イザークとディアッカ



 その日は結局マティウスの本宅に泊まり、イザークは翌日、ザフト軍本部のあるアプリリウスに戻った。
「おかえり」
「……ああ」
 建物の入口で軽快な笑顔で出迎えたディアッカに頷き返し、警備兵に敬礼を返しながら中に入る。
「疲れた顔してんなー。エザリアさまになんか言われたか?」
「…………部屋で話す」
 むっつり答え、カッカッと小気味良いまでにリズミカルな靴音も高らかに、イザークはディアッカを引き連れて自身の執務室に入った。
 まっすぐ執務机に歩み寄って椅子に深く座るイザークを見ながら、ディアッカはコーヒーを注ぎに行く。
 部屋の主は紅茶党だが時間に余裕がないときはコーヒーも飲むし、執務室にはディアッカがよく出入りしているので気をきかせた隊の人間がサーブしておいてくれるのだ。
 コーヒーポットを掲げながらイザークを振り返る。
「お前も飲む?」
「いらん」
「なら紅茶入れるか? 俺はお前みたいにうまくないからティーバッグになるけど」
「結構だ」
「あっそ」
 ディアッカは自分のカップを持って執務机の前を横切り、長椅子に座った。
「そんで、エザリアさまはなんだって?」
 のんきな顔でコーヒーを飲む親友にため息をつきたくなりながらイザークは答える。
「見合いすることになった」
 グフッとくぐもった音がし、ディアッカがゲホゴホと咳込んだ。
「……ッ、見合いぃ!?」
 喉をなだめすかし、薄紫色の瞳をいっぱいに見開いて叫ぶ親友をギロリと睨みつける。
「はー……エザリアさまも思い切ったことするわなぁ。で、本当に見合いするわけ? 一度しちまったらそれが最後、見合いの申し込みが続々来ると思うけどな」
「……言うな」
 イザークは唸った。
 彼もその可能性には気づいている。もっともエザリアに是と頷いてしまってからだったが。
 イザーク・ジュールは一生をザフトとプラントに捧げるつもりだ──その噂があったために表立ってではないものの、これまでにもイザークに見合い話がなかったわけではない。世界が今度こそようやくの安寧を歩み出し、プラントも一応の落ち着きを見せ始めたいま、『大戦の英雄』というネームバリューがついた将来有望な若者を周りがいつまでも放ってはおかないのだから。
 当のイザークはまったく結婚する意志がなかったのでやんわりと、時にはっきりと断っていたが、それも一度見合いをしてしまうと難しくなる。しかし一度了承した以上、それをひるがえすような真似はイザークにはできない。
「……母上が選んだ相手だ。むやみやたらに言い触らしたりはせんだろう」
 と、願うしかない。
「だといいけどな」
 ディアッカは頷きながら、緑から黒になった軍服の詰襟をゆるめる。
「ま、お前が見合いすることは黙ってた方がいいだろうな。どこから噂が広まるかわからないし」
「当たり前だ! 貴様も漏らすなよ!」
「わかってるって」
 ディアッカはクツクツと笑った。
 見合いすることを秘しておきたいならディアッカにも黙っておけばいい。一言「なんでもなかった」と答えれば済むのにそうしないのは、隠し事を良しとしない生来の性格と、何よりディアッカを信頼してのことなのだろう。
 まったく嬉しいことしてくれるよな、と再びコーヒーを飲んだディアッカはふと思い出す。
「そういや、見合いのことアスランには……」
「アスランには言うな!」
 イザークが自分でも驚くほど鋭い声だった。
 ぱちくりとこちらを見るディアッカにいたたまれず、イザークは視線を逸らした。その頬はほんのり赤い。
 昨日から、なんだか気持ちが落ち着かない。
 その様子にディアッカは首を傾げ、やがて口を開いた。
「……この際だから聞くけど」
 やけに真剣な口調だった。
「…………なんだ」
「前々から思ってたんだけど、お前、アスランのこと好きなんじゃねぇの? 恋愛対象として」
 何を馬鹿な! と、すぐに言えなかった。普段ならすぐさま反論したのに、頭を揺さぶられたような気がした。
「……貴様……何を……」
 かろうじて出た声がかすかに震えていて、イザークは舌打ちしたくなる。この動揺に、ディアッカなら気づく。
「んー、そうだな、たとえば。イザーク、お前、実は俺のこと恋愛対象として好きだろ?」
「誰が貴様など!」
 反射でバンッと執務机を叩きながら怒鳴り返せば、ディアッカが手を叩く。
「ほら、それだよ。相手が誰であれ、なんとも思ってない相手なら、お前の場合いまみたいに即座に怒鳴り返すだろ。昔なら相手がアスランでもしたかもしれないな。でもお前は怒鳴らなかった。それって、否定しきれないってことなんじゃねぇの? 何か思い当たる節が……あ、もしかしてもう自覚した?」
 イザークの表情を窺いながら語るディアッカをただ睨みつける。
「お前が情に篤いのは俺も身をもって知ってるし、面倒見がいいのもよく知ってる。けど、アスランに対するそれはもう、友情とかそんなのを越えてると思うんだよ」
 イザークは肩を震わせた。
 友情を越えている──それは昨日、イザーク自身も感じたことではないか?
 母との会話でアスランを思い出した。
