体温





「す、好きです!!付き合って下さい!!」
勢いでそうまくしたてて、先輩の目をすがるようにじっと見つめた。
顔が焼けるように熱い。心臓が熱くなって振動数も増す。
でも目はそらさない。先輩、先輩、祈彩先輩。好きなんだ、ずっとずっと好きだったんだ。
しばらくして、驚いていた先輩は、花が綻ぶように微笑んだ。
え、何その笑み。
もしかしなくてもコレは良い返事が返ってくるんじゃないか・・・・・?!
先輩は微笑したまま、迷いのない声で言った。
「ゴメンね、三科くん」
ぴしり。何かが固まる音がした。何か?いや、俺だ。ゴメンネ?それは、一体どういう意味、なの。
「あたし、好きな人いるの」
・・・・三科颯人、16歳。
ちょうど今、失恋しました。



「え?オマエ祈彩ちゃんに告ったの?」
「だからさっきからそう言ってるじゃないですか!!!」
牙をむいて声を張り上げると、舜さんはけらけら笑った。
ごめんごめん、と言ってるけど嘘だ。絶対悪いと思ってない。
「いやぁー、まさか告るとは思ってなかったからさー、びっくりしたぁ」
「俺は本気なんですー!!!本気で好きなんですー!!!」
「振られたのに現在進行形〜」
舜さんは可笑しそうにまた笑った。
現在進行形。その言葉が的を射ていて、俺は何も言い返せなかった。

祈彩先輩と出会ったのは今のバイト先、某ドーナツ店だった。
俺より先に働いていた先輩に、俺は一瞬で一目惚れした。
ふわふわな髪。長い睫毛。天使みたいな(比喩が恥ずかしいけど)笑顔。
それから先輩と接していくうちに、内面もどんどん知っていって。
優しくて、可愛くて、それでいて頼れる先輩。俺のミスを庇ってくれたこともあった。
けれど、その度に悔しくなった。庇われるだけの自分は嫌になった。先輩を守りたい、ってほんとにそう思った。
そんな俺の片思いを応援してくれたのは舜さんで。
新堂舜さん。舜さんは祈彩先輩と同い年で同じ学校の、俺のバイト先での先輩。
まぁでも応援、っていうか何ていうか。人の協力はあんまりしない人なんだけど。
でも、やっぱり頼りになる俺の先輩。

