろフツウに。常識的に考えて」
「常識の押し付けやめなよ」
「ヒロの言う通りだぞ松田。人にはそれぞれ違う常識≠ェあるんだ。それではこころのノートの八十二ページを開いてください」
「あれ、道徳の授業はじまった?」
「バカ今ここでボケるな。収拾がつかなくなる」
「降谷ちゃん芹沢ちゃんのキャラ移った?」
「ヤツが降臨した。僕の中に」
「怖いな。ゼロお祓い行きな。オレ着いていくから」
「そもそもここに道徳的な人間なんていねぇだろ一人も」
「辛辣すぎて泣いちゃった」
「…で、どうすんだよ?」
「「行く」」

記事を読んだ彼らが興味を持たないハズもなく。無理矢理ジョッキを空にすると「ァお会計お願いしゃーす!」と店員に向かって右手を挙げるのだった。



△▽



「ア、アタシの両親が毒親で……父が暴力を…アタシ家に居場所がなくって…だから家出しちゃったんですけど……ここに来ればお話聞いて貰えるってツイッターで知って……」
「うんうん。……辛かったわね。もう大丈夫よ。お姉さんが守ってあげる」
「お゛姉゛さ゛ん゛」
「任せなさい!」

信じられない光景だった。
歌舞伎町のド真ん中。交番の前には若い男女の長蛇の列が出来ていたのだ。
先頭に並んでいたのはマイメロディのリュックを背負う女の子。泣きじゃくる彼女の頭をゆるりと撫でたのは一人の女警察官だ。

「ヤマダ巡査部長。シェルターの手配を」
「もう出来てる。…さ、お嬢ちゃん、中に入って」
「次の子は?」
「ァ、わたし、です。…よろしく、お願いします」
「どうしたのそんなに腕傷つけて…! 手当てするからこっちおいで」
「…う、うぇぇぇん」

左手首からダラダラ血を流す女の子の背中を擦り、手当てをしながら女の子の身の上話を親身に聞く女。
終わったら次の女の子。その次は若い男の子…といった具合で、次々とやってくる若い子たちの話を根気強く聞き、しっかりとアドバイスをし、時には厳しく叱る。
列を為す少年少女は「俺、昨日女神のお姉さんに怒鳴っちゃったから今日は謝りにきたんだ」「アタシ、女神のお姉さんのアドバイス通り担当と縁切ったんだ」とソワソワしながら小声で囁きあい、自分の番を今か今かと待ちわびている。
その様子に、普段はデカい声で道行く人を呼び止めるナンパやキャッチのお兄さんたちも「お、オレたちの声でカウンセリング邪魔したら悪いよな…」というバツの悪い顔で遠巻きに佇んでいた。

「はい、じゃあ今日のカウンセリング終わり! 出来なかった子は明日来てね。ごめんね。未成年の子たちは真っ直ぐ家に帰るのよ。事情があって帰れない子たちと、成人しててまだ時間ある子たちは残ってね!」
「「はーい!」」

時刻はちょうど二十二時。
女の澄んだ声に、並んでいた子たちと周辺にたむろしていた子たちは元気よく返事をして動き出す。

「お姉さん、今日わたしバイト遅いから参加できる」
「本当? ありがとう!」
「お姉さんお姉さん、トング貸して」
「待ってね。今持ってくるから」
「お前女神様のこと急かすのやめろよ」
「うるさいな! 今日のオレはシケモク百個拾うんだよ!」
「そこ、喧嘩しないの」
「「めんなさい」」
「お姉さんお姉さん」
「はあい、聞こえてますよ」
「アア゛俺ついに女神のお姉さんと喋っちゃった!」
「うるせぇ新入り! 黙って並べ!」
「喧嘩しないの」
「「めんなさい」」

