荒廃



ーー『残ったお前らの方が酷い目に会わないとは、限らないんだぜ。』

あの時、灰崎君に言えなかった『好きです』。
あの時、灰崎君に言えなかった『僕の言葉』。
あの時の灰崎君の、なにかを伝えたそうな眼差し。
もしくは、何かを伝えて欲しそうな眼差しを、なんで僕は見逃してしまったのでしょう。
いえ、見逃した訳ではないんです。
どうして、見てみぬフリをしてしまったのでしょう。
今だから、灰崎君に言えるんです。
今だから、自信を持てているのです。
灰崎君。好きです。

あの出来事は確か、中学2年生の時でしたね。今でも思い出します。
黄瀬君と勝負をしてあげたり、暴力沙汰が多かったり、女の子と遊んでばかりだった灰崎君。
僕はずっとずっと、君を見ていたんですよ。気付いていましたか?
なんて、気付いている訳も無いですよね。だって僕は黒子テツヤなんですから。
あの時から、薄々察していたんですよね。灰崎君は。ああ見えて、とても聡明だったのですから。
青峰君が壊れてしまう事も、分かっていたんですよね?
紫原君があんな事をするのも、知っていたんですよね?
赤司君が二重人格である事も、気付いていたんですよね?
キセキの信じる物が、段々チームではなくなると、知っていたんですよね?
そうでなければあの一言を僕は、一体どう捉えれば良いんですか?
灰崎君の負け惜しみの様なものだったんですか?
そうではないと、僕は思うんです。
そうではないと、僕は願いたいんです。
だって、…。ああ、話がそれてしまいましたね。
僕が灰崎君の事を、なんとはなしに意識し始めたのはあの出来事からでした。
きっと、君は最初僕の事を『弱そうな奴』『ショボい奴』と思ったでしょうね。
だって、君はとても黄瀬君に似ていますから。
君や、黄瀬君に言うとそれを否定しますが、僕はとても似ていると思います。思っていました、の方がいいですかね?
それは恋を意識するにはあまりに小さな。
でも、君を意識するにはあまりに大きな。
廊下でぶつかった、程度のことでしたね。
灰崎君、君は人とぶつかる事は、精神的にも物理的にもよくあったのでしょう。
だからあのとき、僕の事を意に介す事も無かったのでしょう。
でもね、僕はあの時確かに名前を呼んでくれた事が、なにより嬉しかったんですよ。

『いってぇな…黒子!前見て歩けよ!』
『あ、はい…。すいません、灰崎君。』

あの時ふわりと香った君の、ほんのわずかな思いに、なんで僕は気付いてしまったのでしょう。なんで僕はそれからそれに気付かない振りを始めてしまったのでしょう。
それから少しして、なんで、なんで。僕は。
君を、止める事が出来なかったのでしょう。

あれから、体育館に戻ると「お前にどうにも出来ないのなら」と皆は言ってくれました。
それでも、君を繋ぎ止められない事に、僕は一定の自責の念を抱いていました。
いえ、自責の念、なんて、偉そうなものではないですね。君を思う気持ちが、痛みました。それから、廊下ですれ違う事はあれど、会話らしい会話は、全くなかったですね。今思い出すと、灰崎君ともうすこしだけ、話をした方がよかったんじゃないかと、僕の中の何かが言うんです。それこそ、廊下でぶつかったりする事もありました。でも、灰崎君は舌打ちをしてそのままイライラした様子で他の所へ行ってしまうのです。灰崎君を思う事が、人を思う事が、こんなに苦しいと、誰が知っていたでしょうか。それでも僕は、灰崎君を選んだ事、微塵も後悔していないんです。


キィッ……と、古びたドアの軋む音がする。

「……黒子。」
「お久しぶりです、灰崎君。」

ミシミシと歩く度に不安げに叫ぶ床の声を無視しながら、黒子は灰崎のいる前方へと進んでいく。

「こんな場所を指定してしまって、すいません。灰崎君が、冬休みこちらへ戻ってきていると聞いたものですから。」
「ああ……。なんの、用だよ。」

灰崎は当時と変わらぬ、いらだちを抑えきれない様子で黒子を急かす。久々に東京の女を引っ掛けて遊ぼうと思ったのに、男に呼び出されたのでは苛立つのも当たり前だろう。
バタン、と一段と大きな音がして扉が閉まった。

「では、手短かに済ませましょうか。」

一度、二度。黒子が大きく息を吸った。もうひとつ、間を置いてから。黒子は口を開いた。

「中学時代の君は、いい、匂いがしました。ふわっとした、優しい、匂いが。」
「……は?」

灰崎は黒子の意図が読めず、素っ頓狂な声を出す。黒子はそれをさして気にする事もなく話を続けた。

「僕の好きな匂いでした。中学の頃の君は、僕に優しい思いを抱いていた。君の思いが、そのまま香りになったような匂いでした。優しくて、暖かくて、眩しくて。まるで、光でした。」

光、という単語に、灰崎は少しにやりとする。黒子は影、青峰という男は光と、灰崎の出身中のバスケ部ではよく言われていたものだ、言い出したのは誰だったかな。
緑間?赤司?そんな事はどうでもいいと重心にしていた足を入れ替えると、灰崎は先を急かした。

「君の存在は、まさにキセキでした。でも、君はきっと、開く事が怖かった。キセキの世代という一括りとして見られるのが、怖かった。他の皆が気付かない事に、君は聡く気付く。何故なら君は。」

「僕に、恋する、少年だから。」

そう呟いた黒子の顔は、いつになく明るかった。
そして、灰崎も全てを察したと言う様子で、自嘲的に笑った。
灰崎の胸に飛び込み、久々に灰崎の匂いを肺いっぱいに詰め込んだ黒子は、灰崎に囁いた。

別の男の匂いが、します。




灰崎は自分が好きなのだ、と思い込み高校生になってしまった黒子と、それから逃げる様に静岡に行った灰崎の話。
黒子の語り口は元々淡々としているので、異常であることに気づかれない、でも最後のシーンのおかしな世界が今までの黒子を崩して行く、という構成で書きたかったのですが見事に玉砕されました。






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