Please me to your bride」と同設定


 サムシング・フォーって知ってる?
 それは花嫁へのおまじないなの。幸せになぁれって、みんながかけてくれるおまじない。
 サムシング・オールド。これは何か古いものを受け継ぐの。あたしは、お母様がお祖母様から譲られたという指輪をいただいたわ。
 サムシング・ニュー。これは何か新しいものを身に付けるの。あたしの場合は、ニナが作ってくれた、大人っぽさの中にも可愛さを忘れないウエディングドレス。シエルのタキシードとお揃いにしてくれてるの。
 サムシング・ボロード。これは幸せな結婚生活を送っているお友だちから、ベールやハンカチを借りるの。この前結婚したばかりのお友だちがいたから、ベールを借りたわ。
 最後に、サムシング・ブルー。青い色は幸せを呼ぶ色と言われているの。だから花嫁は何か青いものを身に付ける。普通は人目につかないように、ガーターベルトなんかに青いリボンを結んだりするけど、あたしはもう、何を身に付けてるか決めてるの。
 あたしが大好きな人は、あたしのことを叱るべきときはきちんと叱ってくれるけど、お願い事だってたくさん叶えてくれる、不器用だけど優しい人なのよ。


サムシング・ブルー


 エリザベスとシエルは幼い頃から婚約していたが、結婚が本決まりになったのは最近のことだ。結婚することを公示し、結婚許可証を申請した頃から、エリザベスはなかなかシエルに会えなくなった。フランシスから強く止められたのだ。
 彼のお嫁さんになるのがエリザベスの望みだったから、花嫁修行も頑張っていた。お母様からの教えだって、シエルを守れるのなら何より大切なこと。豪華客船の一件があってから、エリザベスは剣の修行にもよりいっそう打ち込んできた。
 やっと彼のお嫁さんになれるのに。
「あなたに教えられることはすべて教えたつもりです。これでなんの心配もなく、あなたをファントムハイヴへ送り出せます。女王の番犬の妻として、立派にやっていけるでしょう」
「だったら、どうしてシエルに会っちゃいけないの?」
 不満げに唇を尖らせた愛娘を、フランシスは優しく見つめる。
「あなたが花嫁になるからですよ」
「え……?」
 そうです、と口を挟んだのはポーラだ。
「シエル様の花嫁になられるのですもの。でしたらシエル様には、最高にお美しく着飾ったお嬢様をお見せにならなければ」
「そのとおりです。結婚式を前にしたレディには、最後の仕上げが残っているのですよ」
 そう言われてしまえば、エリザベスも頷くしかない。シエルに会えないのはさびしいが、シエルのために可愛くありたい。そのためになると言うなら、さびしさだって我慢してみせる。
 フランシスから祖母の指輪を譲り受け、ニナからウエディングドレスを受け取り、友人からベールを借りる。最後に残ったのは、サムシング・ブルー。
「見てください、お嬢様。綺麗なブルーのリボンですよ」
 そうポーラが見せてくれたのは、確かにとても素敵な青いリボンだったけれど、エリザベスが身に付けたいのはこれじゃない。でも、それを身に付けるためには、エリザベスがシエルに会いにいかないと意味がない。けれど。

 ──シエル様の花嫁になられるのです。でしたらシエル様には、最高にお美しく着飾ったお嬢様をお見せにならなければ。
 ──そのとおりです。結婚式を前にしたレディには、最後の仕上げが残っているのですよ。

 目の前の侍女と、母の言葉を思い出す。エリザベスだって、シエルに最高に綺麗に着飾った姿で会いたい。……でも!
「ポーラ」
「はい?」
 リボンを大事に箱にしまいこんだ侍女に、エリザベスは勢い込んだ。
「お願いがあるの」


