「それでは失礼いたします」
「う゛お゛ぉい、バジルじゃねえか」
スクアーロが廊下を歩いていると、丁度執務室から出てくるバジルと出くわした。そう言えば昨日門外顧問の仕事でヴァリアー邸に来ていた気がする。
門外顧問のバジルは、家光の使いでヴァリアー邸に足を運ぶ事が多い。そういった理由から、彼が邸内をうろつく姿は割と見慣れたものだったので特に驚きはしなかった。
「おぬしは、カス鮫殿」
「あ゛ぁ!?テメェ、今すぐかっ捌かれてぇのか!」
「あ、いえ。気に障ったのならば謝ります。たった今ザンザス殿にスクアーロ殿をそう呼べと言われたので」
「クソボスの言う事を真に受けんなぁ」
「すみません」
目の前で深々と頭を下げるバジルを見て、スクアーロは溜息をついた。ザンザスは一体何を吹きこんでいるというのだ。そしてこいつは何故素直に従うというのか。
この少年は素直すぎて困る。これだから家光に色々間違った情報を吹きこまれ遊ばれるのだ。
恋するバジリコ
「ところでスクアーロ殿」
「なんだぁ」
執務室へと入ろうとした所で、バジルが神妙な面持ちで引き止めてくる。スクアーロがドアからバジルに向き直ると、彼は言葉を選ぶように間を取った。
「その、あの」
「なんだぁ」
「忙しいのなら良いのですが……」
「言ってみろぉ」
「……その」
「もじもじしてんじゃねえ、気色悪ぃ!俺の気が変わらない内にとっとと用件を言えぇ!」
煮え切らない様子のバジルを怒鳴りつけると、彼は姿勢を正し、意を決したように表情を引き締めた。
「カナタ殿はいずこにいらっしゃいますか」
「あ?」
想像もしていなかった質問に、スクアーロは間抜けな声を上げた。口を開けたまま、ぽかんとしてバジルを眺めていると、彼の顔はどんどん赤くなっていく。
「お前まさかぁ……カナタの事……」
珍獣でも見る様な眼つきでスクアーロはバジルを見ていた。分かりやすくドン引いていた。いくらなんでもそれはない。相手はあのカナタだ。ボスの匂いを必死にかぎまわしたり、盗撮した着替え写真を拝んだり、性的な目で見つめているような女である。こんな純な少年が思い焦がれる様な相手ではない。
そんなスクアーロの視線に焦ったのか、目の前の少年は勢いよく両手をぶんぶんと振りながら慌てふためいた。
「違います!拙者はただ日本人であるカナタ殿に日本のお話を伺おうと思っただけで、決してやましい気持などこれっぽっちも!お話が出来ればただそれだけで充分で!それが出来なくともただ一目見れればそれで」
「やめろぉ!もう良い!それ以上言うな、どんどん墓穴掘ってるぞぉ!!」
一喝するとバジルは押し黙った。既にその顔は湯気が出そうな程にまで赤くなっている。信じられないがどうやら本気のようだ。
スクアーロは眉をひそめて宙に視線を漂わせた。
「あいつは変態だぞぉ」
「女性に対して何て失礼な事をおっしゃるんですか。カナタ殿は素敵な方じゃないですか」
「見た目だけだろぉ」
「そんな事ありません。カナタ殿は、拙者の、理想の大和撫子です」
バジルはそう言って耳まで赤くしている。どうやら自分で言っておいて恥ずかしかったらしい。
「それこそ見た目だけだろ。俺の知ってる大和撫子はあんな変態に対して使う言葉じゃねえぞぉ」
一言放てば、途端にバジルの表情に怒りの色が浮かんだ。しかし自分は間違った事は言ってはいない。そんな目を向けられても困る。
「失礼な事を言わないでください!」
「お前のが失礼だろぉ、大和撫子に」
「失礼な事を言わないでください!」
駄目だ、こいつ相当キてる。これ以上やりとりをしても不毛なだけだと、スクアーロはそこで黙った。
恋をすると人は変わるとは言うが、こいつはちょっと盲目的すぎる。カナタという人物像がまるっと見えていない。「まあ良い。多分カナタは談話室にいんじゃねえかぁ」
「談話室とはいずこに」
「こっちだぁ、ついてこい」
それだけ言って、スクアーロはさっさと歩き出す。親切心で案内をする訳ではない。ちょっとバジルとカナタのやり取りに興味が沸いたのだ。
後ろからバジルがついてくる気配を確認して、スクアーロは足を速めた。