彼はそれを愛と言った | ナノ
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「残念ながら俺は君みたいな子は趣味じゃないんだけど」
「………キヨから退け」
思いの外低い声と、懐かしい呼び名。
まさかと黒川を退かしてドアを見る。
……悪夢の続きが、そこにはいた。
「………高里」
「何?君喜代史君の彼氏?」
「かっ…!?
「そうです。だから退け」
曽村高里。
今度こそ夢ではない。ギリギリと痛む胃がそう訴える。
同時に感じた懐かしさは、やはり彼を恐怖だけの存在ではないと語っていた。
「恋人のいる子に手を出すような野暮じゃないよ」
黒川はそう微笑むと喜代史から離れ、高里へ近づく。
チャリ、という音がすると高里の手の平に鍵が乗る。
「ごゆっくり」
――ガラッ
こうして、保健室には二人だけが取り残された。
※ ※ ※
「……」
沈黙が、重い。
何となくベッドから立ち上がる気がせず、座り込んだままシーツを握りしめる。
高里は夢で見たよりほんの少し幼く、大人だった。
「………キヨ」
想像より優しい声が自分を呼ぶ。
「……」
久しぶり、とでも続けばただの幼なじみだった。
けれど、次の瞬間、喜代史の頬に彼の拳がとんだ。
「……っ」
「僕が来なかったら、どうなってたと思う?」
楽しそうに弾んだ声で、だけど表情はとても曇っていて、
泣くのかと、思った。
「僕が居なかった間、」
幸せだった?
首を振る。
「そう」
前髪を掴まれ、無理矢理上を向かされる。髪は勿論、殴られた頬も痛み、顔をしかめた途端荒々しいキスをされた。
唇に噛み付かれたと錯覚しそうな、それとも何年も会わなかった恋人にでもするような、酷いのか優しいのかすらよくわからなくなるキス。
「………っ……」
「キヨ……喜代史…」
確かめるように何度も名前を呼ばれ、舌を絡ませ、時折優しげに髪を撫でる。
まるで愛でも囁かれそうだと思ったら、唇が離れる。
そのままベッドに押し倒され、ぐるりと逆転した世界が高里でいっぱいになる。
自分より小柄な高里が腹のあたりに乗っているのは何とも奇妙で、押し退けようと腕を動かしかけるが何故か体に力が入らない。
……高里だから、か?
これもトラウマの一つなのだろうか。
けれど恐怖とは少し違う。ならば幼なじみへの友情か。はたまた同情か。それも違う気がする。
そして高里は呪いを発動させる言葉を紡いだ。
「好きだよ、キヨ」
上辺だけではない、辛そうなその振り絞った声が、いつだって喜代史の自由を奪った。
数年前も。そして今も。
「会いたかった」
その言葉に嘘がないから。だから逃げられなくなるのだ。
たとえどんな酷い目に遭っても。
それこそが彼のすり込みという名のトラウマ。
再び重なる唇に自然と目が閉じた。
長い長いキスが終わると、漸く高里が喜代史から離れた。
「………今日転校して来たんだ」
高里は機嫌良さそうに微笑んでいる。
「本当は一番に会いに行きたかったんだけど、忘れられてたらどうしよう、って」
「………忘れる訳ないだろ」
悪夢で見るのだから、とは口に出さない。
「そう」
高里が嬉しそうに微笑んだから、何故だか何もかもどうでもいいと思えた。
――キーンコーンカーン…
昼休みの終了を告げるチャイムに、喜代史は慌てて保健室を飛び出した。
………それにしても、高里は何でキスなんてしたのだろうか?
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