交番入口に集まった十数人の少年少女は、女神のお姉さん≠ゥらトングとゴミ袋を受け取ると、一斉に辺り一体のゴミ拾いをはじめたのだ。

その光景を目の当たりにした萩原が「イーヤ世紀の大改革」と、東京ホテイソンのツッコミで叫んだ。
昨日の夜、寝る前にユーチューブでネタ動画を見ていたので備中神楽節が咄嗟に出てしまったのだ。

「うるせぇよハギ」
「ごめんて陣平ちゃん。でも意味がわからなすぎて…」
「萩原が言いたいことは分かるよ。歌舞伎ってこんなのじゃなかったよね?」
「ああ。その証拠にTOHOシネマ前にたむろしている若者が一人もいない」
「確かに…。トー横キッズ≠チて絶滅したのか?」
「ヤ、アソコに全員いるんだろ」

松田が顎で示した先では、ツインテールヘアの女の子たちやピアスを鬼のように開けている男の子たちが懸命にゴミ拾いに興じていた。

「あれ、みんなどうしたの?」

コチラをジッ…と凝視する五人の存在に、漸く女神のお姉さんが気付いた。
「みんな、ちょっと待っててね。喧嘩しないのよ」と少年少女に声をかけてから(それはそれは良いお返事が聞こえた)五人に向かって走ってくる女は、確かにかつて警察学校のマドンナちゃん≠ニ呼ばれた女だった。

「萩原くん、今日は行けないって言わなかったっけ?」
「ごめんね、近くで飲んでたから来ちゃっただけ」
「驚いたな。歌舞伎がこんなに変わったなんて」
「私が一番びっくりしてる」

降谷の言葉にマドンナちゃんは上品に笑ってから、艶やかな長い髪を耳にかけた。
ふわりと鼻を擽ったのはシャネルの19番だ。

「ここは、未成年の子たちが来るには危険すぎる場所だから…」

判断力が乏しく社会を知らない子どもは、狡い大人の格好の餌食となる。
ホストに貢ぐお金を身体を売って稼ぐ少女。遊ぶ金欲しさに詐欺の受け子を引き受ける少年。家出少女。裏垢男子。未成年飲酒。未成年喫煙。
その惨状をマドンナちゃんは実習初日に目の当たりにした。
どうにかしなければ。
少ない実習期間の中で出来ることは限られていたが、それでも見過ごす訳にはいかなかったのだ。

彼らは基本的に大人≠信用していないので、初めは取り付くしまもなかった。
だが、幾日も根気強く話しかけるうちに、何人かがぽつりぽつりと身の上話をしてくれるようになった。
そこからは案外簡単で、彼らのコミュニティの中でマドンナちゃんは信用出来るお姉さん≠ノなり──。

「気付いたら女神のお姉さんになってたの…」
「そんなことある?」

ダハハ、と萩原は笑いながらしゃがみこんだ。
警察学校時代女子トップの成績を取り続け、野外訓練でも満点スコアに貢献し、学園対抗体育祭の格闘技大会で優勝し、棒倒しで歴代初の女子大将として活躍し…ありとあらゆる伝説を作った女が、また新たな伝説を作ろうとしているのだから。

「幼なじみのカノジョがこんなにすごいわけがない」
「ラノベのタイトル風に言うな」
「だって陣平ちゃん、自分のカノジョがこんな完璧だったら俺死んじゃうって。陣平ちゃんは違うの?」
「…マ、それは」

フツウだったらそうだよな。松田は心の中でそう続けて軽く息を吐いた。
目の前に広がる光景は、松田の知っている歌舞伎町とは大きく違っていた。
TOHOシネマズの前にたむろしていた少年少女は一人も居なくなっており、今は全員が手にゴミ袋とトングを持ってシケモクや空き缶を拾っている。
道を歩くと必ず声をかけてくる邪魔なキャッチのお兄さんたちも姿を消している。
そんな光景を作り出したのが自分のカノジョなのだ。気後れしないワケがない。

