短編 | ナノ
お茶会の開き方
頭をぐりぐりと真っ白な紙にこすりつけていく。徐々に紙に何本もの線が生まれる。
――もうすぐ
もうすぐ、彼がやって来るだろう。
――もうすぐ
もうすぐ、僕を怒鳴りつけるだろう。
そう思った時だった。僕が背後からの攻撃に転倒したのは。
「またお前か」
相変わらず怒っている声。
期待しながら顔をあげた先にはやはり彼がいた。
お茶会の開き方
僕の名前は鉛(えん)。鉛筆をやっている。御主人の命令に従って、決められた文字を書くのが仕事だ。
とはいえ昨今ではその役目はシャーペンに奪われてばかりで、僕にはせいぜいマークシートを塗り潰すくらいしか仕事がない。存在意味がわからなくなりそうではあるが、僕はこの結果にそれなりに納得している。適材適所という言葉があるから。
きっと僕には適材というものが悲しいくらい少ないか、もしくはまだ見付かっていないのだろう。そう思っていた。
彼の名前は消次(しょうじ)。消しゴムをやっている。頼りない長男やちょっとおバカな次男を兄弟に持つせいか、いつも仕事に対して一生懸命な人だ。
僕の仕事は、今ではほとんどない。けれど彼はいつも忙しそうにあちこちへ走り回っている。そうした彼の様子を見るとうらやましくもあり、何故だか幸せだった。
さて、そろそろ人物紹介は止めるとしよう。僕は現在、頭一つ分小さな彼にお説教されているところだった。
「お前は何度言ったらわかる。無意味な落書きはやめろ。俺だって忙しいんだ。それをお前は毎度毎度くだらない、字ですらない物をぐちゃぐちゃ……」
「まあ、せっかくいらっしゃったんですからお茶でも飲んでいってください」
「そんなことで許されると思ったら……」
大間違いだ、と続く前に、先刻買っておいたケーキを出す。彼は「少しだけだからな」と怒りながらも椅子に座る。
カップには紅茶を、白い皿にはショートケーキを。それから小さなフォークを2つ。
向かいに座った彼をちらりと見上げながら紅茶を口に含む。彼はまあまあだなと呟いたけれど、僕はそれが彼にとっての「美味しい」だということを知っていた。
こうしたお茶会を僕たちは何度も繰り返している。僕が『落書き』をして、彼が飛んで来て、彼がそれを消して、僕が彼をお茶に誘う。
他愛のないおしゃべりをし、やがて彼は「もうするなよ」と残して帰っていく。
僕はこのお茶会を、頻繁過ぎないように気をつけながら、開く。いつ開くべきか考えながら。彼が許してくれる頻度を考える。
「もう、するなよ」
彼が立ち上がった。僕はどうしたら彼を引き止めることができるか考えて、諦める。それからいつものように「身体に気をつけて」と返した。
白状しよう。いや、するまでもないだろう。
僕は彼が好きだ。憧れている。……そして、それ以上の感情を持て余している。
けれどその想いを伝える気はない。いや、なかった。
最初はそれこそ見ているだけで良かった。なのにいつの間にか関わりを持ちたいと思い始めた。
いつの間にか、お茶会の回数が増えていた。
そろそろ潮時かもしれない。
僕は彼に想いを伝えて、すべてを終わらせようと考えていた。
「またテメーか」
現れた彼はやはり怒っていた。けれど僕の表情がいつもと違うことに気付いたらしく、少し居心地の悪そうな顔をした。
「以前、『どうしてこんなことをするんだ』って貴方はおっしゃりましたよね」
僕は彼の顔を見ずに言った。
そう、昔彼は言った。あの時の僕は何も答えられずただ曖昧に微笑んだっけ。
だから、今、
「こうでもしないと、貴方に会えないから」
真っ白い紙には、『貴方が好きです』と愛の言葉がいて、彼が消してくれるのを待っていた。
消してくれればいい。この思いも、何もかも。
けれど彼は何も言わなかった。不安になって顔を覗き込む。
……林檎のような赤が、そこにはあった。
「……あの、」
「………か」
「え?」
「馬鹿か、って言った!」
彼は顔を赤らめていた。怒っているからだろうか。きっとそうに違いない。
けれど、彼は顔を真っ赤に染めたまま僕を睨んで、
「……別に、そんなことしなくたって、来るに決まってるだろ」
その日、僕にこの上ない幸せが訪れた。
‐END‐
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