手の届く範囲
なんでだとか、どうしてこうなったのかとか、考えようとするだけ無駄で時間もなかった。ただただこれから破滅へと向かっていく自分の国を見て、唖然とするほかない。
無力に立ち尽くしていたわけではなかったが、
同時に、家の建っていた住宅街が焼け野原になり、死体が散漫している道路や国民の悲鳴を耳にすると、だんだんと戦いへ身を投じていた私の足も動きを緩やかにした。とっても、あっけなかった。
「僕は忠告したよ、僕なりに考えて、君を傷つけないようにしたかったんだけどなぁ」
私は日本の味方になった。それはいつだって変わらず、いつの時代でも私の国は、わたし自身は日本である菊の味方だった。これからだってずっと変わらない。菊さんを守るために私は戦場の最前列へと歩み出た。
私がロシアのものにはならないと宣言した瞬間から彼の目はまず、私の大切な友人である菊に目をつけたし、私もそれを危惧して菊にはあらかじめ話をしていおいた。こうなるかもしれないと。いずれ、あなたの元を離れてしまうかもしれないと。
そしたらば菊さんはうなずいて、間違ってはいないと悲しそうに目を伏せた。
全部ぜんぶロシアの身勝手な行動によって、起こされる悲劇なのだ。それはわかっていた。だがそれを、ロシアの支配を止める力を自分たちがもっているのかと聞かれたら、答えはもちろんいいえ。土地の広さも違えば人材も、戦力も何もかも違ってくる。
だから負け戦だと確信したうえで、菊に手は出すなと叫んだ。もし日本を攻撃するのであれば、私を倒してからにしろと。私の国が欲しいのだろうと挑戦状をたたきつけ、今現状が真っ暗になった。
もはや抗いようのない敗北。それでも日本にだけは手を出してほしくはなかった。
「大人しく降参するつもりはない。あんたの国旗も、容易く上げさせるつもりはない」
「君の兵はもう2割がた残ってないけど?」
「国民も減った」
「僕が皆殺しにするから」
「食べ物だってもうない」
「燃え尽きちゃった?」
「川の水も汚れたし、山の木々もたくさん死んでいる」
「あはっ、傷だらけだね」
血のとめどなくあふれる腹部や口からは、一緒に憎しみや悔しさも垂れ流しにする。今笑っているのが勝者なのだとしたら、間違いなく目の前で笑みを浮かべるイヴァンが勝者。多く物が残っているほうが勝ちなのだとしたら、これも違いはなく男のほう。
「それでも、」
それでも私が欲しいというのか。傷だらけにしたのはほかでもないこの男。私から宝物をたくさん奪ったのも、こいつ。物もない、傷だらけ、そんな国をこいつは欲しがった。
「ねぇ、普段譲歩なんて僕はしないけど。君をくれるのだったら、日本はあきらめるよ。これからずっと手出しはしないし、ちょっかいをかけたりもしない。君だけが来てくれるのなら、ねぇ」
ずっとずっと君が欲しかった。土地がいいわけでも食物が多く育つわけでもなかったけれど、それでも君が。
君が、大好きだったから。
君が日本ばかり庇うものだから、面白くなくなった。
「もう少しで君は何もかもなくすよ。僕のものになる。今頷けば少しは残っていたのに」
民も、無事である土地も、ほんのわずかな食料でさえも。
それでも彼女はその真っ黒な瞳に光を宿して、敵をにらみ上げた。