愛塗れのブルーアイ
「オネーサン」
まだ声変わりをしていない子供特有の、中性的な声が私を呼び止めた
お姉さんとは言っても私はまだ16であるし、まぁこの子(たぶん12か13ぐらい)からしてみればお姉さんという立ち位置も微妙に納得がいくものだが。しかしどうして兄弟のような歳の差しかない私にこの子は懐いてしまったのだろう
別に何か包容力がズバ抜けてあるとか、優しいとかそんなんではないと思う。
とりあえず二日に一回は聞こえるこの声に、私は特に気に障ることもなく振り返った。緑の衣を纏ったリンクが、今日も今日とて笑顔で私を見上げている。毎回毎回飽きもせずによくもまぁ私の元へくるもんだと感心さえしたほどだ
それも理由がわかってしまえば仕方がないとは思うことなのだけれど
「今日は何しに来たの?お菓子しかないよ」
「じゃあそれ貰おうかな」
「ついでに言うと私の分しかないよ」
「半分ちょーだい?」
屈託のない笑みをこちらに向けながら、リンクは手を差し出す。私はやれやれと肩を竦めながらもポーチからクッキーを取り出した。今朝焼いたものだ。
リンクは手のひらに乗せられた三枚ほどのクッキーを見て、満足気に頷くとちゃんとお礼を忘れずに言った。あぁ、よく出来た子だ。私はこの頃はお礼なんて言うことも忘れて、喜ぶばかりだったというのに(逆に周りからしてみればお礼はなくとも、喜んでいるところを見ているだけで十分だったらしいが)
不思議な雰囲気をいつも纏っているリンクに、どこから来たんだとかどうしてタルミナを救おうとしているのかなんて、聞きたいことはたくさんあったのだけれど、繰り返す三日間を私は知っていたのでそれ以上は何も言わなかった。ただ、リンクの働きによって徐々に何かが変わり始めているのはよくわかる
「ねぇ、オネーサン」
「なあに。飲み物なら今のところお茶しかないから、ジュースが欲しいならお店で買ってきてね」
「そうじゃなくてさ」
「うん?」
「ぼく、今回で全部終わらせるつもりなんだ」
全部終わらせる。それはつまり、タルミナを今回の三日間で救い出すということだろうか。
気が狂うほどに何度も何度も同じ日を繰り返してきた私たちにとって、それは嬉しいこと以外の何ものでもなかったのだけれど、でもまぁたぶん、このタルミナを救ってしまえばリンクはいなくなるのだろうから、そこだけは素直に寂しいといえる
突然現れてこのタルミナを目的ついでに救うだなんて言い出したんだ。救って目的を達成してしまえば消えるのが普通というものだろう。彼はタルミナの人間じゃないと言っていたし、きっとそう。
だったら、今回で全部が終わってしまうのならば、リンクとお別れをする時間もあるというわけか
「残念だなあ。リンクと一緒にいるのは案外楽しかったのに・・・・」
「嘘じゃない?」
「疑ってどうするの。こんなこと嘘じゃ言わないよ私は」
そこまでお世辞を並べられるほどできた人間ではないよ
そう言えばリンクは、ふと笑顔を消した。お店に並んでいる商品を眺めていた私にはわからなかったが、リンクの視線が私に向いていることに気づいてリンクのほうへと振り返る。
「!うわっ」
急に腕を引っ張られて小さな裏路地のほうへと連れ込まれた私は、何事だとリンクを見た。
薄暗い道でも光って見える青い瞳が私を捉えて、すっと細められる。リンクはもう一度私に言った
「嘘じゃないの?」
なんのことだと一瞬思ったが、先ほどの言葉が自分の頭に浮かんできて、咄嗟に頷く。嘘ではない。あの言葉は本当に本心から出たものだ。なんだかんだいってリンクと喋る時間は楽しかったし、頑張って新しいお菓子を作ったときに「美味しい」といいながら頬張ってくれるのも嬉しかった
リンクは私の反応をみて、それから、普通の子供には到底出来ないであろう艶めかしい笑みを浮かべる
「ねぇ、おねえさん」
ゆっくりと私の腰に抱きついてくるリンクを引き剥がそうと思ったけれど、体が思うように動かない
長い睫毛が一度伏せられて、それから欲に塗れた綺麗な瞳を私に向ける。見上げられた私は相手が子供だとわかっているくせに、ありえないほどの恐怖が体中を駆け抜けて、声を震わせた
「な、あに」
両腕をリンクの肩に添えて、突き放そうとしたところで、タイミングを計ったかの如く勢いよく押し倒された。あぁ、タルミナを救おうとしていたことだけはある。私よりも力が強いんじゃないだろうか
ゴツリと鈍い音を響かせて頭を打ち付けた私は、一瞬だけ意識が遠退いたもののリンクから手を離すことだけはしなかった。これ以上リンクを私に近づけては駄目だと思ったからだ
けれど、リンクはいとも容易く私の腕を振り払って、恍惚とした表情で私を見下ろす
「僕もねぇ、おねえさんと離れるのは寂しいなあ」
彼が何を言おうとしているのかが予測できて、私は思わず喉を引き攣らせた
「・・・・・・・なまえ・・・」
飢えたように私の唇に噛み付いたリンクは、動けない私を見て満足気に笑う。クッキーを渡したあの瞬間と同じように。けれど艶かしい雰囲気を纏ったまま、私自身を要求した
(ハイラルに持ち帰ったって、いいでしょ?)