イザークとキラ



 カツンとタラップを踏み、キラはプラントに降り立った。
 さすがは首都アプリリウスの宙港だ。人が多い。
 その分ほかのプラントより警戒も厳重なんだろうなと考えながら、キラはサングラス越しに辺りを見回した。と、こちらに手を振る淡い金髪の男を見つける。
「──ディアッカ!」
「よ、久しぶり」
 色黒の肌に白い歯が映える、私服姿のディアッカだ。彼にはキラの迎えと、もうひとつあることを頼んだ。
「ごめんね、急に無理言って。僕、プラントに知り合いあまりいないし。彼に一番近い人って君しか知らなかったから」
「いや、俺もその件はどうすっかなーって思ってたとこだったし。ちょうどよかったわ」
 ふたりは人の流れに乗りながら駐車場へ向かう。
「お前、サングラスなんてすんだな。そんなイメージなかったけど」
「あー……似合わないかな? これでもアスランよりはマシだと思ってるんだけど。こっちには僕の顔とプロフィールの両方を知ってる人ってそういないと思うけど、これから会いに行く相手の立場が立場だし、一応念のためにね」
 そんな会話を交わしながらエレカに乗り込む。ディアッカの運転でエレカはスムーズに走り出した。
 流れる景色を眺め、キラは呟く。
「僕、こんなふうにプラントの街を見るの、初めてなんだ」
 そもそも普通の手段でプラントに来たことがなかった。
「ああ、そうだっけ」
「うん」
 オーブと変わらない光景が、そこにはあった。
 道行く人々。家族連れ、友人同士、カップル。いろんな人の笑顔がある。
 宇宙ソラに咲く、命の輝き。
 ただの学生だった頃には気づかなかったもの、知らなかったもの。
「──綺麗だね」
 なんて美しく、なんて尊い光景だろう。
「アスランも、ディアッカも、彼も、みんな……この光景を守るためにザフトにいるんだね」

 ──どうしてザフトになんか!

 かつて友に向けた言葉。あの頃は愚かにも何も知らず。
 この光景を守るため以外に、優しい幼なじみが軍に志願する理由があっただろうか。あるわけがないのだ。いつだって彼は誰かのために、何かを作り出すその手に何かを壊す銃を握って戦っていた。本当はみんな、そうであったはずなのに。
「……ああ。だから俺たちは、ザフトにいるんだ」
「うん……」
 そのまま目的地につくまで、ふたりは無言だった。


 広々としたなだらかな丘陵に冷たい石が列を連ねている。
 見渡すかぎりに広がる墓石。この数年の間にどれだけここに眠る人が出たのだろう。キラが殺めた人も、この中に──。
 意識がそちらに引きずられそうになってキラはかぶりを振った。間違えるな。今日の目的はそれじゃない。
 近くの花屋で買った百合の花束を手に、キラはディアッカに教えられた場所を目指す。ディアッカはキラを降ろすとドライブへ行ってしまった。頃合いを見て迎えに来てくれるらしい。
 入口から何列目に彼女の墓があるかをディアッカは教えてくれていたが、列を数えるまでもなかった。遠目にどことなく見覚えのある長身の人影が佇んでいるのが見えたのだ。
 あそこだ、と思わず駆け出しそうになる気持ちをこらえ、キラはゆっくりと彼のもとまで歩く。やわらかな草地を踏む音を聞きつけて、イザーク・ジュールが顔を上げた。
 こちらを向いたイザークの銀髪がさらりと揺れ、太陽の光を帯びてきらきらと輝く。整った怜悧な顔立ちに落ち着いた雰囲気。
 アスランってやっぱり面食いだよね。そんなことを思った。
「……こうしてあなたと直接会うのは初めてかな。キラ・ヤマトです」
「……イザーク・ジュールだ」
 お互い名乗りはすれど、手を差し出すことはしない。キラは腕に抱えた花束を示した。
「先に花、いいかな?」
「……ああ」
 イザークが脇に避ける。彼が立っていた墓の前にキラは膝をつき、そっと百合の花束を供えた。
「……来るのが遅くなって……ごめんね、レノアおばさん。今度は必ず……母さんも連れてくるから」
 待ち合わせ場所に選んだのはレノアの墓所だった。
 彼女の死を知ってもう六年は過ぎる。だのに一度として墓を参ったことはなかった。彼女の友人だった母もずいぶんと気にしていたが、プラントが一般のナチュラルの入国を受け入れるようになるにはまだ幾許かの時間が必要だろう。
 ついでで申し訳ないけれど、今回は墓を参るにいい機会だと思ったのだ。キラ自身、次の機会がいつになるかわからない。それに、いまから話すことは彼女にも縁ある人のことだから。
 静かに祈りを捧げ、立ち上がる。そして、キラは真正面からイザークと向き合った。
「貴重な休日にごめんね。でもどうしてもあなたに確かめたいことがあって。だからプラントまで来たんだ。本当は、まだプラントの地を踏むつもりなかったんだけど」
 その意思を曲げてでもイザークと直接会って話したかった。
「それで、わざわざプラントに来てまで話したかったこととはなんだ?」
 イザークは不機嫌そうな仏頂面だった。
 無理もないと思う。キラはイザークに会って話がしたい旨をディアッカを通じて申し入れたけれど、どんな話かは伝えないように頼んだのだ。向こうも忙しいのに用件も言わずに会ってくれなんて、断られたとしても不思議ではないのに、それでも来てくれたことにひとまず安堵する。自分が彼に好かれていないことを知っていたので。
 きっとイザークもわかっているのだ。このふたりの間にプライベートで直接会ってまで話す話題なんて、たったひとつしかないことを。
「イザークさん、今度お見合いするんだってね」
「…………誰から聞いた」
 低く押し殺した声に、キラはふっと微笑む。
「アスランから」
 キラが出した双方ともによく耳に馴染む名前に、イザークは確かに息を呑んだ。
 傍目にはなんでもないように見えただろう。けれどキラにはイザークが動揺したとはっきりわかった。
「あなたはアスランのこと、どう思ってる?」
「どういう……意味だ」
 キラはレノアの墓に目を落とす。刻まれた墓碑銘──Zala。
「僕はアスランに幸せになってもらいたい。でも、アスランは幸せになっちゃいけないと思い込んでるんだよ」