が、松田は。

「コイツがすげぇ頑張った。それだけだろ」

心の底からそう思っているので、特段嫉妬したり自信をなくしたりはしなかった。
だって松田は、目の前の女が誰よりも努力家だと知っている。
ひたむきに頑張る姿を何度も近くで見てきたのだから。
きっと今回も、「私があの子たちに出来ることってなんだろう」と一生懸命考えて努力をしたのだろう。それこそ、大好きなカレシとの逢瀬を「忙しい」と断るくらいには。

「頑張ったな」
「陣平……」

ちまい頭をポン、と撫でた。
それだけで目の前の女はぴくりと肩を跳ねさせて「う」と唸る。長い髪から少しだけ覗く耳が一瞬で朱に染まり、それを見た諸伏が「ア、松田に魅力がなくなったワケじゃないんだ」と失礼なことを呟いた。

「諸伏くん、どういうこと?」
「ハハ、ごめんね。オレたちてっきり君が松田に愛想を尽かしたんじゃないかって話をしてたんだ」
「どストレートに言うなよ」
「ヒロのいい所は素直な所だからな」
「フォローになってねぇぞゼロ」

この天然コンビいつかシバく。松田が決意を固めた瞬間である。
ただ、それを聞いたマドンナちゃんが「そんなことないもん…」と眉を下げて拗ねた表情をしたので一瞬で溜飲は下がったのだが。

「手伝うか?」
「陣平ちゃんいいこと言う。俺たちで良ければ手伝うよ。な、お前らも」
「ああ。僕は構わないけど」
「オレも」
「ちょっとだけ酒入っちまってるけどな」
「…良いの?」

マドンナちゃんの問いに五人は一斉に頷いた。
親友のカノジョが頑張っているのだ。手を貸さないワケがなかった。



△▽



マイメロリュックの女の子をシェルターに送ってきたヤマダ巡査部長は、「これはどういう状況だ…?」と唖然とした表情で呟いた。
今の時間は、通常であれば実習生の女の子と数人の少年少女が仲良くゴミ拾いをしているハズなのに。

「みんな、拾ったゴミは分別しようね。空き缶組は俺のところに持ってきて」
「「はぁい」」
「シケモクはオレんところね。ア、カウンセリングはあっちの癖毛と金髪と綺麗なお姉さんがやってるから」
「「はぁい」」
「お前らの力はそんなもんか? もっと本気でゴミを拾え! 歌舞伎町からゴミを駆逐するんだ!」
「「押忍!」」
「最近よくブスからマウントを食らうんです。私悔しくて…もっと可愛くなりたくて…整形したくて…そのお金を稼ぐためにパパ活を…」
「は? んなモン言わせときゃいいだろ。お前は十分可愛いって。俺のカノジョなんてなァ、ブスって言ったら『ブスじゃないもん』っつってキレんだよ。そんくらいのメンタルで行け」
「それはお兄さんが悪くない? 謝んな」
「何で俺が怒られてんだ?」
「ぼ、僕、学校で虐められてて…もう行きたくなくて…」
「いいか? そんな時は筋トレだ。筋肉をつけろ。筋肉は裏切らない」

背の高いお兄さんたちが少年少女を引き連れてゴミ拾いをしている横で、顔が整ったお兄さんたちがカウンセリングをしているのだ。
さらにその奥では、実習生の女の子がたくさんの少年少女に囲まれてお悩み相談コーナーを開いていた。

「お姉さん、十九歳の女の子と四十二歳の男の人の恋愛ってアリですか?」
「ナシとは言わないけど、一般的な常識のある大人は未成年には手を出しません」
「だよね。ミカちゃん早く目ぇ覚ましなよ」
「で、でも…」
「ミカちゃんの話なの?」
「マッチングアプリで知り合ったんだって」
「スマホ貸しなさい。お姉さんがアプリを消します」
「ァやめてやめて!」
「やれやれやれ!」
「女神様! オレもカノジョとマッチングで知り合ったんだけどさ、難病のお母さんとおばあちゃんの手術代を稼ぐために風俗で働くって言うんだ…オレそんなことさせたくないから手術代出してやりたいんだけどどう思う?。百万円。ちなみにカノジョとは一回も会ったことない」
「お前ソレ百パー騙されてるって! ね、お姉さん」
「お姉さんがアプリを消します」
「ァやめてやめて!」
「やれやれやれ!」

