01 | ナノ



全てがいつも突然だった。

(あれ)

いつものように友人たちと話していて、新堂舜はふと気がついた。
一番奥の窓側の席で頬杖をついている小柄な存在。ただ窓の外の景色を見つめているだけで、人のいるところに近づこうともしない雰囲気を漂わせている黒髪の少女。
新学年になってから一週間経った。初めてその存在に気がついたものの、舜は彼女の名前を記憶していなかった。

「ねぇ」
「なぁにー?」
「そこの子、なんて子?」

近くにいたライトブラウンの髪の女子に問うてみる。
すると彼女はチラリとそちらを見て、ああ、と思いだしように頷いた。

「榊森。榊森愛だよ知らないの?」
「・・・めご?どんな字書くの」
「愛。愛って書いて『めご』って読むの。変わってるよねぇ」

変わってるのは名前だけじゃないけど、と彼女はクスクス笑った。

「いっつもああやって外見てるだけ。あたし1年の時おんなじクラスだったんだけど、友達いないみたいだよ。
 それってガッコ来てる意味なくなぁい?ねぇ舜」

にっこり笑って覗きこんでくる彼女に、舜も微笑んで礼を言った。
甘えた目で舜の手に触れて、でも舜は拒むことはなくそっと握り返してやると、彼女は照れたように髪を指に絡ませた。
馬鹿な女。
心の中で冷笑して、舜はもう一度窓際の黒を見つめた。
身を包むような長い黒髪に、まっすぐな視線の黒曜石みたいな瞳。
黒は日本人が多く持つ色であるが、舜の目には榊森愛の『黒』は世界でたった独りだけ。そんな風に映った。
気が付けば舜は席を立っていた。

「え、ちょっと舜?!」

後ろで聞こえる複数のざわめきは聞こえないふりをして、舜は愛を覗きこんで。
あ、やっぱキレイな目。反射的にそう思ってから、舜は微笑んだ。

「こんにちは」

ごく普通なその言葉は、その状況には驚くほど不釣り合いだった。
愛は舜をじっと見つめて、少し黙してから、

「・・・コンニチハ」

これまた驚くような棒読みでそう言い放った。
舜はそれに怒ることもなく、嫌な顔一つせずに言葉を続けた。

「ねぇこっち来て喋んない?楽しいよ、外なんか見ててもつまんなくない?ね、榊森サン」

そう言い終わったと同時に、愛は突然席を立った。
イスが奏でる不協和音に、舜は目を丸くする。
そんな舜に向かって、鋭い黒曜石を鋭利な輝きを向け、愛はぴしゃりと言い放った。


「断る。そんな冷めた目の人間と何を話せと」


彼女は呆然としている舜の横を通り、颯爽と教室から出て行った。
そこに取り残されたのは唖然とした舜とクラスメートだけだった。









「・・・ということがあったんですよー」

言い終わらぬうちに舜はベッドにダイブした。ただし、その所有者は舜ではない。
スプリングをギシギシ鳴かせてベッドの上を転げまわる彼の様子を横目で見て、黒髪の男はため息をついた。

「報告が終わったらさっさと出てけ」
「相変わらず冷たいね恵くんはー。いいじゃん、俺どうせ帰っても一人で寂しいんだもん」

枕を抱いてこてん、と首をかしげて笑う舜に、葵恵介は黙ってベッドの隅に腰掛けた。
ペットボトルの開く、ぷしゅ、という音が部屋の空気に浸透していく。
すん、と鼻を利かせると、どこか儚い匂いがした。
舜はほんの少し目を細めて、枕に顔をうずめた。ここに存在している、という匂いがした。

「もうほんっと爆笑!言われたの2回目だったからすっげぇデジャヴだと思ったー」

ねぇ恵介くん?顔をあげてクスクス笑うと、当の本人は黙ってペットボトルに口をつけた。

「さぁてどうしようかなぁ」
「・・・何するか知らねぇけどほどほどにしとけよ」

あきれた声に、心外だという顔をして舜は首をかしげた。

「今までの俺を信用してよー、別になんもしないってば」
「今までのお前が信用できないから言ってるんだろが」

えぇー、と舜は怪しく笑った。恵介はこの笑みの意味を知って、もうずいぶん経った。
この笑みは舜にとって『面白い玩具を見つけた』という意味を含んでいる。
その時の彼はすごく楽しそうで、純粋に嬉しそうだった。
本人に自覚がないところが余計にタチの悪さを濃くしていく。
もう一度深いため息をつく恵介を余所に、舜はあの黒のクラスメートのことを考えていた。
まっくろな、あの髪と瞳。それが頭からちらついて離れない。
漆黒や蝋色、墨色でもないあの鮮やかな黒。黒が綺麗だと感じたのは初めてだった。
舜は目を伏せた。整った顔だちに柔らかい黒が落ちる。

「榊森、愛かぁ」

ぼそりと呟いて、舜はまた悪戯っ子の目で空を描いた。
口角が上がった唇で、吐き捨てるように、言葉を消し去るかのように。

「やっぱ変な名前」

ギシリ、と軋んだスプリングが返事をしたように聴こえた。






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