分かるだろ

11
 
 
 
「卒業生代表、降谷零!」
「はい!」
 
警視庁警察学校第104期の彼らは、本日警察学校を卒業する。
 
壇上に登って卒業証書を受け取るのは、金髪褐色肌にハニーフェイスの男。
入学してから、ずっとトップに君臨した男だった。
 
其れを見守るのは、厳しい訓練を共に過ごした仲間たちと、次の期で入学を考えている学生たち。
 
「ねぇねぇ、あの人カッコよくない?」
「え分かる。代表ってことは成績優秀だったのかな」
「カッコいいのに優秀とかやば」
 
女子大生たちは小声でキャアキャアと騒ぎ立てる。
 
「ていうか104期って優秀な人が多いって見学会の時聞いたよ」
「あ、そうなんだ」
「確か、メチャクチャ厳しい野外訓練で歴代トップの満点スコアを取った班があるとか」
「ヤバ」
「マドンナちゃんって呼ばれる伝説の美人がいるとか」
「ヤバ!」
 
横で「うるせぇな…」と聞いていた男子学生たちも、「伝説の美人」という言葉にピクリと反応した。
 
「え、どれ? どこ?」
「イヤお前オペラグラス持ってるのは草」
「なんかあった時の為に」
「ねぇんだよそんなモンは」
「ア! もしかしてあの人か? クッソ綺麗な人いるんだけど」
「見せろ見せろ貸せ貸せ」
「ダハハ」
 
式典中なのに大騒ぎである。
学生たちの騒ぎ声に「煩いぞ!」と注意しようとした鬼塚だったが、口を開けた瞬間固まることになる。
 
「どうやら、学生たちにもマドンナちゃんの美しさが広まってしまったようだな…」
「マドンナ協会を残すチャンスですよ芹沢会長!」
「オウ、任せろ。後で勧誘に行くぞ」
「ね、ねぇ芹沢くん。気持ちは嬉しいんだけどちょっと落ち着こ?」
「あぁマドンナちゃん か゛わ゛い゛い゛」
「うるせぇよ芹沢黙ってろ」
「ハァ? お前のがうるせぇよ松田ァ。一瞬マドンナちゃんとウワサになったことまだ許してねぇからな」
「あ゛ぁ?」
「オイ芹沢も松田もやめろって」
「カノジョ持ちは発言権ねぇってお母さんから教わらなかったのか?」
「芹沢アンタまだソレ根に持ってたの」
「うるせぇ! カレシ持ちも発言権ねぇんだよ!」
 
「黙らんか!!」
 
学生たち以上に騒ぐ卒業生たちに、ついに鬼塚の雷が落ちた。
 
「なんでお前らは最後くらい大人しくできないんだ!」
「…ごめんなさーい」
「…反省してまぁす」
「罰として今騒いだヤツらは外に立ってろ!」
「え、やばない? 卒業式なのに外に立たされるとか」
「鬼ちゃん怒らんで。話聞くよ?」
「誰が鬼ちゃんだ!」
「鬼塚教官、落ち着いてください。警視総監も見ていらっしゃいますので」
「鬼ちゃん窘められてて草」
「元気出して」
「ダハハ」
「お前らなァ……!」
 
群を抜いて優秀だが群を抜いて問題児だらけな代。それが104期なのだ。
式典中なのに浮かれて大騒ぎをする卒業生は未だかつてなかった。この代がおかしいだけなのだ。
遠くから見ていた学生たちは「これ、大丈夫なの?」とお互い顔を見合わせる。だいぶ引いているのだ。
 
学生たちは知ることになる。
104期は大丈夫なのである。なぜならば。
 
「皆、大人なんだから、黙って座っててくれ」
「皆、式典中だからお行儀よくしよう?」
「「「はーい!」」」
 
降谷とマドンナちゃん──男女の首席が、圧倒的なカリスマ性を持っているのだから。
お互いに目配せをしてから立ち上がったカリスマ二人に、卒業生たちはお行儀よく黙って背筋をピシ! と伸ばした。
 
