▼
ヤクシャはまたか、と内心呆れずにはいられなかった。ヤクシャには前世の記憶がある。前世といわずパラレルワールドにいる自分の記憶でもなんでも、ヤクシャ自身には自分のことは筒抜けだった
だから目の前にいる女がどういう存在なのかもよく知っている
「見たところ頬に傷があるようだ」
「傷なんてないですよ?」
「小さい頃に負った傷のことを言っている。それはたぶん、魔物につけられたものだろう」
彼女が首をかしげる。その仕草がとてつもなく知っている女たちと似ていた
勇者に死ぬほど愛されて守られてきた女たちと、根本的な何かが似ていた。傍観するような形で勇者と彼女を見守ってきていた自分は、人間になる前は女神のしもべであったし、それくらいはわかった
ヤクシャには神のしもべだった頃の力がまだ残っている。だから千里眼でも超能力でもなんでも出来た。ヤクシャは昔のものを見ることもできるし未来予知というものもあまりよくはないが、ほんの少しぐらいなら出来る
だからメイナの頬についている傷もすぐにわかった。黒く変色してしまっている傷は、子供の頃魔物につけられたもので、今は綺麗に治っている。だがヤクシャはそのなんでもないような傷に目をつけて捜索した。メイナという人物の記憶から心の中から知り合いから全て透視して、悩みである怪我の起きる原因や理由を見つけ出す
「お前は憑依や呪いといった類を得意とする魔物に傷をつけられ、その傷口から魔物の魂がお前の中に入り込んだんだろう。何かしらの恨みがあったんだろうな。お前の体にとりついている」
「そんな・・・・・それはなんとか出来ないんですか・・・?」
「出来ないな。・・・・・魔物の魂とお前の魂は長いこと一緒に居すぎて、ほぼ一体化している。恐らくだがその魔物の魂が、光の塊のような勇者の魂を嫌ってるだけだ。闇は光に照らされて消えるもんだからな。しょうがない」
「はぁ・・・・・・・・」
「つまり勇者の魂をお前の中にいる魔物が嫌って、怖がり、色んな不運を引き起こしているんだろう。それがお前に全部当たってるだけの話だ」
彼女は理解できたような出来ていないような顔でこちらを見つめる。彼女の中の魔物を追い払おうとしてしまえば、一体化しかけている彼女自身の魂も肉体から追い出すことになってしまう。そしたら彼女は必然的に肉体だけ死んだことになってしまうので、それは出来ないことだった
残念ながらそんな一体化しかけた魔物の魂を追い払う術などないので、魔物の力を弱めてマシにすることぐらいは出来るだろうと考える
「だからリンクに近づいたら、痛い目にあうんですね・・・・」
「あぁ。俺がしてやれることはお前の中の魔物の力を弱めることだけ」
彼女に水だと偽って出した聖水をがぶ飲みしてもらい、額を人差し指でちょん、と押す。するとメイナには見えなかったが、確かにヤクシャには黒い靄のようなものが彼女の体から出て行くのが見えた。魔物の力がなくなったのだ
それでも魔物はきっと、勇者の魂に拒否反応を起こすだろう
そうなった場合痛い目をみるのはやはり彼女で、勇者に触れることはまず出来ないと伝えた。触れてしまえば怪我をする羽目になるだろう。だが近づくだけでは何も起こらないようにはなったはずだと、ヤクシャは言う
「いいかメイナ。お前の体にはもう一人人間がいると考えるんだ。そいつがリンクのことを死ぬほど嫌っていることを肝に免じておけ」
「は、い」
「しばらくはリンクには近づかないほうがいい。魔物も力がなくなったことで慌てているだろう。それが落ち着くまでは、静かに暮らせ。なんならここの二階をつかってもらっても構わないからな」
「え、そ、それは申し訳ないですよ」
「?そうか?知らないやつでも俺の家は勝手に寝泊りに使ったりしているがな・・・・男と一緒というのがそもそも抵抗があったか」
「それは別にいいんですけど」
「なら宿も今は開いていないだろう。今日だけは泊まっていけ」
メイナはつつかれた額を軽く手で押さえて、それから悪い人ではないと認識したのか、それに頷いた
→
back