 花嫁が忙しいように、花婿もそれなりに忙しい。
 はぁ、と無意識に漏れたため息に眉をひそめて、セバスチャンが淹れた紅茶に口をつける。
 叔母であり、じきに義母ともなるフランシスからもらった手紙で、式まであまりエリザベスに会えないことは理解しているつもりだったが、会えないというのもなかなか堪える。会えないことなど、これまでだって少なくなかったのに。……もう、誰に遠慮する必要もなくなったからか、エリザベスに会いたいと、素直にそう思うようになった。
 それにしても、まったく貴族というのは面倒くさい。手続き、手続き、手続き。
 ……だが、それもこれも、リジーを妻に迎えるためなら、仕方ないことか。
 つま。その単語に、いまさらながらに照れが込み上げる。
 リジーが、僕の、妻。
「〜〜っ!」
 頭を抱えて唸り出した主に、セバスチャンは生ぬるい視線を向けていた。
 ふと執事の耳は、外から聞こえる馬車の音を捉えた。窓際に歩み寄ったセバスチャンは、おや、と声を上げた。
「坊っちゃん、エリザベス様がお越しですよ」
「何ッ!?」
 ガタンと立ち上がった坊っちゃんのお顔と来たら、それはそれは大変見ものでしたと、のちに執事は笑った。
 ロビーに躍り出たシエルの姿に、エリザベスは花のようにかんばせをほころばせた。ああ、久しぶりにエリザベスに会ったせいだろうか。ひときわ彼女が輝いて見える。
「シエルー!」
 両腕を広げて駆け寄ってきたエリザベスを、シエルも両腕を広げて迎え入れた。抱き止めたやわらかなぬくもりに、自分が思っていた以上にエリザベスに会いたかったのだとわかった。
「リジー、今日はどうしたんだ? 式まではと、フランシス叔母様から手紙をいただいていたが……」
「あたしも、そのつもりだったんだけど……どうしても、シエルにしか頼めないことがあったの」
「僕にしか?」
「シエルは、サムシング・ブルーを知ってる?」
「あ、ああ、一応」
 その辺りの知識も、一通り叩き込まれている。後ろでにやにやと笑っているいやら執事に。
「その、サムシング・ブルーにね……シエルの、シエルが身に付けてる、その青いピアスが欲しいの!」
 思わぬお願い事に、シエルは困惑した。
「それは……構わないが……青いものなら、新調したもののほうがよくないか? ピアスがいいなら、僕が贈るが」
「ううん、シエルが身に付けてるピアスがいいの。そのためにあたしは、お母様の目を盗んでシエルにお願いに来たのよ」
 エリザベスは言って、シエルに抱きついた。……昔は彼女のほうが背が高かったのに、いつの間にかこんなにも見下ろせるようになっていたのか。思いながら「リジー?」と尋ねる。
「そのピアス、シエルはずっと身に付けてたでしょう? シエルの痛みも悲しみも、全部見てきたんだわ。あたしはそれを、少しでもあなたと分かち合いたい」
「リジー!」
 顔を上げて、エリザベスは微笑む。
「あたしは女王の番犬の妻になるのよ。なんだって受け止めてみせるわ」
 そう言ったエリザベスをシエルはぽかんと見つめ……笑い出した。
 ああ本当に、僕はリジーにはかなわない。
「シエル?」
 いきなり笑い出した婚約者に小首を傾げるエリザベスに、シエルはわかった、と頷いた。両耳のピアスを外す。
「ほら」
 ピアスを差し出すと、エリザベスは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう! シエル!」
 受け取ったピアスを大事に両手で包み込んで、それからシエルを上目遣いに見上げた。
「──これ、シエルが付けてくれる?」
「ああ。──セバスチャン」
 呼ばれて主のそばに歩み寄ったセバスチャンに、シエルは外したエリザベスのピアスを預ける。そうして、彼女の耳に、シエルの瞳と同じ、青いピアスを付けた。
「できたぞ」
 シエルが手を離すと、エリザベスは何度か指先で耳元を触り、素敵、と呟いた。
「これであたしは、英国一幸せな、あなたの花嫁になれるわ」
 エリザベスが最高に美しく見えて、シエルは彼女を抱きしめていた。後ろで「おやおや」とセバスチャンが笑うが、そんなものは気にならなかった。
 僕だって、英国一幸せな、お前の花婿だ。



2017.3.9

 
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