陽泉高校の冬。



「うっわ…さむ…」
「そうか。敦は雪、初めてだっけ。」
「うん。アッチでもちょっとは降ったけど…。こっちはとんでもないねー。」

季節は冬。ここ、秋田にある陽泉高校でも、さも当然の様に雪が降り積もる。
特に今までストーブの焚かれていなかったロッカールーム内は外気によりキンキンに冷えていて、寒さに慣れているはずの岡村でさえむっと顔をしかめる程の寒さなのだから、去年まで関東に住んでいた紫原敦が寒いと感じるのは当たり前の事のはずなのに、福井健介は紫原の呟きに『これだから関東の人間は…』と溜息をついた。
よくよく考えるとこれがもはや冬の日常となって居るのは陽泉高校バスケ部スタメンの中でも二人だけで、それがこのチームの異質さを具現化していた。
アメリカ帰りの帰国子女。
中国からの留学生。
そして。

「キセキの世代センター…ねぇ…。」
「んー?どったの福ちん。」
「いんや?なんでもねーけど。」

そう言った数瞬後に岡村に声をかけている福井の様子を見て、紫原は『変なのー』と首を傾げた。

「そういえば、アツシ。」

福井の言葉の真意が分からないまま着替えを進めて行くと、一つ上の先輩である、氷室辰也が声をかけていた。
氷室とは、氷室が転校して来て以来色々よくしてもらっている先輩であることもあり、先輩後輩の仲は良好だ。

「んんー?なに室ちん。」
「外、雪沢山積もってたよね。後で遊ばないかい?」
「えー?室ちん、子供みたいだしー。」

にへら、と力の抜けた笑みで氷室に笑いかけると、『普段はアツシの方がよっぽど子供っぽいんだけどね』と氷室も苦笑を返し、それから先程の言葉の続きを返して来た。

「かまくらとか作って、そこでお餅とか食べたいと思ってるんだ。日本ではこうするんだろう?」
「んーそれはわかんないけど、確かにアニメとかでよくみるかもー。」
「どうせなら七輪…は無理だろうから、せめてカセットコンロでやりたいな。」
「わかるー。ロマンってやつだしー。」

氷室と紫原がそうしてかまくらに思いを馳せている時に、岡村が二人に声をかけた。

「悪いが、今の雪じゃそりゃ無理じゃ。」
「え?なんでー?」

残念そうな声を出されても、と岡村は困った顔をするが、福井が直ぐさま理由を説明した。

「今の雪は湿雪っつって、融けやすい雪だからだよ。それに、お前らみてえな大男が入れる程のかまくら作るって、どれ位時間かかると思ってんだ。」
「…仰る通りです…。」
「アゴリラ、秋田住んでるならこれくらいすぐ説明できないでどうするアル。モチロン、私ちゃんと分かってたアル。」
「ほらな、モミアゴリラ。」
「なんで!?」

いつも通りの扱いに岡村はそう嘆くが、『まぁまぁ、そう泣かないで動物園帰りなよ』と紫原に言われると、ロッカーに額を預け『悲しい』というオーラを醸し出していた。

「まぁ、かまくらは無理だが…。雪合戦なら出来るぞ。」

劉、氷室、紫原、岡村、そして、ロッカールームの前で待っている監督の目つきをもが変わる。
陽泉高校男子バスケットボール部雪合戦の開幕である。


「チームはこれでいいな。」
「なんで雅子ちんまでいるの。」
「監督と呼べ。」

氷室、劉、福井で1チーム。
紫原、岡村、監督で1チーム。
監督が試行錯誤した結果のチーム割りだ。

「先に相手を全員倒したチームの勝ち!10分経って決着のつかない場合は多く残っている方の勝利!3セット勝負!」

3、2、1。監督のかけたアラームが勢いよく鳴り、雪合戦の開始を告げた。

「とりあえず、先制は頂きだね。」

氷室はそう言いながら、雪で作った防壁の中からお得意の『陽炎のシュート』を放った。

「そんなん、捻り潰すし。」

紫原は氷室の放った雪玉を意に介す事もなく、右手で受け止めた。そのまま、岡村から渡されるがままに相手チームの防壁の中に雪玉を放ち続けた。
そして。

「…参った。」

第1セットは、あっけなく幕を閉じた。

「皆弱過ぎだしー。」
「…お前が最強なんじゃい。」
「えー?勝ったからいいしー。」

監督も、勝った事自体は嬉しいが、これではスポーツマンシップに反する。つまり、フェアではない。
そういった気持ちから、ルールの追加を提案した。

「ハンディキャップ、ですか?」
「ああ。紫原は立って攻撃する事を禁止する。膝立ちまで、だからな。」
「えー…。分かったしぃー。」

紫原にかけるハンデに了承を貰うと、直ぐさま第2セットが開始された。

「雪玉こしらえるしー。」
「岡村、お前が行け。」

監督に指示された岡村は、紫原から雪玉を受け取り、相手の防壁の中へ投げ続けた。しかし岡村では上手く加減が出来ないのか、相手陣営を大きく飛び越える雪玉ばかりだ。

「下手だな!もっと上手く投げろ!」
「頑張ってます…。」

刹那。紫原から雪玉を受け取り損ねた一瞬。氷室が放ったであろう雪玉が岡村に命中する。
更に向こうからの攻撃はやむ事を知らず、応戦の結果劉を倒すも第2セットは氷室のチームの勝利となった。
そして、運命の第3セット。

膝立ちの紫原と岡村、そして監督も積極的に雪玉を投げ続けた。
対して向こうも小柄な福井が雪玉を作り、氷室と劉が打ち続けると言う見事な連携で、残り時間30秒、残り人数お互い1人ずつ、という状況になっていた。

「紫原…頑張れよ…。」
「氷室、任せた!」

陽泉Wエースと呼ばれる二人が、こういった形で戦う事になるとは一体誰が想像したであろうか。数秒、お互いの手の内を探る様にどちらも動かない。
やがて氷室がジャンプシュートの要領で雪玉を放る。そして紫原も氷室の脇腹めがけ雪玉を放りーー。
勝負は、ついた。

「いえーい。」
「よくやった!」
「…まけたよ、アツシ。」

まるで全国大会を勝ち抜いたときの様に、3人は喜び、3人は悔しそうに、でも、どこか清々しい顔をしていた。


「ふはー…あったまるぅー。」
「雪遊びした後のおしるこは格別だね。」
「うんー美味しいしー。」
「疲れたけど、楽しかったよなー。」
「ゴリラ、活躍してなかったアル。」
「酷い!」
「明日にはまた練習だからな、お前ら。」

その後部室に戻った6人は、監督お手製のおしるこで一息ついていた。
紫原敦、16の冬。こんなに楽しく、充実した冬ははじめてかも知れないと、おしるこを飲みながらどこか暖かい気持ちに浸っていた。




私も東北住みではありますが、太平洋側と日本海側では雪の量も寒さも桁違いに違いますね。
冬の秋田や青森、山形の映像をニュースで見る度寒そうと思いながら家の前の雪かきをしています。
雪合戦をするスタメンと、子供みたいにそれに混じる雅子ちゃんはかわいいなと思いながら書いていました。






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