「また派手にやったわねぇ」
背後から声がし、雲雀は顔を半分そちらに向けた。
救急箱を片手にした、スーツ姿の女が視界に入る。彼女は困ったようにも、呆れたようにもとれる苦い笑いを浮かべていた。
「いらない」
冷たく言い放てば、女は表情をきょとんとしたものに変える。
いつもすました顔をしている彼女が、違った表情を見せたのを多少意外に思いつつ、雲雀は視線を救急箱に向けた。
女は雲雀の視線に気づき、ああ、と声を漏らす。そのまま半眼になり、口の端を釣り上げる。
「じゃあボスにお姫様抱っこして貰って、病院に連れていってもらいましょうか」
女は意地悪く言った。
その様子にムッとして雲雀が眉をひそめると、女の笑みがますます濃くなる。
咬み殺してやろうかと、トンファーを握るも馬鹿馬鹿しくなりやめた。恐らくこの女をやった所で大して楽しめない。それに雲雀は今、先程ディーノと戦った際の怪我で体がだるい。この女の為に、無駄な時間と体力を浪費する事もないだろう。
気分を削がれた雲雀は顔を正面に向き直して、背にしている木にもたれ掛かるよう座り込んだ。
安定した位置に腰を据えると、女が歩み寄ってくる音が耳に入る。もしかしたら雲雀が何も言わないので、それを良しと取ったのかもしれない。
制止される事なく、無事隣まで来た女は、そっとその場に膝を付いて救急箱を開いた。
「さーて、染みるわよー」
楽しそうに笑って女はテキパキと手を動かし出した。拒絶する気が起きないくらい、心底どうでも良かったので、雲雀は何も言わずその様子を視界の端に置き正面見つめた。
「……うんともすんとも言わないのね」
手当てをしながら女が感心したような声で呟く。
顔を前に向けたまま、雲雀は瞳だけを女へ向けた。彼女は雲雀の視線に気付かないのか、包帯を巻く腕を見たまま続ける。
「ボスがキミぐらいの年の時なんか、ぎゃあぎゃあ騒いだものよ」
そうして懐かしそうに目を細める女に、雲雀は視線を再び前に向き直して眉間に皺を寄せた。
「僕を通して昔の彼を重ねて見るのは止めてくれる。不快だ」
言えば、横からくすりと小さな笑い声が返ってくる。
「無理無理。ボスみたいなへなちょこと恭弥君みたいな強い子、頑張ったって重ならないわよ」
そう笑い飛ばして、女が雲雀の頭をぐしゃぐしゃと撫でて来た。
予想外の行動に驚いて、雲雀は不覚にも顔を女へと向ける。女の方もしっかりと雲雀を見ていて、その瞬間二人の視線がぶつかった。
途端に、雲雀は何故だか負けたような気持ちになった。その上追い掛けるように胸へむかむかとした何かが込み上げて来たので、苦々しく表情を歪めた。
そんな彼に反して女は柔らかい笑みを浮かべてこちらを見ている。
その余裕そうな態度さえも腹立たしく、雲雀は視線を女から反らした。
今自分を取り巻く、この状況の全てが不快で仕方がなかった。
「あーあ。嫌われちゃったか」
言葉の割りに明るい声で女は言って、立ち上がった。
「私達を突っぱねるのは良いけど、無理しないでね」
出来ればボスとは仲良くして欲しいけど、とぼやきながら女が歩き始めたので、雲雀は
「僕は彼とは馴れ合うつもりはないよ。イレーネ」
と感情の無い声でぼやいた。
足音がぴたりと止まる。そのまま動き出す気配が感じられなかったので雲雀がイレーネへと振り返れば、彼女は酷く驚いた表情でこちらを見ていた。
「私の名前覚えてたの?」
「僕の事馬鹿にしてるの」
間抜けな声に返事をするとイレーネは嬉しそうに笑った。冷たく返したのに何が楽しいんだ、とも思ったが、子供みたいに無邪気に微笑むイレーネを見ているのは、まあ悪い気はしなかったので雲雀の口元も緩やかな弧を描いた。
(ボスー! 聞いて聞いて! 恭弥君と楽しくお話しちゃった!)
(はあ!?)
(そういや俺は恭弥の部下と楽しく飲み明かしたぜ)
(何でお前らばっか仲良くやってんだ……?!)
(2011.9.4)
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