最悪な
彼は逞しく育っていった。
コキリの森の子供たちは、もうずっと、どれだけの年月が過ぎようとも子供のままだ。そういう種族の人間の中で、リンクと私だけは違った。
身長は当たり前にぐんぐん伸びた。コキリの子供たちをどんどん追い越し、年齢も、顔立ちも大人びた。時を越えながら旅をしていたリンクを知っている私は、丁度今と、昔7年後の世界で見たリンクが同じ顔立ちをしているのを見て、もう7年も経ってしまったんだ、としみじみ思う。唯一同じではないのが、子供に戻ることが出来ないということと、この世界が平和だという点だ。
ハイリア人だと気づいてからは、この森にいることは少なくはなったが、それでも私たちが育った場所はこのコキリの森だし、育ててくれたのはデクの樹サマと森の子達である。死んでしまったらしい両親には申し訳ないが、産みの親よりも育ての親、だ。
私たちはそんな暖かい森から、今日、出ていくのである。
元々森の外の人間だった私達がこれ以上ここにいる訳にもいかず、いつでも帰って来てもいいと言われているとはいえ、多分ここに戻ることは少なくなるだろう。年に三回ほど。それくらいの頻度だ。
そしてそんな理由以外でもうひとつ。
私達は結婚をすることになった。大変嬉しいことだ。どんどんパフパフ!イェーイ!
まぁでも、正直言うと寂しい。出来ればこの森から出たくない。しかしそれは無理な話なので、なにも言わないことにする。リンクも少なからずはそう思っているだろう。だって思い出のつまった故郷から出ていくんだもの。寂しくないわけがない。森も大好きだし。
「ってちょっと待てよ」
「え?」
ナビィちゃんと遊んでいると、リンクが誰かに呼び止められているのに気づいた。
ミドだ。この期に及んでまだ突っ掛かってくるのだろうか。
ここを発つ日くらいは、やめてほしいのだけれど。けれどどうやら彼は、どうしても何かを言いたいらしい。口の中で言葉を溜めていくようにもごもごしているミドを見て、私はようやくあることに気がついた。
サリアだ。
サリアの、気持ちが、どうなっているのか。もしかして、ミドはそれを心配しているのではなかろうか
私が落ち込みはじめても、リンクは何もわかっていない様子だ。それを見たミドは何かしら頭にきたのか、半ば叫ぶように言った。
「サリアはどうなんだよ!」
「は?」
「お前、鈍いからこのミド様が教えてやるけどなぁ・・・!」
なんでサリア?と首をかしげるリンク。駄目だ、まるでわかっていない。自分のことになると途端に鈍くなるリンクは、どうにかしたほうが良さそうだ。
私が両手で顔を覆うのと、サリアが何か結婚の御祝品を持って戻って来たのと、ミドが叫んだのはほぼ同時だった
「サリアはずっと!お前のことが好きだったんだぞ!?」
「は、・・・・・えぇぇえ!?」
「・・・・・マジか・・・」
サリアの姿をいち早く見つけてしまった私は、私がサリアの気持ちを暴露したわけでもないのに「しまった!」と心の中で申し訳なくなる。・・・いや、本当・・・・・・・・勘弁して・・・
サリアはと言えば、驚いた顔をしたあとに、怒っているような悲しんでいるような、そんな器用な表情を見せた。僅かなサリアの怒りでさえも、この場の雰囲気に敏感になってしまっている私にはわかる。めったに怒らないサリアが、体を震わせてミドを見た。
「ミド!!」
せっかく、私とリンクの仲を少しでも崩さないように、黙っていたというのに。ミドがあっさりとバラしてしまったのだ。
私は途端に悲しくなった。
今この場に、リンクの妻という立場の私が存在していなければ、別にミドがサリアの気持ちをリンクに言ったとしてもさほど支障はなかっただろう。だって、リンクに妻がいなければ、リンクに対して好きだという感情があっても、周りには気をつかう必要はなかった。
しかし違う。リンクの隣には私がいる。優しいサリアのことだから、きっと結婚すると伝えた時はショックで仕方がなかっただろう。
強い彼女は私達の前では泣かなかったし、見事に結婚宣言から今日までの一週間の間、私達を祝いたいという気持ちを貫き通したのだ。
だというのに。
「なんで言うのヨ!」
「だって、こいつが!こいつがサリアの気持ちを踏みにじって、あろうことかこの森から出て行きやがるんだぞ!?」
「待てよミド、僕今知らされ・・・」
「うるせぇ!」
「ミドってば!どうして今日くらい優しく二人を見送ってくれないの!?」
あぁ、もうやめてくれ。
頭が痛くなりそうなこの状況に、今更罪悪感が山のように溢れかえって涙が人知れず出てきた。・・・バカ。馬鹿だ、ミドは。一番気持ちを踏みにじっているのはミド自身だというのに。こればっかりはサリアのためを思って発言したのだろうが、ミドに罪がある。ミドを恨まずにはいられない。
「なまえ・・・?泣いてるの?大丈夫?」
心配そうに私の周りをくるくる回るナビィちゃんに、私は無言で頷く。
ごめんね、サリア。ごめん、ごめんね。
ごめんなさい。
一方、リンクは今の現状に困り果てていた。
サリアが喧嘩しているところを今まで見たことがないリンクは、どうしていいかわからずになまえを見た。しかしなまえはこちらに背を向けて、ナビィと何か話している。
気になってそちらのほうへ体ごと振り替えると、ナビィが困ったようにリンクの元へふよふよ飛んできた
「なまえ、酷く傷ついちゃってるみたいヨ。泣き止んでくれなくて・・・」
「泣いてるの?」
急いでなまえの顔を覗きこめば、確かにボロボロと悲しみからくる涙を流していた。びっくりして慌てなまえを慰めようと、抱き締めて背中を擦る。
どうして泣いているのかは、大体予想がついた。
考え込むようになまえを抱き締めたまま、目を伏せる。そもそもサリアが僕を好きだったこと自体、初めて知ったことだ。だから何も考えずに森を出る理由を話してしまった。もしあそこでサリアの想いに気づいていたのなら、今頃理由も話さず出ていっていたことだろう。
なまえは、サリアを差し置いてリンクと共に歩み始めることに、涙が留まらなくなるぐらいには申し訳なく感じている。それでも、リンクをサリアに譲ろうとは思えない。サリアだって、もう諦めかけている恋なのだ。周りがどう言おうと、胸を張ってリンクは私のものだと、そう言えればいいのに、それを言い張るには些か周りの子達と仲が良すぎた。
リンクは、なまえ以外考えられない。リンク自身も周りも、それはわかっている。
というか、非常に言いにくいし言うつもりもないのだが、リンクからしてみればなまえ以外、みんな子供のままである。子供の想いを受けとることが、リンクにはまず出来ないことだ
そんなことしたら確実に犯罪者レベルである。それに、ハイリアに居てもどこにいても、リンクにはなまえしかいないのだから、いくらミドに何を言われようともなまえをパートナーにしたいこの気持ちは揺るがない
「最悪ネ!ミドのせいで全部!」
本当に珍しく怒り狂っているサリアは、なまえを抱き締めて、それから「大丈夫。ワタシのことは気にしないで・・・ね?」そう言われた。なまえは、サリアを抱き締め返した。
「・・・・ごめん、なさい」
暗く重々しい謝罪が、この場にいた全員の心にストン、と落ちていった。