二人にカリスマ性があるのはもちろんだが、これは104期内のノリのようなもので、降谷とマドンナちゃんが「皆、」と語りかけた時は絶対に言うことを聞かなくてはいけないのだ。
はじめはマドンナ協会のメンバーが、マドンナちゃんから窘められる時にやっていたノリだったのだが、「アタシもそれやりたい!」と騒いだ廣瀬が、降谷にマドンナパートを強要したのだった。
 
はじめは難色を示していた降谷だったが、今ではすっかり板に付いてきたし、何なら最近は自分からそのノリをはじめることも増えてきた。面白いくらいに皆が言うことを聞くので便利なのだ。
 
ちなみに以前、このノリに憧れた男の子が降谷のマネをして「皆、俺も今度からやってもいい?」とやったところ、普通に無視されたし嫌われた。なので、やっぱりカリスマ性というのも大事なのである。余談ではあるが、この男の子は以前松田の真似をしようとして嫌われた子と同一人物だ。
 
「ヤバ…」
「かっこよ…」
「降谷さん…」
「マドンナさん…」
 
女子大生も男子学生も、目の前で起こった一連のくだりにウットリと目を細めた。
彼らはノリの存在を知らないので、純粋に降谷とマドンナちゃんがすごいのだと錯覚したのだ。
 
「…ハァ…本当にお前らは…」
 
鬼塚は、「僕ら、いい子にしてましたが何か?」という顔でお行儀よく自分を見上げる卒業生たちに深い深いため息を吐いた。
問題を起こす連中ばかりだったが、確かに優秀だった。
完璧な生徒よりも、少しアホな生徒の方が可愛いのだ。
「…寂しくなるな」と口に出す。式典の進行中に、台本にないことを喋るのも初めてだったのだ。
 
「鬼ちゃん…」
「お兄ちゃん…」
「俺はお兄ちゃんじゃない! …もういい。──第104期、卒業!」
 
呆れ混じりの鬼塚の声に、104期の面々は歓声を上げて立ち上がり、満面の笑顔で制帽を放り投げるのだった。
 
 
 
△▽
 
 
 
「もう卒業か…」
「あっという間だったな…案外」
 
式典も終わり。
卒業生たちは会場となっていた体育館の外で、苦楽を共にしてきたメンバーとダラダラ感慨に耽っていた。
チラホラ帰る連中もいるが、殆どの人間はまだ警察学校に残っている。
今日が同期で集まれる最後の日なので、皆名残惜しいのだ。
 
数日間の休日を経た後、全国各地に散らばって交番実習が始まる。
そこからは各々内定先に配属するのだ。
基本的には実習先の交番もしくは地域課に配属が決まっているが、例外もいる。
 
「萩原と松田は機動隊。降谷とマドンナちゃんは本庁か…」
 
しみじみといった表情で芹沢が呟いた。
 
現在内定先が地域以外なのは四人だけ。
萩原と松田は、訓練中に見学に来ていた機動隊からスカウトされた。
男女首席の二人は、特例で本庁勤めに内定していた。
今までの卒業生はほぼ全員が地域勤務に内定していたので、特例中の特例である。
104期は問題児だらけだが優秀なのだ。
 
「寂しすぎて脳やられそう…」
「ただでさえヤバいのに。大丈夫そ?」

頭を抱えて悶える芹沢に廣瀬が冷たく言った。
冷ややかな目を受けた芹沢はチラ…と上目遣いになまえを捉えてから、「ゥ…ダメかも。マドンナちゃん癒して」と弱々しく言った。

