3. 僕に黙って何をしてるんですか?
今日は書類整理だけで仕事が終わった。というわけで、久々に仲間と連れ立って酒場へとやってきたわけですが…
「…」
「どうしたんだよエルヴェ。誰か探してんのか?」
「あ、いえ、なんでもありません」
ここは貿易ギルドに近い酒場だ。もしかしたらリューンの奴もいるんじゃないかと思ったんですけど、どうやら杞憂だったようです。
隣で飲んでいるのは屈強な戦士であるレオと、その妹のイリニ。二人とも僕と同じようにフェル様に仕えている仲間だ。
「…」
「ん?どうかしましたか、イリニ」
イリニはぷるぷると首を振った。
そういえば、最近は喋るようになったけれど、イリニは今まで声をほとんど発したことが無かった。喉の炎症(大きな魔法を唱えた代償なんだとか)のせいで喋れなかったらしいのだが、特訓の末に今では少しずつ会話が出来るようになってきたらしい。
「あ、おかわり飲みますか?」
少量となっていたグラスを眺め、イリニは控えめに「…飲、む…」と言って頷いた。
可愛らしい。
イリニみたいな妹がいたら癒されそうだなぁと思いながら、微笑みかける。
ちなみにレオとは対照的に華奢で触れたら壊れてしまいそうな印象を持たせるが、イリニは結構体力もあるし、度胸もある。あと酒に異様に強い。
「なぁ、エルヴェ」
「はい」
ほっこりした気分になっていると、レオが神妙な面持ちで話しかけてきた。こう言っては何だが、レオがこんな顔をしてるとビックリしてしまう。だって、豪放で大らかな彼には似合わない。
「最近、妙な視線を感じるんだ」
「え」
「仕事中に、こう、殺気みたいな、こう、なんつーのかな、嫌な視線だ!」
「…刺客でしょうか…」
「そうかもしれねぇ」
ぎりりと歯ぎしりしながら、レオは顔を歪ませた。レオは特にフェル様に絶大な信頼と尊敬を置いているから、その怒りは凄まじいものだろう。僕も、その情報には眉をひそめてしまう。
「刺客、最近多くなってきましたね」
「ああ。王位に近ぇお人だしな。つーか、王になるべくして生まれてきたお方だからな。最近じゃ、重要な案件も任されてきたみてぇだし」
「…そうですね」
声を潜めながら、そっと会話を進める。
フェル様は王位継承順位2位。充分王となる可能性がある。ただ、フェル様は兄上であるヴェルス様を敬愛していて、自らは王になりたがらない。レオやイリニ、アルベルタはフェル様を王に推挙しているみたいだけれど、そこはフェル様の真意ではないんですよね…。
「刺客だとして、一体どういった意図があるんでしょうね。殺気を飛ばしてくるなんて、プロじゃないんでしょうか…それとも何か別の理由があるのか」
「関係ねぇな。来たらぶった切ってやりゃあいいんだからな」
レオがぱしりと拳を叩く。でも、確かにそれはそうだ。先に仕掛けるわけにはいかないから、向こうの出方を見なければ。警護を増やした方がいいだろうか。ああ、そうだ、僕も夜間見回りを強化して、早急にそいつの正体を確かめよう。
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