 そのまま彼に思いを馳せて、誰も彼の人生には寄り添えないことに苛立った。俺なら違う、あいつのそばにいてやると、そう思った。彼の隣に、ずっと。
 同性の友人にそう思うのは、はたして友情かと。
 見合いするとアスランには知られたくない。イザークが見合いすると聞いて、アスランはどう思うだろう。
 驚くだろうか、笑うのだろうか。それとも──それともなんだろう。俺は、なんと言ってほしい。
 一体何を期待──しているのか。……アスランに。
 そんなことばかり考えて、昨日はあまり眠れなかった。ディアッカ曰くの「疲れた顔」は寝不足と精神疲労だ。
 イザークは額を覆った。
 ただの友人の反応を気にしてこうなるものか。それも男の。
 もう答えは出ているだろうとどこか達観した部分が囁きかける。が、まさしくいままでの人生がひっくり返るような話だ。そうあっさり認めたくない。
「……俺は男で、あいつも男だぞ」
 しかしその声音は弱い。
「いーんじゃねーの、別に」
 ディアッカがけろりと笑う。
「俺たちコーディネイターなんだぜ? まあ出生率の問題もあるし、だからお前は気にするかもしんないけどさ、コーディネイターは神を信じない。てことは同性愛を禁じる神もな。それにいまや人が宇宙に住む時代なんだぜ。そんな古くさい概念に縛られなくたっていいじゃんか。軍にいると聞かない話でもないし、お前も知ってるだろ」
 確かに同性愛は男性の比率が高い軍には存在する。
 イザークもアスランも見目が飛び抜けてよく、『赤』であることと最高評議会に名を連ねるバックの存在がなかったなら対象にされていたかもしれない。実際されたこともあった。
 アスランは婚約者の存在とニコルの牽制と持ち前の鈍さでこれといったことはなかったようだが、ごくごく稀にイザークにさりげなく誘いをかける勇者がいたのだ。もちろん勇者殿には絶対零度の視線でもってお答えしたが。
「同性に惹かれてるなんて認めたくねぇだろうけどさ、認めちまえよ、イザーク」
「……ずいぶん簡単に言ってくれるな、ディアッカ」
「そりゃ仕方ねぇだろ。どう足掻こうとアスランは特別なんだよ、お前にとってはな」
 昔から。性別など関係のないところで誰よりも。
「アスランにはアスランの、イザークにはイザークの人生がある。友人だったら決して交じり合うことはない人生がだ。この先アスランに何かあっても、友人のままじゃ手を出せない日がいずれ来る。それにお前は堪えられるか? 俺は堪えられないと思うね。賭けてもいいぜ」
 言われてイザークは瞬いた。そして笑った。──素直に認めるのは癪だが、降参だ。
「ああ……そうだな、堪えられん」
 アスランほど優秀で、それでいて馬鹿な男をイザークは知らない。人を頼ればいいのに自分ひとりで溜め込んで、強いくせに脆く崩れやすい男。
 なんとかしてやりたくてもイザークでは力及ばずできないことがたくさんあった。
 アスランの亡命を阻止することも、アスランの復隊に力を貸すことも、アスランのスパイ容疑を晴らすこともイザークにはできなかった。
 ようやくイザークの手でなんとかしてやれるようになったというのに、再びなんとかしてやれない日が来る?
 ……そうだ。いつかはそんな日も来るだろう。友人の領域にいたままでは手出しできないときが。
 見守ることも大切で、必要以上に甘やかしてやるつもりもないが、必要なときに手出ししたくてもできないのはごめんこうむる。
「だろ?」
 肩を揺らして笑う男にイザークはため息をつく。こうなったらあとは開き直るしかない。
「まったく……貴様も余計なことに気づかせてくれる。あの超鈍感男を俺が落とせるかもわからんのに」
「片思いってのは相手がアスランでもそうでなくてもそういうもんだろ。イザークもミリィに振られっぱなしの俺の気持ちがわかるようになるさ」
「貴様、まだ彼女を諦めて……いや待て。ディアッカ、まさかそれで俺をたきつけたのか?」
 じろりと胡乱にディアッカを見る。
 ジャーナリストとして活躍するミリアリアをディアッカはいまも想い続けている。よりを戻そうとしてはその度にすげなく「イ・ヤ!」「お断りよ!」と断られ、どんより落ち込んでいる。
 毎度のことだと愚痴を聞き流してばかりのイザークに対するこれはささやかな復讐か。
「んなわけないって」
 ディアッカはからから笑う。
「お前は何がなんでも幸せになる男だよ。アスランはうっかりすると不幸街道歩きかねないけどな。でもお前といたら絶対幸せになる。俺はずっとお前らを見てきたからな、自信あるぜ」
 だから頑張れよ。応援してっから。
「……ああ」
 薄く笑って答える。そのときシホから通信が入り、ディアッカが呼ばれて部屋から出て行った。
 ひとり残され、イザークは空を見る。
 アスランへの想いを自覚して少しすっきりしたが、自覚したからこそ気はさらに重くなる。見合いの件はなんら解決していないのだから。
「はぁ……」

 イザークの憂鬱は、まだ。



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