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その苦さは、(銀土) [ 25/196 ]
もしも自分が女だったらあの男は他の女たちにするように死んだ目を輝かせて他の女たちに言うのと同じことを言うのだろうか。
くだらないことを考えた。
とても、とてもくだらないことを。
その苦さは、
2月14日。
顔なじみやそうでない女たちに幾つかの包みを押し付けるように渡され、さて、どうしたものかと考える。
このままそれを屯所へ持って帰れば近藤が泣くだろう。ただでさえ志村妙のところへ「チョコレートを貰ってくる」と出掛けていった後だから泣いているに違いないのに。
そうするとまた沖田が悪ノリして責めてくるに違いない。ああ、考えるだけで億劫だ。
ならば帰る前に食べてしまえばいいのかもしれないが、どう考えても食べられる量ではない。
「おっや〜副長さんじゃない。モテモテですこと」
投げ掛けられた声に、振り返る。
案の定というか何というかそこには銀髪の男が立っていた。
「そっちもな」
「ん?これ?」
紙袋を持ち上げながら男は肩をすくめる。
「酢昆布に納豆に、チョコレートから出来た筈の可哀相な黒い塊、ですけど」
「よし、その塊だけ寄越せ」
ひょいと紙袋を引ったくると中からそれらしき包みを取り出す。代わりに自分が持っていたチョコレートたちを渡せば銀髪は嬉しそうに顔を綻ばせた。
ああ、甘いものが好きって言ってたな。
そういえば糖尿病予備軍だとも聞いた気がするが……まあ、俺には関係ない。
「……俺が女なら惚れてるね」
「何で男が女にやるんだよ。逆だろうが」
「あっそーか。じゃ、土方クンが女だったら惚れてたね。無理矢理孕ませてでも嫁にもらったね」
「……お前今のは○ャンプの主人公としてどうかと思うぞ」
「そう?」
そんな会話を続けながら、銀髪は綺麗に施された包装を豪快に破いていく。
呆れるほど、豪快に。
「んまい」
「そうかよかったな」
なんとなく離れる気がしなくて、隣でそれを眺める。
この男のことだから、きっと事前に沢山の女にチョコレートを寄越せと言っていたのだろう。
……まともなものがなかったのはわざとか、天然なのかはわからないが。
それでも知り合いには言ったに違いない。だから、もしも俺が女だったら……
馬鹿らしい。
とても馬鹿らしいが想像してしまった。
きっとチョコレートなんて有り触れたものを渡す筈がない。
だって、きっと、同じ言葉を何人にも言うのだから。
「くだらねぇ」
「ん?」
ああ、待てよ。チョコレートはチョコレートでも、とびきり苦いチョコレートを渡すかもしれない。
その表情が歪むのを、きっと笑いながら眺めている。
でも、
もしも女だったらとか、そんなことを考えるということは、
(惚れてる?)
(俺が、こいつに?)
(まさか)
くだらない
くだらない
ふいに吸い込んだ煙草の煙はやはり苦くて、きっとそれは女の自分が銀髪に渡すであろうチョコレートの苦味。
男である自分には渡せないチョコレートの苦味。
‐END‐
「あ、チョコレートくれよ」
「今やっただろうが」
「土方クンから欲しいんです」
「生憎、持ってない」
「ちぇー」
(お互いがお互いの想いに気付くのはいつのことか)
08.02.24
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