「芹沢くん、自分の名前分かる?」
「ウゥ…降谷零…」
「願望混ぜんな」
「芯を食うなよ松田」
「俺のことは分かってんじゃねえか」
「ダハハ」
 
松田は呆れ顔で「本庁勤めがそんなに羨ましいのかよ」と続けた。
 
「マドンナちゃんと一緒に居れるとか羨ましすぎる…」
「そっちかよ」
「ずるいよなァ…イケメンで成績優秀で、オマケにマドンナちゃんと同じ勤務地なんて…」
 
芹沢が恨めしそうに降谷を見る。
降谷は一同から少し離れたところで、降谷大好きっ子たちに囲まれてチヤホヤされていた。
 
「許せん…降谷…」
「まァまァ落ち着きなって芹沢ちゃん」
 
ギリ…と取り出したハンカチを咥える芹沢の肩に手を置いたのは萩原だった。
 
「オウ、終わったのかハギ」
「まーね
 
彼は今まで、顔を真っ赤にして「萩原くんちょっといいかな」と上目遣いをする女の子に連れらて校舎裏に行っていたのだ。
つまり彼は告白をされていた。
最後に自分の想いを伝えてしまいたいと思う女の子は意外に多く、諸伏も先ほどから姿が見えない。
 
それは松田も例外ではなく。
 
「…ねぇ、松田。ちょっと時間もらえる?」
「あ? …何だよ」

チョン、と制服の裾を摘まれて振り向くと、茶髪を肩まで伸ばした女の子が頬をピンク色に染めて立っていた。

彼女はキョーカちゃんという。
キョーカちゃんは、入学当時から松田にアタックをし続ける松田ガチ恋ちゃんのうちの一人だった。親が警察官というだけでイヤイヤ警察学校に入れられたかわいそうな女の子なのだが、入学式で松田を見た瞬間『アタシ警察官になる!』と掌をくるくる返した。松田に一目惚れしたのである。
入学してから半年間、彼女は松田の女友達として$U舞ってきた。事ある毎に松田に話しかけ、軽口を叩き合い、松田に思いを伝えては玉砕していくライバルたちを高みから見物していた。

『松田、あの子のことフッたんだって? もったいない…可愛かったのに』
『あ? 関係ねぇだろお前には』
『はいはい。そんなんじゃいつまで経ってもカノジョできないわよ? …全く』

時には仲のいい友人のように、時には理解者のように振る舞い、周りのライバルとは格段に違う£n位を築き上げてきた。
松田の好きな女のタイプを聞いたことはなかったが、かわゆくて女の子らしいタイプよりも、サバサバしている自分のようなタイプの方が絶対に好みだと思っていた。

だから、松田がなまえと一瞬噂になった時も、余裕の表情で構えていた。タイプじゃない子と噂になったの可哀想…という気すら起きていたのだ。
それどころか、松田と噂になったなまえのことを一気に嫌いになったし、松田ガチ恋仲間たちと共にマドンナちゃんの陰口を叩いていた。

『松田、あの噂否定しないの?』
『…別に』
『あーあ、松田カワイソ。確かにあの子可愛いけど、松田のタイプじゃないもんね? それにあの子って皆にいい顔してるから、アタシの周りの女子からの評判あんま良くないし…』
『うるせぇよお前さっきから』
『またそういうこと言う。…大丈夫だよ、他の子にはアタシが否定しといてあげたから』
『…勝手にしろ』

口下手な松田を思いやって、積極的に噂の火消しもやってあげた。
キョーカちゃんは頼れる女友達≠ニしての立ち位置を強固なものにしていったのだ。

そしていよいよ、この半年間の成果を出す時がきた。
いつものサバサバを腹の中に隠し、精一杯のかわゆい仕草で勝負をしかけたのだ。
おずおずと松田を上目遣い気味に見上げ、「ここじゃちょっと…場所移してもいい?」と恥ずかしそうに唇をモニモニと動かした。
いつもとは違う仕草を見た松田に「アレ、コイツってこんな可愛かったっけ」と思わせる作戦だった。
人間は誰しもギャップに弱いのだから。