とマァいつもの十倍近くの人数が、歌舞伎町前派出所の前に集まっていた。
交番の中では、部下の男が一人「どおしよう…」という顔でポツネンとデスクに座っている。
カウンセリングかゴミ拾いどちらかを手伝おうとしたのだが、少年少女はイケメンのお兄さんのところにしか集まらないので心が折れたのだ。

「ナカジマ、どういうことだ? 彼らは一体…」
「どうやら彼女の警察学校時代の同期らしく…」
「同業か…じゃあ問題ないか…」

ナカジマくんの言葉に、ヤマダ巡査部長は眉間を抑えてシワシワの声を出した。
彼女が実習で来てから驚かされっぱなしなのだ。

『この周辺は治安が良くない。マァアンタは女の子だし半年だけだから程々に働いてくれれば優≠つけてやるから』
『ヤマダさん、私この街を良くします。必ずよ』
『ハハ、張り切るのはいいけど程々にな』

警察学校女子トップの女の子が来ると聞き、どんなイカつい奴が来るんだろう…と楽しみにしていたヤマダは、彼女と対面した瞬間「コイツはダメだ」と思った。
だって彼女は、想像よりも遥かに華奢で、かわゆくて、虫も殺したことがないような可憐な女の子だったのだから。
彼女の熱い想いを聞いて尚、世間知らずのお嬢様はこれだから…と冷めた目で見ていたのだ。

しかし、彼女はヤマダ巡査部長の想像より何倍も強かで、努力家だった。
実習開始一週間で少年少女に信用され、その一ヶ月後には今のスタイルを確立させていた。
かわゆいだけの女じゃないわ。少年少女に囲まれる彼女の背中はそう自分たち派出所メンバーに語りかけて来るようだった。

『完敗だよ』

ヤマダ巡査部長含めた面々は、漸く彼女の実力を認めるに至ったのだった。
ので、彼女が女神のお姉さん≠ニして有名になった時も、ウェブニュースで特集をされた時も「マジで? …マあの子が頑張った結果だし」と驚きつつも誇らしい気持ちで満たされていたのだ。

だが。今回は本当に驚いている。
だって、彼女の同期たちは揃いも揃って美形ばかりで、それぞれが圧倒的なオーラ≠持っていたのだから。

「自信なくなりますよ…彼らもまだ現場経験半年ですよね? この差って何なんですか? 僕って警察向いてないのかな…」
「気持ちは分かるが落ち着け。アイツと仲が良いってことは類友なんだろう。ヤツらがおかしいんだよ。お前は悪くない」

パーフェクトヒューマンたちによってナカジマくんがイップスになってしまった。最悪である。
何度も言う。ナカジマくんは悪くないのだ。ヤツらも悪くない。
ただ、時に優秀すぎるヤツの存在は凡人を傷つける。

「オイ、ちょっと…」
「はい。何でしょうか」

ヤマダ巡査部長は、即座に駆け寄ってきた彼女に「もう今日は上がっていい」と告げた。

「後は俺たちがなんとかしておくから。明日非番だろ?」
「で、でも…」
「申し訳ないとかは思わなくていい。どっちにしろお前はあと一週間したらいなくなる。残った俺たちだけで彼らを導いてやらなきゃいけなくなるんだから」
「…そう、ですか」
「お前はこの半年、本当に頑張った。あと一週間よろしくな」
「はい!」

華奢な肩に手を置いて、そのあまりの細さに息を零した。
これからこの細っこい肩に、どれだけの期待を背負うのだろうか。
ヤマダ巡査部長は「頑張れよ」と笑って彼女を見送ると。

