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姫様が10歳になられたと聞いた。聞いただけ。最近は他の誰かが姫様のお相手をしてやっているようだ

それに少々寂しく感じながらも、まあ姫様も他の人間とは上手くやってるだろうと最後の城内の見回りをしていたとき。誰かが廊下を走ってくるのが見えた。子供・・・・だろうか。見たことのある姿のような気がして、背中をひんやりとした冷や汗が伝った。

思わず立ち止まってこちらへ走ってくる姿を凝視すれば、それは間違いなく、数ヶ月前に遊んだっきりだった姫様だった。城内で会うことすらずっとなかったから、懐かしくて久しぶりでしょうがなかったのだが、問題は何故か姫様が俺に向かって走ってきていることである

おかしいな。部屋から出られるなんて、何かあったのだろうか?

身長が少し伸びて顔立ちも少し変わり始めていた姫様に、お久しぶりですねと声をかける暇もなく飛びつかれた。ぎょっとして周りを見渡す。まさかこんな場面を見られては打ち首もいいところだ

急いで姫様を一度ぎゅっと抱きしめ返して引き離すと、姫様は両手に握りこぶしをつくって言った


「何故来ないのです!」


それは、姫様のもとに、ということだろうか

そうは言われても他の者が姫様の相手を任されている今、姫様と関われる機会などジオにはなかった。そう易々とお近づきになれる人でもないのだ姫様は。なのに姫様はわざわざ俺のところまで走ってきてくださっていた

嬉しいやら複雑やら。ここまで執着されるとは思わなかった、というのが実の本音ではある

しかし姫様はまた必死に喋りかける


「さいきんはガノンドロフという男が来ているんです。どうして!」

「あの、姫様。俺も出来れば姫様のお顔は見たかったし遊びもしたかったのですが・・・・・」


ガノンドロフ。最近城内では人気の男だ。腕もよければ信頼を寄せられている、ゲルド族の首領。俺は一度だって目にしたことがないが、話を聞く限りどうも不気味に思うことばかりの存在である

だってあの、盗賊のゲルド族の首領だぞ。なんでこんなところにいるんだとまず思う。そして王は何故ガノンドロフを信頼しているのかもよくわからない。まるでそいつの周りにいる仲間全員が催眠術にでもかかってしまったかのような感覚に、ジオは顔を顰めずにはいられなかった。そんなに信頼を寄せて一人の男の強さに酔いしれてどうする。俺に男を崇拝する趣味はない。

だが王が認めておられるのだ。こればっかりは俺は口出しも出来ない。ガノンドロフのほうが姫様を安心して任せられると王が思ったからこそ、姫様にはガノンドロフがついているのだろう。

だったら、俺がそこに入る隙などないのだ


「王の命令です故、俺はもう姫様のところへは行けないのです」


姫様が、途端に、泣き叫んだ

つい驚いて目を見開いた俺にしがみつく姫様は、叫んだ。俺が教えたとおりに子供らしく泣き叫んだ。嫌だと言った。離れたくないとしがみついた。けれども俺は、困るばかりで何もしてやれない

最初の頃に比べて随分とまぁ表情豊かになった姫様に、俺は優しく笑いかけた。そして汚い剣しか握ることのしない手で姫様の涙を拭う。姫様の目元を指が掠れば、代わりにまた一粒涙が指を濡らした


「すみません姫様・・・・・・・・ごめんなさい」

「どうして、どうしてわたしは・・・・・っ!また、花冠だってつくるって、約束したじゃないですか!」

「すみません、でした」


出来ない約束事をしてしまうのがこの俺であり、そういった駄目な人間であるのがこの俺なのです。バカで愚か者の俺にしがみつくのはやめてください姫様


「でも、ありがとうございます姫様。姫様と遊ぶのはとっても楽しかった・・・・俺、姫様が国を治めるようになって、成長してもずっと、ハイラルの兵士のままでいますから」


ご安心ください姫様。俺はあなたのお部屋へ出向けずとも、城の中にはいます。どうしても何かあったときは俺を探してくれると嬉しいです。なんなら呼び出しでもしてください


姫様は頷かなかった。代わりに頬に当てられている俺の手を両手で包み込んで、首を左右に振った。

なんて綺麗な子供だろうと思う。ジオは金の睫毛を濡らす涙を最後に拭って、姫様の額にキスをした。約束しましょう。私はあなたに忠誠を常に誓っています。呼べばどこへでも行きましょう。だから泣かないでください

貴方は未来ある子供。俺が苦労してでも笑ってくださるのであれば、それはとても光栄なことだと思うのだ。それは誰だって一緒。子供だって、友達だって、家族だったって、仲間だったって、俺が存在していることで笑顔になってくれるのならば、それほど喜ばしいことはないと思ったんだ

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