「…で、何だよ話って」
「あ、…あの、あのね?」

「いいけどよ…」と首をさすった松田を連れてきた校舎裏。
キョーカちゃんはモジ…と前髪を弄りながら「その…アタシ…アタシね…」と恥ずかしそうに俯く。
今までキョーカちゃんが松田に見せたことのないいじらしい仕草だった。

キョーカちゃんは俯きながら、用意してきた完璧な告白のセリフを出すタイミングを見計らう。
きっと今、松田は「嘘だろ。コイツ、こんな可愛かったっけ…?」と戸惑っているハズ。
それから、「アレ、俺もしかしてコイツにドキドキしてる? イヤイヤコイツはただの女友達だっつの。…イヤでも…もしかして、俺、コイツのこと好きなのか?」と思われるまでタップリ待つ。そこからが勝負なのだから。

「あのよ…先にいいか?」
「な、なによ」

きた! キョーカちゃんは俯いたままニヤ…と微笑んで、それからおずおずと顔を上げた。
気まずそうに頬を掻いた松田がキョーカちゃんを見下ろしていて、作戦の成功を確信した。

──しかし。

「悪ィけど、俺好きなヤツいるから。もし告白だったら応えらんねぇわ」
「…ぇ、」

キョーカちゃんはマツエクたっぷりの瞼をパチパチ…と数回瞬かせた。
リップを二重に塗りこんだウルウルの唇をポカンと開けて、目の前に立つ男を見上げる。
男は、癖毛を気だるげに風に遊ばせながら、その整った顔を僅かに傾けて「ごめんな」と続けた。

「嘘…だってそんなの聞いてない」
「聞かれてなかったし…」
「だ、誰? 警察学校の人?」
「まぁ…そうだけどよ…」
「誰?」

尚も食い下がるキョーカちゃんに、松田はため息を一つ吐いてから。
ムスッとした顔で、

「みょうじなまえ」

と、想い人のフルネームを告げるのだった。

「…うそ………」
「嘘じゃねえよ」
「だって松田は、あの子のことタイプじゃないと思ってたから……」

松田から告げられた女は、同期の誰よりもかわゆい外見を持っていて、トップの成績で、マドンナちゃんと呼ばれる女の子。
呆然と立ち尽くすキョーカちゃんに、松田はもう一度「ごめんな」と告げてから。

「それと、俺は…嫌いなんだよ。俺の好きなヤツの悪口を言う、お前みたいなヤツ」

吐き捨てるようにそう言って、「じゃ、そういうことだから」とその場を後にした。

「嘘……」

キョーカちゃんの半年間の片想いは、ここで潰えたのだ。



△▽



「あれ、陣平ちゃん早かったね。もう終わったの?」
「オウ」

先程の場所に戻ると、ニヤニヤ笑いを隠そうともしない萩原が「罪深いねぇ、モテ男」と肩を組んできた。

「ベタベタ触んなって、気色悪ィ」
「またまたぁ …で? ちゃんとお灸据えれた?」

耳元でボソリと囁かれた其れに、松田はチベスナ顔で息を吐く。誰よりもモテる親友は何でもお見通しなのだ。

「…俺、時々お前のこと怖ぇんだけど」
「鋭くてごめーんね
「何の話だ?」
「降谷ちゃんは知らなくていい話だと思うよ」
「ゼロ、ポケットから手紙落ちたよ」
「ああ。ありがとうヒロ」

いつの間にか、沢山の女の子たちに囲まれていたはずの降谷も、ガチ恋ちゃんに呼び出されていた諸伏も戻ってきていた。
諸伏から拾ってもらった手紙は、先程名前も知らない女の子からもらったラブレターだった。もう廃れた文化だと思っていたがそうでもなかったらしい。
落ちたラブレターを再びポケットに仕舞う降谷を見て、「モテる男ってスゲェな…」と松田は思ったが、すんでのところで口に出すのは止めておいた。松田自身も死ぬほどモテているのでただの嫌味になるのだから。

