以前の話


はあはあと息を荒げながら手塚は走った。いつも部活で校周100など走っている時の余裕もない。ただ全力で、曇るメガネも気にせず後ろから追ってくる異形の塊から逃げていた。



丸い芋虫のような異形の塊にあったのは不二たちと分かれてからだった。最初はなぜかずっとそれと見つめ合い(多分10分ほど)そういえば今日は祖父から買い出しを頼まれていたのだと思い出しそれを避けるように横を通ろうとした。シュルシュルと足に何か絡まりおもっきし顔面を打った。痛い、痛いと思いながら足首を見ると気持ちの悪い触手のようなツタが足に絡まっていた。塊がギョロンと動き、顔が見えた。血走った目が見え塊から顔が出てくる。甲高い声が変な言葉で笑い出し手塚は咄嗟にラケットでツタを殴った。もしここに普段の手塚を知ってる者がいたならこう言うだろう

「ラケットは殴るためにあるものじゃねえだろ!!」

そんなのことこの状況でそんなこと関係あるか!と思いながら手塚は走り出した。それと同時に周りから同じような塊が現れる。手塚の頭の中には絶叫の言葉しか出てこなかった。
高い声が響く。うるさいうるさい。高い声は何を言ってるのかわからない。裏路地に周り息を潜める。ここにいれば誰にも見つからないだろう。誰にも見つからず邪魔されず、今の状況を打破できる対策を考えられる、そう思って一息ついた。


「一体あれは、なんなんだ」


つぶやいた言葉を拾ったものはいなかった。






「あいつは、青学の手塚?」

「そうだな」

「眼鏡男子・・・」


意外と顔がいいとか、あらやだ全力で走ってるわね。とか喋ってる動物の形をした式達にそばで狐の面を被っていた少年は何をしとる!と怒鳴った。少年の肩に乗っていた小さな白い物の怪がため息を吐いた。

「林、山は餓鬼たちを頼む。火はあの男を。」

「「「了解」」」

林、山、火と呼ばれた式たちは一瞬で姿を消しその場に残された少年と物の怪はビルから下をみた。手塚の走ったあとはまるで日本屋敷のように麩が出現し、周りからはたくさんの妖たちがわらわらと餌を求めるように出てきていた。
少年はそれを見下ろしながら手で何かを組み呟く。少年の周りに氷の矢の塊が出現し少年は腕を上げた。

「いけ」

振り下ろされた腕を合図に氷の矢の塊が妖怪たちを貫いた。





「ほら、しっかり捕まってて!」

喋る不思議な狼の背に乗りながら手塚は体を縮こめた。 後ろから追いかけてくる塊を見て狼は口笛を吹く。風を切り走る狼はなぜかとても楽しそうに見えた。強く捕まりながら前を見るとカサカサと何かがこっちに向かってくる。

「ご、ゴキブリ!?」

「おーそりゃあ気持ちわるいな」

大きすぎるがなあと笑う狼が止まる。カサカサと向かってきていた何かはがたりと立ち上がる。顔だけ女の人間、あとは、ムカデ。手塚は絶句しながら狼の毛を強く掴んだ。

「なんだ、妖怪の出来損ないがいい男を見つけて食おうとしてたのかい?」

狼の言葉にムカデの体を持った女はケタケタと笑った。周りから紫のけむりが見える。



「わラわノ、えサ、共二、繭二入ロうゾ」



カタコトでもわかる言葉で女は言う。狼は嫌だねと笑うと周りから火の輪を放った。女が火で怯んだ隙を見て狼はその横を通り過ぎた。オノレと何人かの人間の声が混じった叫び声が聞こえ、後ろから追いかけてくるのがわかる。

「あーしつこいな繭の妖怪わ。」

「繭・・・?」

「ありゃあどうせ交わりにムカデを入れ込んで失敗したパターンだな」

「まじわ!?」

この狼は一体何を言ってるのだろうか。いろいろ問い詰めたいと思い声を出そうとすると急に目の前が暗くなる。

「あ・・・?」

「瘴気を吸いすぎたな。まあ大丈夫、私が全部吸い取っとくから。今はゆっくりおやすみ」

途中狼の声が幼馴染の声に聞こえ、目を開くが、手塚はすぐに意識を失った。




「おい、餌はこっちだ」

繭の妖はブリッチをし、声のした方を見る。そこには狐の面を被り黒い布に身を包んだ少年とそれを守るように両側に立つ二人の男が立っていた。
少年は剣を強く握り直し繭の妖怪に先端を向けた。

「病を治すため、関係のない人間を巻き込み、人の言葉さえわからなくなった哀れなあやかしよ。苦しまずに逝くがいい」

札を指と指の間にはさみ投げつける。札のなかからは数本の縄が出現し、縄は繭の妖を束縛する。

「・・・案外、あっさり捕まったな」


深い紅の髪の青年言葉に腰の辺りで一つに括った鳶色の長い髪の青年は油断するなと呟く。狐の面の少年も先程まで張り詰めていた力を抜いて面を外した。

「繭の妖怪・・・」

「九度葛篭に入れば、病が治ると信じた人間の哀れな末路だ。一度生命とともに桑の木もろとも焼き尽くしたのにまだ残っていたとはな」

深い紅の髪の青年、騰蛇は手をぽきりと鳴らした。よっぽど嫌な思い出があるのか顔がこの世のものとは思えないほどの形相となっている。腰の辺りで一つに括った鳶色の長い髪の青年、六合はもう一度ため息を吐き騰蛇の頭を叩いた。ふたりの主の少年、真田はそんな二人のやりとりにクスリと笑う。

