■1.お残しは許しません

スタンドが使えない空間。
目を覚ますと後ろ手に拘束されていた承太郎は長い食卓のお誕生日席に座っていた。端から端まで実に美味しそうな料理が並んでいる。部屋の壁はぐるりと鏡ばりになっていた。


「おはよう!お腹減ってるよね?いっぱい食べてね」


振り向くと少女がいた。
そして思い出した。花京院と登校中に襲われた事、それがこの少女であったことを。威嚇するように睨みつける。目の目のこいつが犯人であることは間違いない。少女はその視線を物ともせず微笑むと、一口掬って差し出した


「ごめんごめん、これじゃ食べれないね。はいあーん」
「てめぇ…いったい何が目的だ」
「別に?そんな事より食べてよ。花京院に会いたくないの?」


そうだ、一緒にいたあいつは、背後から殴られ昏倒していた花京院はどこだ。承太郎がスプーンを咥えるのを待っている少女に問い詰める。答えはこいつが知っているだろう。


「あいつをどうした」
「全部食べたら会えるよ」


答えになっていない。
それからいくつか質問をしたが食事を食べろ、そしたら解放するの一点張り。これ以上情報は聞き出せそうにない。毒か、それとももっと悪いものか。食事の詳細も聞けぬまま諦めて口をひらいた。スタンドも使えずろくに抵抗もできないならば隙を伺う他ない。虎穴に入らずんば虎子を得ず。多少のリスクはあれど目の前の料理を飲み込むしかなかった。





「…う、っぷ、もう限界、だぜ…」
「花京院に会いたくないの?今日の分はあとちょっとだよ。ほら一口!」

腹八分目どころか食道まで飯が詰まってる。
ずらりと大皿に並んだ料理は確かに絶品だった。それなりの店では手も足も出ないくらいには。しかし量が問題だ。明らかに1人で食べる量でないし一度に食べる量でもない。

差し出された青椒肉絲に胃液がこみ上げる。
実に美味しそうな匂いを漂わせ湯気を上げスプーンの上に鎮座していた。


「……もう、入らねぇよ…」
「……へぇ、食べ物を粗末にするの?」


にこやかに笑っていた少女の目が冷たくなる。
冷ややかに見据え、スプーンの切っ先を突きつける。天井の蛍光灯を反射した光は銃口のような圧迫感を承太郎に与えた。


「食べ物は粗末にしちゃダメだよ。そんな悪いひとはみんなに迷惑だからここから出して上げられないね。花京院もかわいそう。承太郎の所為でここで一生を終えるなんてね」

「っな、あいつは関係ねぇだろ!」


声を張った所為で腹筋が動き吐き気が込み上げる。
口内に満ちた胃酸の味に思わず眉根が寄る。必死で嘔吐を耐える承太郎に少女は言った。


「関係無くなんてないよ。お友達なんでしょ?そんな事言うの酷いとおもう。早く食べて」


もはや説得は無意味だろう。
こいつは頭がおかしい。攫ってきたかと思えば無理矢理食事を詰め込み、満足気に笑う。一体何が目的なのかさっぱりだった。意味不明な行動、動機、常人の理解し得るものではない。


「……ぅ、ぐっ…あむっ、…ん"…」


飲み込めない。
口に含んだだけでは食べた事にならないのに喉奥に詰め込むことができない。噛んでペースト状にしたものがいつまでも口内を占拠している。少女が見ている。吐くこともできない。少しでも胃が大きくなるように背中をそらし無理やり飲み込んだ


「…っは、ぅ、腹がいてぇ…」

「そう、じゃあ今日の分はここまででいいよ。初日だもんね、サービスしてあげる」


初日、だと…いったい何時まで続くんだ
これからを匂わせたセリフに愕然とする。くちくなり、今にも破裂しそうな腹が鈍く痛む。ほぅ、と吐いた息が重い。結局椅子の背に縛り付けられたままこの日は終わった。







「……う、ぅう"っ、マジで無理だぜ…これ以上は…」

「昨日より胃が大きくなってるはずだから平気」


何度繰り返しただろう。
おそらく日に一回のペースで少女はやってきていた。この空間そのものが彼女のスタンドなのかどこからともなく現れては、給餌用のカートに大量の皿を乗せてくる。ぐるりと鏡張りの壁は承太郎と食卓だけを写す。ひたすら目に入るのは自分と嫌悪すら抱き始めた食事の象徴たる食卓だけ。ドアや窓ひとつない異常な空間はそれだけで気が滅入る。一体いつ日が昇ったか沈んだか、時計もない部屋では少女の来訪だけが体内時計を保つ手がかりだった。

今日も食事の時間だ。
額に汗が滲む。体の許容量を遥かに超えた食事に消化器官が悲鳴をあげていた。それでも機械的に差し出されるスプーンは止まってくれない


「ほら、あーん」

「……ぁ、ぐ」


言われるまま頬張った口内、何か硬いものが当たる

(…何だ?)