「みんなで写真でも撮るか?」
「お、班長、ナタリーちゃんとラブラブ通話終わったの?」
「茶化すなって」

遠距離恋愛中のカノジョに卒業報告電話をしていた伊達も戻ってきた。
伊達の提案に「いいジャン!」と誰よりも先に賛同したのは廣瀬だった。この女も先程までカレシに『アタシ卒業できたんだけどヤバない? キャー! 早くピッピに会いたいニャン』とゲロ甘い電話をかけていたのだ。

「芹沢ちゃんとマドンナちゃんは?」
「そこにいるデショ…あれ、いない」

萩原の言葉に廣瀬は背後を指さして「アレ?」と首を傾げた。
先程まで、芹沢を筆頭とした協会メンバーがマドンナちゃんを囲んで大告白大会をしていたのだ。

『僕と付き合ってください!』
『イヤイヤ、このオレと…!』
『待てーい! 俺、簿記二級持ってます。お願いします!』
『簿記二級関係なくね? …オレ、船舶免許持ってます。快適な船旅をお届けします』
『船持ってねぇだろお前』
『ボク今日誕生日なんです! お願いします!』
『嘘つけお前先月誕プレ乞食してただろ』
『生まれた時からこの御心は貴女のためにあります。一生貴女の騎士として傍に居させてください』
『お前は厨二病卒業してから出直せ』

全員で口々にマドンナちゃんに愛を伝え、自分のセールスポイントを伝えた上で、『よろしくお願いしマァァス!』と某サマーウォーズの主人公並の声量で頭を下げたのだが。

『ご、ごめんなさい…』

ドン引きするマドンナちゃんに瞬殺されて『ですよね!』と盛大にズッコケる遊びをしていたのだ。

廣瀬の視線の先には、ツヤツヤの顔色をした芹沢や他の協会メンバーが「イヤー楽しかった」「お前の告白、中々良かったぜ」「へへ…よせやい照れるだろ」とヘラヘラ笑いながらお互いをつつきあっているだけ。

「芹沢、なまえは?」
「マドンナちゃんならソコに…アレ、いない」

先程までアホの集団の真ん中にいたはずの女は、忽然とその姿を消していた。

「あれ、あの子どこ行っちゃったんだろ…ちょっとアタシ探してくるわ」
「待て、廣瀬」

駆け出そうとした廣瀬の肩に手を置いたのは松田だった。

「俺に行かせてくれ」

廣瀬は、しばらく自分よりも頭一つ高い位置にある整った顔を眺めてから。

「頼んだわよ」

フッ…と頬を緩めて笑った。
それから、少しだけ泣きそうに顔を歪めて。

「あの子のこと、よろしくね」
「…ああ」

今ここにはいない、誰よりも大切な親友に想いを馳せるのだった。



△▽
 
 
 
 「…やっぱり、ここにいたか」

松田の予想通り、なまえはいつもの喫煙所で一人タバコをふかしていた。
物憂げな表情でボンヤリと白い煙を追いかけるその姿は、出会った当初を思い出させた。

「じ、…松田くん…」

声をかけられた女は、気まずそうに俯いてバニラの香りを吐き出した。

あの、伊達とのタイマンの時以来、なまえと松田は喋っていない。
頑なに松田を避けてきたのだ。
だから、この喫煙所に来るのは数週間ぶりだった。ずっと禁煙していたのだから。

それでも、「今日がここを訪れる最後の機会だ」というセンチメンタルな気持ちに導かれるがままに、なまえはこの喫煙所を訪れた。これが最後の思い出作りだとばかりに、久しぶりにシガレットに火を灯したのだ。
それに、ずっと避け続けてきた男が女の子に呼び出されている今がチャンスだと思ったから。