 ──お前は、カガリの弟だから

 彼がそう言い淀んだとき、すぐにピンと来た。誰か想う人を見つけたのだ、と。素直に嬉しかった。でもキラがかつての恋人の弟であることを気にして言えないのだろう、とも。
 なんとも彼らしくて、そんな彼が愛しくて、相手が同性だというのには驚いたけど、ほかの誰かを見つけられたのなら応援しようと思った。それなのに。
「アスラン、結婚するつもりもないんだって。その血と名を残すことを誰も望まない、ザラだからって」
「ふざけるなッ!」
 静謐な墓地に怒声が響いた。
「あの馬鹿は、本気でそんなことを思っているのか!? ザラを忌避するのは大概が何も知らん連中だ! ……俺にも、連中にもあるはずの責任を忘れてすべてをザラだけに──遺されたアスランに押しつけただけの愚かな! 奴らが一体、アスラン・ザラの何を知っている!」
 薄氷の瞳が青い炎を宿して苛烈に揺らめく。迷いなく力強い声。
「誰も望まないだと!? なら俺が望んでやる! 受け止めてやる! その血も、名も、あいつの何もかもすべてを!」
 全身全霊の叫びをもって言い切ったイザークは、ハッと我に返って顔を逸らした。
 流れた髪の隙間から覗く白い頬はほんのり赤く。
 ──ああ、安堵する。
 幼なじみが惹かれた相手が、どうしてほかの誰でもなくこの人だったのか、その言葉だけでわかる。
「アスランはお父さんに捕われすぎてる。多分、一度解放されかけたときがあったみたいなんだけど……」
「……デュランダル議長か」
「知ってたんだ?」
「断片的にだがな」
 そう、とキラは頷く。
 ギルバート・デュランダル。詳しくは知らない。ただアスランが怪我で臥せっているときにぽつぽつと話したことから察するに、きっとデュランダルの言葉がアスランを父の呪縛から解き放ちかけていたのだと思う。少なくとも軽減はされていた。けれど結果として、アスランは裏切られた。そうして再び捕われた。再びの方が鎖は重い。
「僕の言葉じゃ、アスランには届かない。僕は一度……アスランを裏切ったから」
 僕だけじゃない。ラクスもカガリも、みんな少なからず彼を裏切ってしまった。
 彼ひとりを置き去りに。
 そのことについてアスランは何も言わなかった。おそらく意識していない。だけれども無意識では傷ついていた。

 ──イザークだけ・・は俺を裏切らないのに

 この言葉が何よりの証拠だろう。
「……あなたしかいないんだ。すぐには無理でも、いずれ必ずアスランを呪縛から解き放つことができるのは。あなたの言葉なら、きっと届く」
 イザーク、だけは。
 その言の葉に込められた、意味。向けられた全幅の信頼。
 本当だね。銀髪の彼だけは、決して君を裏切らない。
「それを確かめたかったんだ。あなたはアスランを託せる人かどうか。……本当は僕にそんな判断をつける資格、ないんだけどね」
「……なぜ、俺だった」
 キラは微笑った。
「あなたを誰にも渡したくないと、アスランが泣いたから」
 現実の涙でなくとも、アスランの心は確かに泣いていた。
「──……ッ」
 イザークの瞳が見開かれる。
「アスランを、お願い」
 一言告げてキラは踵を返す。引き止める声はなかった。
 勝手にばらしちゃってごめんねと、このプラントの空の下にいる親友に詫びる。
 イザークの言質を取ってはいないが、取るまでもなかった。クールな外見とは裏腹に意外とわかりやすい人だ。
 アスランをどう思っているかなんて、一目瞭然だった。
 まったく、アスランってば、君は見る目があるよ。
 負の遺産を背負わされた君の何もかもすべてを望む、受け止めてやる、なんて言葉、本当に君を想っていないと言えない。あの人、すごくかっこいいね。
 キラはそっと振り返る。
 視線の先で、イザークがレノアの墓前に膝を折った。何かを語りかけるように。
「……大丈夫。アスラン、君は幸せになってもいいんだ」
 恐れずに望んでいい。彼との未来を。



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