「さて、さっさと封印してやれ」

「ああ、わかった」

騰蛇の言葉に真田は頷き小さな印を組む。ぼそぼそと何かをつぶやき小さな剣を取り出した。少年は剣を両手で掴む。

「静かに眠れ。」

そのセリフとともに剣を振り下ろした。

「あ、まて弦一郎!!」

騰蛇の声に真田は止まる、それと同時に繭の妖を縛っていた縄が外れ、真田は目を丸くし、騰蛇と六合が咄嗟に妖怪と主を引き剥がす。妖怪はケタケタと笑い始め三人に繭の糸を伸ばした。
騰蛇と六合はそれを切り、妖怪を見つめた。

「私、病、九度、ナオ、る」

そう言った。九度入れば、病は治ると。あの人が。そう妖怪が言ってるように聞こえ真田は顔を青くした。六合は主の耳を塞ぎ繭の糸から主を引き剥がした。

「六合っ!」

「弦一郎、言え。」

命令をと叫ぶ騰蛇に真田は六合に捕まりながら声を出した。


「我が名において、命ずる。地獄の業火で、罪深きあやかしを、滅せよ」

周りは火の海に囲まれた。




手塚が目を覚ますとそこにはいるはずがない幼馴染が俺を見ていた。

「さ、なだ?」

「やっと目覚めたか。少し待っておれ」

おばさん、国光くんが起きましたと母に伝える真田に手塚は痛む頭を抑えながら体を起こした。自分は一体どうしてここにいるんだろうと考えた。
そういえば、そうだ。確か変な塊に襲われてそしたら喋る狼に助けられて・・・

手塚はああああと声を上げた。そばにいた真田がびくりと体を震わせた。

「・・・どうしたんだ?」

「おれ、おそわれっ!」

珍しく戸惑い、あわあわし始める手塚に真田は驚いたように目を丸めた。そしてゲラゲラと笑い始めた。あはははと目尻に涙を浮かべながら腹を抱える真田に今度は手塚が目を丸くした。

「襲われてたって、お前俺と会った時にいきなり転けて電柱にぶつかったんだろう」

あーおかしいと笑う真田にそういえばそうだった気がすると手塚は頭を抑えながら俯いた。真田は手塚が一生懸命変に悩んでるのがおかしすぎてずっと笑っていた。

「そういえばお前なんで東京に?」

「あー?ああ、ラケットのグリップテープが切れたから本店まで買いに来たんだ。ここのテープの方が俺には向いとるからな」

笑いをこらえながらそういう真田にああ、と手塚は納得した。真田のテニス用品は全て東京の本店で売ってるもので揃えてある。そちらの方が安心して使えるとかなんとか言っていたなと思い出しながら「くにちゃん!」と息子の部屋に慌ただしく入ってきた母を眺めた。母のくにちゃん呼びに真田はまた笑っていた。

「じゃあ、国光くんも起きたので俺はお暇させていただきます。」

ぺこりと頭を下げ真田は手塚の部屋から出ていこうとした。その際何かを思い出したように立ち止まり真田は今まで見たことのないような笑みで手塚を見て、小さく口笛を吹いた。

「明日は、練習しないことをおすすめするよ。瘴気は、いつどこでまた再発するかわからないからね」

そう言い残して真田は出ていく。母は一瞬ポカンと呆けた顔をするが、すぐに見送りしなきゃと真田の後を追いかけていった。パタリとドアが閉まる音がする。そのまままた母が自分の部屋まで帰ってくる。おかしいわねーと言いながら帰ってきた母に何がと疑問を投げた。

「弦一郎くん、手ぶらで帰るのかしら?お金とか何も持ってない感じだったけど」

その言葉を聞いて手塚は固まった。そういえば、真田は先週テープが切れてとかで東京に来ている。切れたとしてもあいつのことだ。予備は買っているはずだ。それにさっきのセリフ。

『明日は、練習しないことをおすすめするよ。瘴気は、いつどこでまた再発するかわからないからね』

俺は、襲われた。あのわけのわからない塊に。ムカデの形をした妖怪にも。じゃあ、あれは誰だ?真田の形をした、なにかなのか?わけがわからなくなって手塚はもう一度布団の中に戻った。




「あれでよかったですか主?」

狼は少年の側によりそう聞いた。少年はああ、と呟いて狼の頭を撫ぜる。

「お勤め、ご苦労様。今日はゆっくり休め」

そう言うと狼はニッコリと微笑み姿を消した。二人の青年が少年の側による。

「弦一郎、帰るぞ」

「・・・今日の晩御飯は弦一郎が好きななめこの味噌汁と、生姜焼きにしようか」

二人の青年にそう言われ少年はうんと頷いた。二人の青年は少年の腕を取り三人一緒に消えてしまった。



これは、少年真田弦一郎が冥官として働く前のお話である。


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