「俺たちも、頑張らないとな」
「は、はい…」

イップスにやられて目を回すナカジマくんの肩を軽くパンチするのだった。



△▽



「みんな本当にありがとうね」
「いいってことよ。俺たちで役に立てることなら」
「そうだね。でもゼロにはもうカウンセリングを頼まない方がいい。全部『筋肉をつけろ』で返してたから」
「それはそう」
「筋肉は裏切らないだろ?」
「ゼロ、そろそろ人間の心を理解しような」

キョトン顔の降谷は全員から無視された。
時刻は午前零時。終電間際である。
一人暮らしのマドンナちゃん以外の全員は、各々実習先近くの寮に帰らないといけないのだが。

「陣平ちゃん、マドンナちゃん送ってあげなよ」

ここで萩原が絶好のキラーパスを出した。居酒屋で散々イジった罪滅ぼしをしようという魂胆だ。

「え、だ、大丈夫だよ。私タクシーで帰れるし」
「イヤイヤ、このご時世タクシーも危ないって(大嘘)」
「確かに(大嘘)。松田も心配だよな?(誘導)」
「あ? ああ…(本当)。…待てお前ら、魂胆分かったぞ(理解)」
「そういや最近タクシーもカップル割はじめたらしいな(大嘘)」
「何ィ!?(演技) そりゃア一緒に乗ってやった方がいい(演技)」

嘘である。全力で松田とマドンナちゃんをイジっている。
慌てふためくマドンナちゃんと、ヤツらの魂胆を一瞬で察してチベスナ顔をする松田を全力のサポート(爆笑)で送り出そうという訳だ。
彼らは優秀な問題児集団。絶妙な連携プレーでタクシーを呼び止め、未だ慌てる女と白目を剥きかけている男を無理矢理タクシーに押し込んだのだった。


「ね、ねぇ陣平。私一人で帰れるんだけど」
「黙ってろ」

松田はイライラとした様子で眉間を揉んだ。
タクシーに乗せられる瞬間、耳元で囁かれた「これでピヨったらマジで明日からヘタレって呼ぶからな」という親友からの言葉が頭から離れない。

「(そういうことだよな…)」
「ね、陣平…」
「黙ってろって言っただろ」

松田はピシャリとマドンナちゃんを黙らせてから、視界に映ったコンビニの駐車場にタクシーを止めさせた。

「ア、タバコ吸って買い物したらすぐ戻るんで。カバン置いていきます。オイ、行くぞ」
「え、ちょっと!」

財布だけポケットに入れてタクシーを降りる。
戸惑う彼女をガン無視して銀色の丸灰皿の上で火をつけた。
ゆっくり息を煙とともに吐き出して、目の前の女を見下ろす。

「お前、明日の予定は?」
「非番だけど…」
「偶然だな。俺もだ」
「…エ、エト……」
「察しはついてんだろ?」

一気に顔を真っ赤に染める女に喉を震わせて笑う。

「予約、してたもんな」
「な、何のことやら」
「もう逃がさねぇよ」

グッと高い背を丸めて近付く。女の胸元に人差し指を突き立て「覚悟しとけよ」と囁いた。

「ちょっと待ってろ。買い物してくるから」
「待って陣平、お願い待ってよ!」
「待たねぇって。ナマでして欲しいなら話は別だけど」
「な、ななな」

耳まで赤く染めてワナワナ震える女に再び喉の奥を震わせてから。

「お前はここで、今日の下着が何色だったか思い出しとけ」

低い声で甘ったるく囁くのだった。





次話はR18の予定です。
18歳未満の人はすみません。また来てね。
アップ時期はツイッターで告知します。
※予約云々の話は2022.12.11発行の「警察学校のマドンナちゃんは猫かぶり 書き下ろし後日談 彼と彼女のはじめて=vに掲載されています

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