短編 | ナノ 拒絶症(生徒×教師)





最近、苦手な科目がある。数学だ。
数字を見たり、計算式を見たり、聞いたり、そんなことをするともう……ダメだ。

心臓は早鐘を打ち、胃はひっくり返りそうになり、混乱する頭で考える。
絶対、これは拒絶反応だ。
前々回は死にそうになりながら、前回は眠って授業を受けたがどちらもやはり調子は良くない。夢にまで数字と数学教師が現れる始末。
それまで好きでこそなかったがそこそこ真面目に受けていた数学で、何故こんなことになったのか。考えてもわからない。
わかるのは、数学教師の困ったような顔。……そりゃあ今までそれなりに普通にしていた生徒が急に授業中寝たりしたら不思議に思うだろう。罪悪感に胸が痛む。先生のせいじゃないのに。

――だから、とても悪いことをしているように思えて、今日は起きて授業を受けた。



……と、まあ、こんな前置きを用意すればわかるだろう。俺が保健室にいる理由が。











「数学拒絶症、ねぇ……」


保健医は童話のオオカミ少年の言うことを聞いているような目で俺を見ている。まあ当然だろう。普通はそんな言葉ただの数学嫌いか、保健室にサボりに来た人間の言い訳だ。それもとびきり馬鹿らしい、言い訳にも成り得ないような陳腐な出来。

とはいえ、気分が悪いのは本当みたいだし、と思ったのかどうかは定かではないが保健医は俺をベッドへと導いてくれた。



ここにいる理由は、数学の授業。
前回眠ってしまったことに罪の意識を感じていた俺は今回はしっかりと目を開け、しっかりと授業を聞いた。もしかしたらきちんと聞けば数学の面白さに目覚めてこの症状が和らぐのではないかと思ったのだ。
しかし今回は前回よりも酷かった。授業時間中我慢できたのが奇跡といえるくらい。

先ほどどうにかその数学は終わったが、次の体育を受けられる気分や体調ではなく、保健室に来たのがたった今。まさかここまで酷いとは自分でも思わなかったが。


ベッドに横たわりながらそんなことを考えていると保健医の声が聞こえて来た。



「俺購買行ってくるから、適当に寝てろよ」



……いや、仕事中だろ、アンタ。


そんなツッコミもする余裕はなく、無言を了承ととったのか保健医はさっさと出ていってしまった。
まあ別にいいけれど。それより早くこの数学拒絶症を治さないと成績がまずい……。

5分ほどあれこれと原因や対策を考えていると保健室のドアが開く音がした。
もう帰って来たのかとドアの方に目を向ける。
……よく見えない。
体を起こしてまで見ることもないだろうと目を閉じかけた時、声が聞こえた。


「……先生……あれ、いないんですか?」


――ドクリ

心臓がつい十数分前までの激しさを取り戻した。


ドアを開けて入って来たのは何故か数学教師で、彼を意識するとそのまま数学のことを思い出すのか、心臓がうるさい。息が上手くできない。
これを数学拒絶症と呼ばず何と呼ぶ?

顔は高熱でもあるみたいに熱い。頭がうまく回らない。



「先生はすぐ戻るそうです」



よせば良いのに、熱に狂った俺は何故かそんなことを口にしていた。



   ***


数学教師はしばし俺の目を見たまま固まっていた。それが保健医が病人を放ってどこかへ消えてしまったことに驚いているのか、それとも俺がここへいること自体に驚いているのかはわからない。


「何だ、具合悪いのか?」


言いながら心配そうに近付いてくる。

戻ってこないと言えば彼は出ていったかもしれない。それか保健医を探しに行ったか。それとも病人の俺が心配で傍にいるか。
すぐに戻ると言えば、普通、待っている。用があって来たのなら尚更だ。
なのに、どうして俺は口を開いた?


「……先生、相談があるんですけど」

「ん? いいけど、具合は大丈夫なのか?」

「顔が熱くなったり、呼吸ができなくなったり、胃がひっくり返りそうになるのってどうしたら治ると思いますか」



数学教師は少し驚いたような表情で俺を見る。
それからにやにやと気味の悪い――といっても俺はそうは感じなかった。けれど客観的にいうならそうなるだろう――笑みを浮かべた。何かをからかう時にするような表情。





「なんだ、お前、好きなヤツがいるのか」



「……はい?」





……好きなヤツ?
そんなものはいない。俺は数学拒絶症の悩みをそれとなく相談したにすぎない。
もちろんそれは熱に狂った理性のせいなのだが。

けれど数学教師は例の笑みを浮かべたまま、その症状は恋にしか聞こえないと言った。……嘘だろ。

そして彼はもう時間がないと呟きながら保健室を出ていった。結局、保健医に何の用があったのかわからない。
上手くいくといいなとか、早く良くなれよと去り際に言っていたが上手く言葉を返すことができなかった。





そして俺にはただ課題だけが残った。

数学拒絶症の正体がもしも恋であるとしたら俺は誰に恋をしているのか。まさか数学という人間ですらないものに恋しているわけもないだろう。
では数学と繋がりのある人間か。数学の授業の時間に関わりを持つ誰かか。
本当は最初から答えなんて出ていたのだ。ただ、認めるのが怖かっただけで。


「ただいまー」


メロンパンと焼きそばパンを手に、保健医が帰ってくる。


「答えは見付かったかな?」


まるでなにもかも知っていたような口調で笑いかけてくる。


「さあ」


そして俺は去り際に見た数学教師の表情を思い出して、少しだけ微笑んだ。
この先どうするかはわからないけれど、スッキリしたのは確かだ。どうしてかわからないけれど、あの人が好きなことはきっと確かだ。

来週の授業はもう少し頑張ろう。困った顔はあまり見たくない。

先のことなんてわからないけれど、他の誰でもないあの人が気付かせてくれた気持ちを無下に扱うことはきっとない。



だから……もう保健室に来ることも、なくなるだろう。











「男同士のヤり方でわからないことがあったら昼休みとか放課後に俺に聞いてごらん☆」

「ちょ……教師が何言ってんだよアンタ!」



うん……もしかしたら来るかもだけどさ。


   ‐エンド‐


あえてどちらが攻めかは決めませんが、私は年下攻めが好きだと主張しておきます



08.04.14 作成
08.04.16 UP



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