任務で一週間ぶりにアジトへ帰ったスクアーロは、まず休む前に談話室へと踏み込んだ。
     別に誰かに会いたいだの、話相手が欲しいだのと言った理由ではない。談話室にはルッスーリアが皆で飲む為にと、上等の酒を置いている事が多い為、何かないかと確認しに来たのだ。

    「あらん、スクちゃんじゃないのぉ。久しぶりねぇ。おかえりさない」
    「よお」

     談話室の扉を開けると、直ぐにルッスーリアが声をかけてくる。丁度良い、このまま良い酒があるかないかだけ確認し、部屋に戻ろう。
     そう思った矢先。

    「スク」
    「あ゛あ?」

     自分を呼ぶ声の方へと顔を向ければ、両足をぴったりと閉じてソファに座っているカナタがこちらを見上げていた。
     何か用か? とスクアーロが目で訴えれば、カナタはぽんぽんと自身の膝を両手で叩く。
     カナタの意図が掴めず、スクアーロは眉間に皺を寄せた。そのスクアーロの反応を見て、再びカナタはぽんぽんと自身の膝を叩く。
     しかしやっぱり意図が掴めないスクアーロは、やや面倒くさい気持ちになりながら頭を掻いた。
     どうせくだらない事を言いだすのだろう。この娘は人が疲れている時に限って厄介事を持ちこむのだ。

    「う゛お゛ぉい。なんだあ、口で言えぇ」

     ため息交じりにスクアーロが言えば、カナタは頬を膨らませ分かり易く怒って見せる。そして、先程より乱暴に両膝を叩きながら叫んだ。

    「んもー! 鈍いわね! ここに寝ろって言ってるのよ!」
    「はいはい、テメェはいっつもそうだぁ! 人が疲れてる時にそうやって…………あ゛ぁ?」
    「疲れて耳までおかしくなった訳? ほら、私の膝に! スクの! 頭を! 置く!」
    「あ……あぁあああ!? う゛お゛ぉい! 何を言ってやがんだぁ! てめぇはぁ!」
    「だから、私の膝に頭を乗せなさいと言ってるのよ。疲れてるんでしょ?」
    「えっ……あ゛あ……ええ?」

     スクアーロが困惑の声を漏らすと、カナタは彼を安心させるかのように柔らかく微笑んだ。その表情を見て、スクアーロは先程のカナタの発言が幻聴ではない事を理解した。が、新たな疑問が浮かんだ。
     このガキ、何を企んでいやがる。
     ザンザスならばともかく、スクアーロを相手にカナタがこんな事を言いだす訳がない。いや、ザンザス相手には無駄に恥じらって逆に言いだせないだろうが、とにかく自分に対してカナタが膝枕してあげるねっえへっ、なんて事は絶対にある訳が無いのだ。
     しかも優しげな笑みを浮かべて迎え入れるなど、尚更無い。これは何か裏があるに違いない。
     ちらりと横目でルッスーリアの様子を伺ってみる。ルッスーリアと言えば、特にこちらには興味もないようで、ファッション雑誌をめくっていた。
     このルッスーリアの様子もおかしい。カナタが「膝枕してあげる」なんて言い出したら、このオカマは真っ先に「いやあん、一体どういう風の吹きまわしなのよぉ、カナタったら! ボスはどうしたのボスは? はっ、まさか、私の知らない間に、スクちゃんに乗り換えたんじゃあ……!」とかなんとか喚き散らしそうなものなのに。
     かといって、カナタが何かを企んでいよう物ならルッスーリアは苦笑して見せたり、こちらの動向を伺う為視線はスクアーロ達の方に向けるはずだ。
     では一体どういうことなのか。

    「ほーら、スークー」

     甘える様な声でカナタが催促してくる。ふと、スクアーロはカナタが右手に持っている物に気がついた。

    「なんだぁ、それ」
    「ん? 耳かきよ」
    「耳かきぃ?」
    「ジャッポネーズィはその棒で耳の中を掃除するらしいのよぉ、びっくりよね〜危ないわぁ」

     ルッスーリアの言葉を聞き、改めてカナタの持つ物を目で確認する。木の様な材質で出来ており、細長く、先端がへら状になっている。とてもじゃないが、耳に入れる様な代物には見えない。スクアーロからすれば、編み物何かに使うそれに見える。

    「そんなもん突っ込んで大丈夫なのかぁ?」
    「大丈夫よ。日本人はみーんなコレで耳掃除してるんだから」
    「で、それを持って、俺に膝枕しようっつーのは……」

     段々状況を理解して来たスクアーロは、乾いた笑みを浮かべてカナタを見た。

    「来るべき時の為に、耳掻きの練習させて欲しいのよ。良いでしょ、スク。膝枕してあげるから耳かしてよ」

     そんな事だろうと思った。
     まあ、大体何か魂胆はあるとは思っていたが、分かってしまうと少し残念な気持ちはある。いや、別にカナタにどうこうと言った思いは持ち合わせては無いけれど。断固として。これっぽっちも無いけれど。

    「っつーか、なんだあ、来るべき時っつーのはよぉ」
    「もう、分かるでしょッ! 将来ボスに、耳掻きしてあげる時が来るかもしれないじゃない! その時に粗相をしたらまずいでしょ!? だから練習しておかなきゃ!」

     そんな時なんか来るのかよ、というツッコミは飲み込み、スクアーロは二、三度後ろ頭を掻いた。
     そういう事なら別に耳くらい貸しても良いか、という気持ちになり、カナタの座っているソファまで近づいて行く。

    「ん、ちょっと待て」

     カナタの隣に腰を下ろし、体を倒そうとした時スクアーロは思いとどまった。倒しかけた体を持ち上げて、カナタと視線を合わせる。

    「何?」
    「いや、ジャッポネーズィは皆それで耳掃除してんだろぉ」
    「うん」
    「なんで練習何かするんだぁ。慣れてるならいらねえだろぉ」
    「そりゃあね、自分の耳の掃除するのは慣れてるわよ。でも人の耳なんて掃除する事なんて無いわ。だから練習したいの」

     さも当然のようにカナタが言ってのけたので、スクアーロは慌てて立ちあがった。


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