舌先で触った。
つるりとした表面、骨の類いではない。口にしたのはデミグラスソースのたっぷりかかったハンバーグだ。軽く噛んでみる。しなやかに曲がった。金属でもない。口全体を使って形を探る。細長く丸みを帯びている。その先端、わずかに火の通っていない肉の、血の味がした。……まさか、


「……おい、これ、何の肉だ」

「花京院のだけど」


あっさりと告げられた真実に息が止まる。
花京院の、肉。食卓を見た。記憶を探った。どの時も、どの皿にも、肉が入っている。肉、肉が


「ッッッッッ!、っぉ、ェっ、っげ、ェエエエっ、ぅ、っぷ、っけほッ、」

脳が認識した途端胃液が逆流した。
喉が焼ける。散々たらふく喰わされた料理が床にぶちまけられる。服が、机が吐瀉物塗れになる。多大な量の反吐が溢れ、床に垂れた


「食べ物、粗末にしちゃあダメじゃない」

「…っぉエッツ、っゲホッ、ぅ、けほっ、た、たべもんなんか、じゃあ、ねぇっ!てめぇ、花京院をどうしやがった!!」

怒りに吠える。
口の端から垂れたよだれ混じりのゲロが不快だ。ツンと鼻の粘膜が痛む。お世辞にもいいとは言いがたいにおいが充満した


「言ったじゃない、全部食べたら会えるって。大丈夫、鮮度は大事だもの。生きてるよ」

「でも、全部食べなかった上に吐いちゃう様な人には会わせてあげない。食べ物を無駄にする承太郎にはちゃんとしたご飯なんて勿体無いもんね」


ギロリと愛らしい悪鬼を睨みつける。
なんでもない事のように最悪の情報を口にした少女は首から上以外動かせない承太郎の背後に回った。後頭部に衝撃が走る。意識が暗転する。最後に目にしたのはぐにょり、と壁が歪みその先へ進もうとする少女の背中だった。














「………ぅ、ここ、は…?」


目を開けると箱の中。
暗く、両足を抱えた状態で拘束されみっちりと詰まっている。身動きしようにも動く隙間がない。圧迫された腹が苦しい。身ぐるみを剥がされたのか全裸だった。薄暗い箱、プラスチック製なのかツルツルしている。ほんの一筋の光、僅かな光源を見上げた。三角の屋根、その側面両方に切れ目が入っている。しばらくするとその屋根自体が持ち上がり少女が承太郎を見下ろした。


「…おい、これは、」


無表情。

先ほどまでの穏やかな顔から情動を削ぎ落としたかのような『無』思わず一瞬言葉が詰まる。それを逃さないというように片手に持っていた袋を目の前の穴、承太郎が入れられた箱の中にひっくり返した。


「っな、ヒィッ!てめ、やめろっ!出せ!!う、ぅう…クソッ気持ち悪りぃ…!」


ぬるり、とした感覚が皮膚を這う。
注がれたそれは頬に、肩に、腕と足の間、股間にのたくる。ヌラヌラとしたみみずが承太郎の体表で蠢いた。その不快感たるや尋常ではない。うぞうぞと体の上で尺取り動き、無数の細い舌で舐められているよう。自らの肉体を虫けらが、おぞましい触手のような生き物が這う感覚に暴れる。もんどり打とうとも暴れようとも大した動きはできず箱がわずかに揺れただけに終わる。むしろ動いたせいで肩のミミズが落ち、一層過敏な臀部に、向きだしの股座に集まった。

生理的な不快感に顔を歪め必死に体を揺する承太郎の上に更に土塊が降ってくる。


「っうっ、けほッ、ん、糞ッ…」


降り注ぐ土煙。
呼吸がしにくいのかげほげほと咳き込む音がする。首を振り、頭にかかった分を振り落とすも次々くべられる土は一向に終わる気配が無い。このまま、このまま生き埋めにされて死ぬのか。そんな明確な死の予感が承太郎に忍び寄る。口に含まないように一文字に引き結び、土煙を吸い込まないように耐える。土はちょうど承太郎の首まで埋めて終わった


「…これはどういうつもりだ」

「コンポスト、って知ってる?ゴミ勿体無いし、食べ物を粗末にするような悪い人には十分だよね」


淡々と無感情に告げると本命を少女は投入した。
キャベツの茎、魚のはらわた、ごぼうの皮、腐りかけの肉。最悪と言っても過言でないほどの腐臭。承太郎の顔が生ゴミの山に埋まる。反論に開けた口も閉じざるを得ないような惨状。




これから時間にして3カ月、承太郎がこの箱から出ることはなかった

mae ato

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