「なにこれ」
久々の休暇だったので暇つぶしに誰かをからかおうと談話室に向かえば、そこでカナタを出迎えたのはマーモン一人だった。暇なの、と声をかけるとマーモンは錠剤の入った小瓶を差し出してきたのでカナタは眉をひそめる。
「ヴェルデから送られてきたのさ。その薬の効果を確かめて欲しいらしいよ」
「ヴェルデってアルコバレーノの一人よね。マッドサイエンティストチックな。って事はこれ毒かドーピングアイテムとか?」
恐る恐る小瓶を摘まんで持ち上げ、じっと見る。中には錠剤が一粒。見た感じでは特に異常は見受けられない。
「毒といえば毒だね」
「というと?」
「飲むと人間に対しての好き嫌いが逆転するそうだよ。試作品だから効果は一時間から二時間程度らしい」
「なにそれ。ヴェルデは、そんなの作ってどうする気なの」
「誰かに飲ませるんじゃない?」
そりゃそうだろう。いまいち納得がいかなかったが、マーモンに聞いても明確な答えはくれなさそうなのでカナタは追求するのは止めにした。
マーモンの事だ。どうせまた金を積まれて引き受けたのだろう。ヴェルデは払いが良いようだし、金さえ回ってくればマーモンはヴェルデの思惑等には興味を示さないのだ。
「ま、いいや。暇だし私が飲んであげる。今日は都合良くレヴィと一緒にボス出かけちゃってるし」
「良いのかい?」
「とかなんとか言って、最初からそのつもりだったんでしょ」
「まあね」
悪びれもせずに頷くマーモンを軽く睨みつつもカナタは瓶を開けた。
マーモンが水の入ったコップを差し出してくる。用意が良い。
「私マーモンの事好きだから、嫌いになっちゃうけど大丈夫?」
「構わないよ」
「構ってよ!」
涙目になりつつもカナタは錠剤を口に入れた。
ちくしょう、嫌いになったら苛め倒してやる。そう誓いながらカナタは錠剤を水で流し込んだ。
***
鼻歌を歌いながら、スキップを踏む。見るからにご機嫌な様子のオカマがヴァリアー邸の廊下に一人。
「マーモン、クッキーを焼いたのよ〜。一緒にティータイムにしましょう」
焼きたての甘いクッキーの香りを漂わながらルッスーリアは談話室に飛び込んだ。中には先程一仕事終えて休憩していたマーモンがいると思っていたのだが、そこにあったのは赤ん坊の姿ではなく一人の女性の姿だった。
「あら、カナタじゃないの。ここにマーモンがいなかった?」
「……」
軽い調子でカナタに声をかけるが、彼女は何も答えず無言でルッスーリアを睨んできた。いつもの彼女ならクッキーを見ただけでへらへらと擦りよって来るのにどうしたのだろうか。
多少疑問に思った物の、クッキーを与えれば機嫌も良くなるだろうと踏んだルッスーリアは笑顔で続けた。
「まあ調度良かったわ、カナタ。一緒にお茶しましょ。貴方の好きなクッキーもあるわよん」
「いらない」
「へ?」
予想外の反応にルッスーリアは間の抜けた声を上げる。何かの冗談かと思ったがカナタの表情からして本気で嫌悪しているのが見てとれた。
おかしい。いつもならばお菓子をちらつかせただけで大喜びなのに。これは一体どういう事か。
「どうしたのカナタ。貴方の好きな紅茶クッキーよ?」
「はあ?なんでお前がつくったクッキーなんか口に入れなきゃなんないの。不愉快過ぎ。考えただけで反吐が出そう。くたばれ、カマ野郎」
「いやああん!どうしたっていうの!?今日のカナタ、何だか不機嫌モードのベルちゃんみたいよ!?」
くねくねと身をよじらせてみると、すかさずカナタの蹴りが飛んで来た。
ルッスーリアは野太く短い悲鳴を上げる。痛い。しかし、まあ、悪くない。
「ちょっと!あのドカス王子と一緒にしないでくれる!?マジで不愉快なんだけど!っつーか消えて!とっとと消えて!目障りなんだっつーの!オカマの作ったクッキー何か食えるかってんだ!こんちくしょう!」
「いやあああん!酷いわ〜!オカマ差別よぉお!っていうか本当にどうしちゃった訳!?」
涙目でしなを作りながら抗議すると、カナタは歯ぎしりを立てながら忌々しげに睨みを利かせた。その目には殺意の色さえ見える。
こういった人間は嫌いではないが、今はお茶が楽しみたい。会話もままならない相手とどうお茶をしようというのか。
どうしたもんか、とルッスーリアが頭を悩ませていると、どこからともなくマーモンが肩に乗って来た。
「やあ、ルッスーリア。君も間が悪い所に来たね」
「あらマーモン!」
「げっ!チビガキ!戻って来たの!?出てけ!今すぐ出て行け!出ないとお前らまとめて殺すぞ!」
「カナタは絶好調に薬が効いているみたいだ」
「薬ですって?何のことよ!」
血走った目で地団駄を踏むカナタを脇に、ルッスーリアがマーモンに詰め寄る。頭に乗っているマーモンをわし掴みぶんぶんと振った。
マーモンはやれやれと言った具合で溜息をつけば、事のあらましをルッスーリアに語った。
***
「あ〜ら、つまりカナタは私達が大好きって事じゃない」
「そのようだね」
事の次第を知ったルッスーリアは、笑みを浮かべながらクッキーを一枚かじった。甘くて美味い、香りも良い。上出来だ。
カナタはと言えば部屋から出て行こうとするので、何とか阻止したらソファの裏側に隠れてしまった。
しきりにルッスーリア達へ呪詛の言葉を唱えつつ、刃物を投げてくる。
こんな彼女の傍にいるのは危険極まりないが、この状態の彼女を外に出すのはもっと危険だ。薬の効果が切れるまでは何としてでもこの部屋に閉じ込めておかなくては。
しかしこういう時に限って、人が集まってくるのがヴァリアークオリティ。
カナタの攻撃を避けつつ、命がけのお茶会を楽しんでいる二人の下に新たな被害者が飛び込んできた。
「う゛お゛ぉい!ルッスーリア!こんな所で油売ってやがったのか!お前昨日の報告書が出てねえぞぉ!どうなってやがんだぁ!」
「げっ、スクアーロ!なんでこういうタイミングで来るのよ〜!」
「げっ、とはなんだぁ!げっ、とは!」
談話室の扉を蹴り飛ばして入って来たスクアーロは真っ直ぐにルッスーリアの下へと向かう。仕事熱心なのが彼の良い所ではあるが、今日に限っては宜しくない。