降谷に宣言した通り、なまえは松田への気持ちに蓋をしようとしていた。
その後、親友である廣瀬だけにはその気持ちを伝えたものの、なまえの中での結論は変わることはなく。

「卒業おめでとう。…それじゃ、私行くね」

まだ半分ほど残っているシガレットを携帯灰皿に押し込むと、その場を後にしようとした。

「…待てって」

その足はスグに止まることになる。
右腕を引っ張られたからだ。
振り向くと、真剣な顔をした松田と視線がかち合った。

「なに」

真っ直ぐ自分を射抜く、深い色の瞳から目が離せなくなった。
蓋をしたはずの秘めた想いが溢れ出してしまいそうになる。その想いが、目の前の男に伝わってしまいそうになる。
だから、早く視線を逸らしたいのに──。

「逃げんな」

目の前の男によって、全ての逃げ道は塞がれてしまったのだ。

「…もう、お前に伊達を諦めんな≠ニは言わねぇから」
 「それはもういいんだって…」
「最後まで聞けって。…お前に、伝えたいことがあるんだからよ」

松田はそこで言葉を切ると、一瞬目を瞑って大きく深呼吸をした。
脳裏に『漢見せろって』と笑う金髪が過ぎった。

──覚悟を、決める。

瞳を開いて、再び眼下の女に視線を合わせる。
女は、その美貌に戸惑いの色を浮かべながら自分を見上げていた。

かわいいな。素直にそう思った。

「…確かにお前、外ヅラだけは一丁前な癖に性格歪んでるし、意外に不器用だし、アホだし、ドジだし…」
「なに、喧嘩売ってんの?」
「…でも、目が離せねんだよ」

切なく歪む表情に、ツキリと心臓が傷んだ。

──やめて。期待させないで。

手を振りほどこうとするけれど、松田はそれを許さない。グ、とさらに力が加わって離してくれない。

「だから、逃げんな」
「逃げてない」
「逃げようとしてんだろ」
「してない」

いつもの口喧嘩がはじまって。
それでも、腕から伝わる松田の熱に、頬が熱くなっていく。
耳まで赤く染めながらコチラを睨む松田に、期待してしまう。
閉じていた蓋が、開いてしまう。

