「わるいが、明日まで帰らん」
「…また、出張か」
「あぁ、……すまんな」
「いや、いい」
穏やかな朝
べーコンエッグがほかほかと湯気を立てる。
ふわりとコーヒーの香りが漂いきつね色の食パンと合わさり食欲を掻き立てる。カーテンの外からは燦々と朝日が差し込みリビングを照らす。
今日は学期末。恋人と同棲する承太郎は明日からの休みに心踊らされていた。未だ何の仕事についているのかわからないDIO。美しく、優しい恋人だが仕事が忙しいらしくあまり帰ってこない。今日も承太郎は寂しい夜を過ごす、ことになっている。
「いってらっしゃい」
「いってくる」
少しぶっきらぼうにDIOを送り出し、承太郎は学校に向かった。
出会ったのは何処だったか、承太郎には年下の恋人がいる。もちろんDIOではない。一向に帰らずあまり会わない年上の恋人。彼は何処か承太郎を子供扱いする節がある。ワガママを言っても軽く諌め、夜だって迫っても躱されてしまう。恋人扱いされている気がしない。全く帰ってこず寂しさが日ごとに増して行く。ましてあの美貌だ、外に女がいてもおかしく無い。
そんな承太郎には一挙一動に反応する後輩が可愛く見えた。学生の身分ではせいぜいキスとデートが関の山だが浮気のスリルもまたスパイスの一つ。いともたやすく熱情は燃え上がった。今日も帰らないDIOをおいて夜まで彼と遊び倒し、帰路に着いたのは深夜だった。
「…ただいまーーーッツ?!」
「おかえり承太郎」
悠然と、悪夢の様な美貌に笑みを湛えDIOはいた
どこか普段と違う虎の様な、肉食獣じみた雰囲気。疑いようも無いほどの嗜虐心を眼差しに渦巻かせ承太郎を刺し貫く。別人と見紛う風体に嫌な汗が流れる。
「あ、あぁ、早かった、んだな…?」
「いや?そもそも出張などない」
「え…?」
クイ、と口角を吊り上げ侮蔑の視線を送る。
いっそ無関心なほど優しかった恋人の恐ろしい表情に思わず息が止まりそうになる。凍りついた様に玄関から動けない承太郎の足元にDIOは写真を放った。後輩と腕を組んで歩く承太郎、木陰でキスをする光景、ゲーセンデート、今日のものから数週間前のものまで、不貞の瞬間が捉えられている。
ツーっと背中を汗が伝った。
胃が冷える。血液が下がる音が聞こえるようだ。
「…ぁ、こ、これ、は……」
「ずいぶん楽しそうじゃあないか。ン?わたしがいない間に誑かしおって…仕置きがいるとは思わんか?」
「…そ、その…これは、ちがって」
「『違う』?何がだ。ほんのチョッピリわたしが甘い顔をしてやった途端ガキにすり寄って…あぁ、なるほど。こいつが本命か?」
「違うッツ!…その、寂しくて…」
見当違いな事を言うDIOに思わず声を荒らげる。承太郎はDIOを愛している。それは事実だ。この浮気はいわゆる気の迷い、あまりに完璧な恋人への不安から起こってしまった事故の様なものだ。
しかし気恥ずかしく言葉に出来ない承太郎に、いっそ慈悲深ささえ感じる微笑を浮かべDIOは言った。
「なるほど。喜べ承太郎。この休みいっぱいこのDIOが共にいてやろう。…嫌になるほど、だ。」
「…本当、か?」
温和ないつもの笑みにホッとする。
その声は骨まで溶けそうなほど甘い。この誤解が解けるなら承太郎は何でもする気だったのだ。優しいいつもの恋人が帰ってきた。
安堵する承太郎にDIOは残酷に告げる。
「あぁ、もちろんだとも。躾のなっていない獣を躾けるには時間がかかる」
「…へ?」
「うん?何だその顔は。つまり少しでも離れれば主人すら忘れてあっちこっちにシッポを振り歩くのだろう。理性の欠片もないじゃあないか。そんなモノを人間と呼べるか」
「、っ理性の欠片もないって、な」
「そうだろう?事実貴様は媚を売っているじゃあないか。もし人間だと言うのなら自分から罰をねだるくらいしたらどうだ。ン?」
「罰を、ねだる…」
DIOの醸し出す恐ろしい雰囲気に引きずり込まれる。『空気に飲まれる』とでも言うのか、衝撃に揺さぶられ不安定な承太郎はおうむ返しに呟く。
「あぁそうだ。このDIOの足元に侍り許しを請え。不貞の罪を雪ぐために罰をねだり屈従しろ。そうでなきゃあ出て行け。ここはわたしの家で動物園じゃあない」
「…そうすれば、許してくれる、のか」
「貴様の態度次第だな。どうする承太郎」
「おれに、罰をくれ」
