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※よく眠れた夜の夢※ ドンヒラの場合



イチマツは困っていた。困っていたけれど、それを周囲に悟られたくはなくて、とにかく背筋をピンと伸ばして立っていた。立ち尽くしていたと言った方が正しいかもしれないけれど。

イタリアから祖母のいる日本へ。危険だからとボディーガードを何人かつけられてやってきたはいいものの、やはり着いてみれば面倒でしかなくて。気ままに遊びたいとひとりふたりとボディーガードを撒いて、やっとひとりになれて。自由を満喫する前に、自分が迷子だということに気がついたのだ。


日本は思った以上に平和ボケしていたからひとりでも大丈夫とは思う。ただ、祖母の家に行けないのは困る。それどころかイタリアにも帰れなくなってしまう。しかし話しかける日本人はみなよくわからない言葉を残して去っていくのだ。日常会話くらい勉強しておくべきだったと後悔してももう遅い。

それでも何もせず立っているだけでは解決するはずもないので、また青年に声をかける。お人好しそうな、気の弱そうな男だ。


「ちょっといいか」


青年は目を見開くと首をかしげながらもこちらをじっと見てくれた。


「道を聞きたいんだが」


これまでの日本人のように逃げていかないから、言葉が通じるのかと話しかけるが彼は首を傾げるばかりだ。どうも通じていない気がする。


『あい、きゃんと、すぴーく……えーと、いんぐりっしゅ』


青年が何か答えるが、何を言っているのかわからない。ということは間違いなくイチマツの言葉も通じていないだろう。

それなのに、彼がとどまる理由はなんだろう。


『たべる?』


青年がこちらに、何かを差し出してくる。思わず受けとるが、それがなんなのかよくわからない。

星屑のような綺麗な。とげとげした何か。手のひらからこぼれそうなくらいのせられている。

それまでの不安を忘れて観察していると、ああ、と青年が何かに気づく。


『たべれるよ』


イチマツの手から一粒、星を手にとって、口に放り込む。


『あまい、えっと……しゅがーだよ』


それで、おいしいよとでも言いたげに微笑む。


だから、いつもならそんな危険なこと絶対にしないのに、人からもらったものを簡単に口に放り込んでしまった。

平和ボケした国だから?

害の無さそうな人間だったから?

不安なときに笑ってくれたから?




「……あま、」


手のひらの星は砂糖のように甘かった。






それから、青年はイチマツが迷子だろうと決めつけて(実際そうなのだけれど)イチマツの手をとって保護者を探し始めた。繋いだ手はあたたかく、大きくて、なんだか安心した。


それから、ようやくボディーガードのひとりと再会したのはいいものの、青年を誘拐犯と勘違いして攻撃しようとするのを、説明して止めさせて。


それから、別れ際にイチマツは自分を指差して「イチマツ」と言って。

青年を指差して。


『もしかして、なまえかな。イチマツ』


イチマツ、という単語にうなずくと、青年はなんとなくわかってくれたようで。





『からまつ』




彼が自身を指差して、ゆっくりといったのが、きっと彼の名前。




「からまつ」



呼び掛けると、砂糖菓子みたいに甘い笑顔が返ってくる。




それがイチマツ12歳、将来マフィアのドンになる男の初恋だった。











それから10年後、



「10年ぶりだなガッティーナ」

「へ?」


大きなバラの花束を持ったイチマツが、カラ松の前に現れるのはもう少し先の話。



「いや、俺、自分受けとか地雷なんだけど!?」






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