「…好きなんだよ、お前のこと」

吐き捨てるように告げられた其れに、なまえはポカンと口を開けた。

「アホ面」
「…うっさい」

憎まれ口にフン、と鼻を鳴らして。
それから、たった今松田から伝えられた気持ちを何度も何度も頭の中で反芻する。


──陣平が、私のことを好き。


「ふふ、」
「笑うなよ! …分かってんだよお前の返事なんか! 
悪かったな、好きになっちまって!」

顔を真っ赤に染めて怒りながら、松田が漸く手を離す。
しかしその手は逆に、目の前の女によって絡め取られてしまった。

「…な、んだよ」

形勢逆転。
先程まで自分の腕を掴んでいた男の左手を両手でギュ…と掴んだ女は、「…だから?」と続きを促した。

「だから、私にどうしてほしいの」
「イヤ…俺はただ、お前が好きだって伝えたかっただけで…」
「伝えるだけで、いいの?」

上目遣い気味に見上げてくる美貌に、「ウ…」と口篭る。
逆上せたように染まる頬が、少しだけ潤んだ瞳が、半開きになった唇が、松田を追い込んだ。

「だ、だからその…なんつーか…その、分かるだろ」
「ちゃんと言って」

真剣な、でもどこか嬉しそうな表情に、期待してしまう。
伝えるだけで良かったのに。
どんどん欲張りになってしまう。

「…お前が好きだ。…から、伊達のことは諦めて、俺と…その、付き合ってくれねぇか」

ごめんな。最後にそう締めくくると、松田は漸くそこで顔を逸らした。
ここまで言うつもりは無かったのに。何で言わされてんだよ…と眉を顰めた。

なまえは、そんな松田を目を細めて見つめる。

ぶっきらぼうで、態度はデカくて、口も悪くて。それでも、誰よりも優しい。
そんな彼を、心の底から愛しく思ったから。

「ね、陣平」
「…何だよ」
「私も」
「……は?」
「だから、私も好きだよ」
「は? はぁ!?」

大声で叫ぶ松田に、なまえは「うるさ…」と両耳を塞いだ。

「お前マジか…え、マジか」
「しつこい」
「いつから」
「いつでもいいでしょ」
「ェ、本気? マジで? 伊達じゃなくて?」
「だから何回もそう言ってたじゃん。伊達くんはもういいって」

怒ったように自分を見上げる綺麗な瞳がキラキラと輝いているから。
その綺麗な瞳に。何度も横で見ていた、好きな人を見る甘い色を灯しているのだから。

「マジか……ハァ……適わねーわ」

松田は思わずしゃがみこんで癖毛を掻き回した。


──たぶん一生、コイツには適わねーんだろうなァ。


そう心の中で呟いて、それもしょうがねぇよな…と思った。
だって、目の前の女はマドンナちゃん≠ニ呼ばれる程の美貌を持っているし、松田じゃ制御しきれないほど不器用で、でもそんな所も含めて可愛いと思ってしまうのだから。
 
「…ね、あとでみんなで写真撮ろうよ」
「だから呼びにきたんだけど」
「は? じゃあここでダラダラしてちゃダメじゃん。戻ろ」
「お前なぁ…」
 
グイグイ腕を引かれて「しょうがねえヤツ」とため息を吐いて立ち上がる。
 
「…なァ」
「なに?」
「好き」
 
自分の言葉に、耳まで真っ赤にする愛しい女に目を細めて。

「…目、瞑れって」
「や、やだ」
「じゃあこのままする」

グ、と高い背を丸めて。
何かを察知して身を固くする女に、掠めるだけのキスを落として。

っ! さ、さいあく!」
「ごちそーさん」
「はじめてだったのに!」
「そりゃ良かったな。…ほら、早く行くぞ」

 
未来に向かって一歩。大きく踏み出すのだ。










これにて一旦完結。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
12月11日のイベントに行きたくて本になりました。
今回も全年齢本です。

ここまでの内容の加筆修正版と、書き下ろし↓
・番外編(6-7話の間あたりの話)…水道を破裂させた幼い少年少女から憧れられる話(ハロ嫁過去if)
・番外編(6-7話の間あたりの話)…体育祭で他の学校の男の子から言い寄られるマドンナちゃんのセコムをするマドンナ協会員といつメンの話
・後日談…いつメンで卒業旅行に行く話
・後日談…付き合いはじめたマドンナちゃんと松田を生暖かく見守る警察学校組の話
・後日談…付き合いはじめたマドンナちゃんと松田のはじめてのお泊まり

などなどを詰め込んだ本になりました。

アタシはポンコツなのでこっちで告知するのすっかり忘れていて…イベントは終了しています。第一次通販も完売し、第二次通販(再販)も完売しました。ごめんなさい。
しかし、印刷所の大人の方が多めに刷ってくれたので、残数を12/29 19時に復活させようと思っています。
宜しければ是非。

BOOTH



【告知】
そして新シリーズはじめます。

>>警視庁のマドンナちゃんは猫被り<<

この『警察学校のマドンナちゃんは猫被り』のアフターストーリーになります。

ここから願望↓
・警視庁に入ってからのお話を書きたい
・救済したい
・ハロ嫁過去パロとか書きたい
・救済したい
・R18をそろそろ書きたい
・救済したい
↑願望終わり

まだまだマドンナちゃんは終わりません。なので一旦♀ョ結と書きました。
ホントは全部書き切りたかったんですけど入稿日に間に合わないので。苦渋の決断でした。〆切?何の話ですか?いい加減にしてください。


引き続きマドンナちゃんシリーズをよろしくお願いします!

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