「目線が高いな、それにずいぶん偉そうじゃあないか。そんな立場か?うん?」
「…っ、おれに、罰をくださいっ」
「いいだろう。まずは手からだな」
別れたくない。
その一心でぺたりと床に座りDIOを仰ぎ見る。
異様な空間の支配者は承太郎を見て椅子から立ち上がり横にあった鞄を開いた。
「『手』というものは第二の脳と言われている場所だ。人は手先のコントロールに脳の多くの領域を使い指先からの情報を多用する。この一夏、その手を封じる」
朗々と語りながら取り出したのは革製らしい球体だ。よく見るとベルトで固定する部分がありその反対からジッパーが走っているのが見える。上部はボクサーのグローブをまん丸く、なめらかにした様なものだ。グローブにしては物々しい拘束具がついてはいるが。
「承太郎、拳を握って前に出せ」
「こう、か…?」
「あぁ、じっとしていろ」
引き手がジジジジーーッツと音を立て球を割る。
中はクッションが詰められていて刺激を遮る構造になっている。その中に承太郎の握りこぶしを置き、再度ジッパーを閉じる。これで片手が完全に使えなくなった。中で動かそうともクッションに圧迫され指の一つも動かない。
「もう片方もだ」
「ん…」
承太郎の目の前で手が球体に呑まれていく。
試しに床を叩いてみたが薄っすら振動が中に伝わるだけ。手首から先の刺激が一切無くなった。何処か夢見心地でふわふわしている承太郎をよそにDIOは立ち上がる。床に這ったまま承太郎はその姿を見上げた。
「外出しないからと言って仕事が無くなった訳じゃあない。書斎に積んだ書類を片付ける。何かあったら呼びに来い。承太郎、いい子にしているんだ。いいな?」
「…あぁ」
そう言うとドアノブを引き出て行ってしまった。
優しかった恋人の豹変、手の拘束。どれもこれも現実味が無い。画面の向こうを見る様な気分で承太郎はいつまでも床に座り混んでいた。
「でぃっ、DIOッ!きてっ来てくれッツ!!」
どれほど経ったか、雨戸まで閉め切った部屋では時間など分からない。いつの間にか外されていた室内時計の形に壁紙が焼けている。冷房の効いた部屋の中承太郎は必死で今扉を殴っていた。
トイレに行きたい。
急な尿意に気づいたのは少し前の事だ。
この部屋には扉が一つしかなく、一般的なドアノブで、しかも引き戸だ。その事に気付いた時承太郎は青ざめた。リビングにトイレなど無く、あったとしてもこの手では下着を下すこともできない。キリキリと増す尿意に太ももを交差させながらDIOに気付いてもらおうと必死に音を立てる。
白い清潔感あふれる扉は承太郎を阻み手の拘束具はノブをつかませる事すら許さない。
「ッツ…DIOっ、気づけよっはやく…はやくっ」
じんわりとパンツに滲んだシミはもう限界だと伝えていた。ほんの少し漏れた尿は濁流となって尿管に押し寄せる。必死で膀胱の収縮に耐える。排雪を促そうと承太郎の身体が満タンの膀胱をぎゅううと縮小させ尿意の波を引き起こす。その度に尿道に力を込め締め上げるがもう限界だった。
「…ぁ、ぁああああっ、…んっ、ぁ…あぁ」
何度目かの波の時、とうとう結界した。
ドアの前で膨大な排尿の悦楽に呑まれる。生暖かい液体が内股を伝う。ずっと溜め込んだ尿はなかなか終わらず甘い快感を承太郎に送る。
絶望、羞恥、恐怖、悔恨が承太郎に走る
高校生にもなってお漏らししてしまった。気が抜け座り込んだ床からの温度が生々しい。この場から逃げだしたいほどの羞恥が襲う。こんな拘束具さえなければ、そう思ったところでDIOの言いつけが頭を駆け巡った。『いい子にしていろ』お漏らしはいい子のする事じゃあない。あの骨まで喰らい尽くされる様な恐怖と絶望が縛り付けた。ボロボロと涙が落ちる。承太郎は何もできずただDIOを待っていた。
一向に来ない。
いくら待ってもDIOの足音すら聞こえない。
ぐっしょり濡れたショーツとスカートが張り付きえもいえぬ不快感を承太郎に送る。立ち上るアンモニア臭。ドアの前で座り込んだ承太郎は恐ろしい疑問を抱いていた。DIOはおれを一体いつまで放っておくんだ?確かにここには仕組んだように缶詰めもペットボトルの水もある。しかし用すら足せないこの手でどうしろと言うんだ。
飢え、渇きが承太郎を苦しめる。