「つか振ってくれた方が俺的に安心なんだけどね?」
「・・・・・・・・」
「違うって、俺別に男興味ないしその前にお前にも興味ないから、自分狙われてる、とかゆー痛い自意識は止めようね三科くん」
3歩分くらい舜さんと距離をとると、舜さんはそう言って手招きした。
舜さんならしかねないでしょ・・・。俺はその通りにして、元の距離を保つ。
「じゃあどういう意味ですか」
「あれ?俺言ったよね?」
「何を?」
「祈彩ちゃん、彼氏いるよ?」
ぴしり。本日2回目の音。音の発信源はやっぱり俺。
カレシ?その意味はわかる。
つまり先輩にはお付き合いをしている人がいて、だから俺の告白を断って。
あぁ、あの『好きな人』はつまり彼氏のことを指しているのか。納得。じゃない!!
「納得できません!!舜さんはそれ知ってて何で俺に言ってくれなかったんですかっ」
「言ったよー、俺の友達が祈彩ちゃんの彼氏だけどオマエそれでいいの、って」
「嘘だ・・・!!」
力のこもった声でそう言うと、舜さんはにーっこり笑った。
あ、やばい。この笑顔はやばい。そう思うより早く舜さんの口が開いた。
「あれ?振られたからって八つ当たりすんの俺に。つか彼氏いるって知ってたら、って口ぶりだけど、それ知ってたら諦められる程度の思いだった訳?」
言葉を失った。舜さんは正論を言っただけなのに。
俺に内側から湧き出てきた不満は、みるみるしぼんでいった。
「・・・すみませんでした」
「慰謝料は身体で払えよ?」
その言葉にばっと顔を上げると、舜さんはいつもの笑みに戻っていた。
「嘘嘘ジョーダン。三科、今お前すっごい顔してるよ」
舜さんは腹を抱えてククク、と笑った。ホントこの人外道だ。悪魔だ。
冗談に聞こえないんだってばそーゆーの・・・。勘弁してよ・・・。
「まぁすぐに次の恋なんてやってくるでしょー」
元気出せよ、と肩をぽん、と優しく叩かれる。
「・・・普段優しくない人に優しくされると余計悲しくなるんですけど」
「言ってくれるね三科ぁ?次に恋しても協力してやんないから」
「もう恋なんてしません!!」
「なんてー言わないよ絶対〜、だっけ?」
そんな会話を繰り広げていると、あっというまに休憩が終わった。
祈彩先輩に会うためにこのバイトを続けてきたけど、振られた今、それはもうバイトの動機にはならない。
それでも金は必要だし、このバイトも慣れてきたし、振られたから辞めるなんてカッコ悪いし。
だからバイトは続けようと思った。でも、そう考えると今まで通り祈彩先輩に会うってことで。
苦痛だ、と思った。
さっきまでは会うたびに幸せになれたのに、振られたらもうそんなこともできないんだ。
恋って複雑だ。
ステータスを上げるには、どれくらいの恋が必要なんだろう。
「三科ー、カウンター任せたー」
はぁい、と短い返事をして、俺は制服の襟を整えた。
カウンターに出ると、ちょうど祈彩先輩が更衣室に入っていくのが見えた。
俺は思わず凝視してしまったけれど、先輩はちらりともこっちを見ない。
悔しい。意識さえしてもらえないだなんて。
くそぉ。そう呟くと、店長に頭をはたかれた。ああもうヤダ。ほんと今日は良いことない。
結局朝のニュースの占いなんてアテにならないんだなぁ、なんて今更なことを考えていると。
「あの、」
軽いソプラノが聞こえた。そちらを見ると、客とおぼしき女の子が立っていた。
俺と同い年くらいの、ショートボブの女の子。
慌てて俺は接客スマイルを顔に張り付けて、いらっしゃいませ、と言った。
笑顔がひきつってるような気がする。ついでに、店長の殺気も背中にブスブス刺さってるような気もする。ほんと今日は厄日だ。
「お持ち帰りでしょうか」
「あ・・・・、はい」
「ご注文はお決まりでしょうか」
お決まりの文句でそう問うと、女の子は小さな、ほんとに小さな声で。フレンチクル―ラ―ひとつ。そう言った。
俺はそれを反復して、トレーに品を乗せた。そしてしばらくの沈黙。
え?一個だけ?
「・・・・以上、でよろしいですか?」
「・・・・・はい」
ちゃりん、と出されたのはちょうど一個分のお金。
店内で食べる人は一個だけ、ってのは結構ある。でも、持ち帰りで一個だけ、なんて初めて見た。
でも、一個だけ食べたいときもない訳でもないなぁ。
「では、こちらフレンチクル―ラ―です」
そう言って彼女に紙袋を渡す瞬間。
ぴた。
俺の中指と彼女の人差し指が、ほんの少し触れ合った。
そのとき、刺すような冷たさが身体を走った。
思わず顔をしかめる。つめ、たい。
それに気づいた彼女は、はっとしたような顔をして。紙袋をひったくって店内から走って出て行った。
俺は呆然と見送って、自分の指に目を向けた。
火傷するかとおもった。まるでドライアイスのような冷たさだった。
きぃん、としたあの冷たさはまだ指先に残っていて。まるで、ひと肌のぬくもりを知らないかのような冷たい指。
ぼーっとしている俺に向けて店長が咳払いをした所為で、俺は我に返って仕事を再開した。
あの低温の女の子のことは、1時間もすると頭の隅の方へと追いやられていった。
その記憶の引き出しが開けられるのは、もう少し先の話。













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