なんとか出来ないかとペットボトルのキャップにかじりつくも球体が邪魔をして固定できず転がるだけに終わり、缶詰めはそもそもプルタブを引っ掛ける事すらできない。何もできない。承太郎は無力だった。悪臭の中徐々に憔悴していく体。そして最も恐れていた事が起きた。
便意である。
体を丸め必死で耐えるもグルグルと鳴る腹は止まってくれない。尿で濡れ、冷房で冷えきった腹は下したのか途方も無い痛みを発する。DIOはどうして来てくれないんだ。まさか忘れた訳ではあるまいし。救世主を待ち望むも非情な体は言うことを聞いてくれない。飢えも渇きも耐えれるが出す事はどうにもならない。
「…ぅ、ぅうう、…でぃ、お……」
何もできない、自分の体すら制御できない承太郎には呻き、泣き叫び、優しい恋人の慈悲を待つだけ。自分の尿に浸りながら必死に祈った。枯れたと思った涙が水かさを増やす。体をかきいだき荒くなる息で腹痛を抑える。
そして
「ッツ!ぁ、や、やだやだ嫌だッ…ひっぅ、うううううううっ、う、ぁあっ……ひっぐ、ぅう…」
ぐじゃり、と水っぽい音が響く。
辺りに漂う悪臭が濃くなる。今朝方まで平穏の象徴であった部屋が汚臭と非日常に侵されていく。承太郎の抵抗も虚しく不愉快極まる温もりが尻たぶに広がった。変形し前部を突っ張るショーツが粗相を突きつける。承太郎は屈辱と不快感に滂沱の涙を流した。
「汚いな」
「…ぁ、ぅ、でぃ、お……?」
時間の知る術のない部屋の外で三度日が沈んだ夜
ようやく帰ってきた主人を泣きはらした目で見つめる。これっぽっちも水を飲んでいないせいで舌がうまく回らない。空腹で見た幻覚かとすら思えた。この地獄から救ってくれる、唯一承太郎を救える人。なんの刺激もよこさない使えぬ手を伸ばす。
「でぃお…でぃおっ、」
「汚い手で触るんじゃあないッツ」
「うぎゅっ?!」
優しいはずの恋人はその痩躯を蹴り飛ばした。
勢いのまま転がったせいで床に糞が撒き散らされる。同時に触れない様にと腰を上げていた承太郎の臀部が粗相まみれになる。冷えきった糞が女陰を超えて鼠径部まで張り付く。不快感よりも承太郎にとってDIOに蹴られた事がショックだった。
まるで自分の知っているDIOと別人だ。見限られた様に感じ心の柔なところがズタズタになる。汚いからダメなのか、排泄物で、男の手垢で汚れているからか。どちらにせよ憔悴しプライドに亀裂の入った承太郎にとってこれが止めになった。
「…ぉ、ぃお…ごめんなさ、ごめんなさっ」
うわ言の様に力の入らない手足で這い、額を汚れた床に擦り付け謝罪する。これしかない。承太郎が救われるには、DIOに許してもらうしかないのだ。
「『何が』だ。貴様は一体何に謝っている?恋人がいながら男に媚びた事か、それとも17にもなってションベン撒き散らした事か、いい子にしてろと言ったのに飯も食わず糞をひりだしていた事か?ン?言ってみろよ、ホラ」
グリグリと足で承太郎を尿に沈めながら責め立てる。美しい黒髪が濡れる。頭に感じるDIOの体温にどこか安堵しながら承太郎は喉を震わせる。
「…んぶ、ぜんぶだ。おれがわるかった、です」
「全く、一人じゃあなんにもできないのだなァ。仕方ない、これも恋人の仕事だ。世話をしてやろう。嬉しいか、ン?」
一転、とろける様な声色が降ってきた。
優しく、付き合い始めの頃を思い出させる甘い声。そっと、承太郎を包み込み赦す慈悲深いことば。DIOは嗜虐に渦巻き嘲笑に釣り上がる顔を気取らせる事なく唇に乗せた。
手が使えないとう言うだけで食事も排泄もできず、無力に転がるだけだった承太郎の精神は悪臭と飢餓、渇水に弱っていた。唯一の支えだった恋人からの愛すら取り上げられ踏み躙られる。その後に与えられた蜜。飢えた心が縋り付くには十分過ぎた。
「ぁあ…うれしい。でぃお…でぃおっ」
「承太郎よ、このDIOがおまえを躾直してやろう。ちゃあんと言うことを聞くんだ。いいな?いい子になったら許してやろう」
「…いいこに、なった、ら……」
いい子になれば許してくれる。ひび割れた心に甘やかなテノールが染み着く。朦朧とする意識で助かる術を脳裏に焼き付け刻み込む。徐々に薄れ行く意識の中抱きかかえたDIOの体温だけが優しかった。
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