ラクスとカガリ

 

『──わがままを言ってすまないな』
 モニターの向こう側で、若きオーブ連合首長国代表は謝罪の言葉を口にした。
「いいえ、大丈夫ですわ。ちょうど一息ついたところでしたから。それに、カガリさんとお話するのも久しぶりですもの」
 対する若きプラント最高評議会議長はゆったりと微笑み、ティーカップを持ち上げた。
 カガリからホットラインを通じて通信が入ったのはつい先ほどのことだった。ホットラインとはいっても本来意味するもののことではなく、ラクスとカガリの間でのみ使われるプライベート回線のことだ。この回線はキラとアスランによって用意されたので、秘匿性はばっちりだ。
 その回線を使って「話がしたい」とカガリから申し入れられたラクスは、ちょうど政務が一段落したこともあって三十分だけという条件を付けて受け入れた。本音を言うともっと友人とのおしゃべりに興じたいところだけれど、国の代表としてそれ以上の時間は互いに取れない。
「それで、お話とはなんでしょうか?」
 時間に余裕があるわけではないので、ラクスはティーカップを置くとさっくり本題に入った。こういう切り替えは得意である。だからこそラクスは人を指揮でき、政治も行えるのかもしれない。
『ああ……その、実はキラが……』
「キラ?」
 カガリらしくない歯切れの悪さで出た名前は自身の恋人のもので、ラクスは首を傾ける。カガリは琥珀色の瞳をさまよわせるが、時間があまりないことを思い出したのだろう、核心を告げた。
『キラが昨日、プラントに発ったようなんだ』
「キラが、プラントに?」
 なるほど、それでカガリはラクスに連絡してきたのか。──キラの決意を、姉である彼女も知っている。
 最高評議会からの招請を受けたとき、ラクスはキラも一緒にプラントへ来ないかと誘った。わたくしを支えてほしい、と。けれどキラは。
『ありがとう、ラクス。でも、僕は行かない。……行けないよ』
『キラ……』
『君を支えられるなら支えたいと思う。でも、フリーダムのパイロット、ってだけじゃだめなんだ。そんな称号、これからの時代には意味がない。意味のない、必要のない世界にしなくちゃいけないんだ。それに……やっぱりオーブは僕の故郷だから。今度こそ、僕もここで頑張ってみたい』
 姉さんのことも支えてあげなくちゃね──とキラは笑っていた。
 ラクスとキラはよく似ている。まず決める、そしてやり通す。その指針も。
 ならばキラはやり通すだろう。オーブで、カガリのそばで、自分の信念を貫き通す。
 だからこそキラがプラントの地を踏まないと決めたなら、その誓いが破られることはそうそうないだろうとラクスもカガリも思っていた。
『私は、てっきりラクスに会いに行ったのかとも思ったんだが……違うのか?』
 何も知らない様子のラクスに、カガリは心配そうな表情になる。
「わたくしの方には、何も。それに、いくらキラでも約束もなしに一国の代表と──わたくしと会うことはできませんわ。オーブでもそうでしょう?」
『それはそうだが……』
 それでは弟は一体どこに行ったのだろう……そうありありと表情が語る友人を見ているラクスにふと、閃いたものがあった。もしかすると。
 彼のひとの性格を思えば、キラに相談したとしても不思議はない。では、相談されたキラはどうするか。
「大丈夫ですわ、カガリさん。わたくしに心当たりがありますの」
 ラクスは微笑んだ。
「きっとキラは、ジュール隊長に会いに行かれたのだと思いますわ」
『……イザーク・ジュールに?』
 カガリの眉が怪訝そうに寄る。
 訝しむのも仕方ない。キラとイザークは因縁ならそれなりにあるが、接点はあまりない。そもそも両者は性格的に相容れないはずだ。
「実はジュール隊長には、このたびお見合いされるという噂がありまして」
『は?』
 突拍子もない切り口にカガリは困惑の声を上げた。
「そしておそらく、それを知ったアスランがキラに相談したんだと思いますの。それでキラはプラントに来たんですわ」
『ちょ、ちょっと待ってくれ』
 ラクスの、なんだか思いっきり省いた感のある説明にカガリは額に手を当てた。ひとつひとつ確認するように呟く。
『イザーク・ジュールが見合いするらしいって噂が立っていて?』
「はい」
『それがどうして、アスランがキラに相談することになるんだ? 相談って何を? なんで相談されたキラは、自分の決意を押し曲げてまでイザーク・ジュールに会う必要があるんだ?』
 それはきっとアスランのためなのだろうけれども。わけがわからない、と言うカガリに、ラクスはあらあら? とおっとりと返した。
「カガリさんはご存じありませんでしたかしら? アスランは多分、ジュール隊長がお好きなのですわ」
 瞬間、モニターの向こうでカガリは机に突っ伏した。
 とんだ爆弾発言だ。理解が追い付かない。友人が何を言っているのか、ちょっとどころかまったくもって意味がわからない。
「そうですわねぇ。明け透けに申しますと、アスランはジュール隊長と恋人同士になりたいと……」
『待て待て待て!』
 ラクスが皆まで言うよりも前にストップが入る。
『ええと……つまり、いま、アスランには好きなヤツがいるんだな? それがイザーク・ジュール……?』
「そうなりますわね」
『ああ……』
 本格的に頭を抱え込んだカガリに、ラクスは無理もない、と息をつく。
 アスランとカガリは恋人同士だった。しかも彼らが別れたのは決して嫌い合ったとか、愛情が冷めたからではないのだ。カガリはオーブを選び、アスランはプラントを選んだ。良くも悪くも、彼らは大切な人だけを選べない。それぞれが互いに譲れないもののために、ふたりは別れたのだ。……人は『好き』だけでは一緒にはいられない。そしてそれは、ラクスとキラにも言えることだった。
 そんな相手の新たな恋を聞かされて、少しも心が乱れないなんてことはないだろう。カガリは情が強い娘だから。
『よりによってイザーク・ジュールって……いやイザーク・ジュールが悪いわけではないし、偏見なんて国の代表としてしてはいけないし、したくもないが……いや、でも……ううん』
 相手がせめて女性ならよかっただろう。自然な成り行きだ。けれど同性となると……どうしても混乱してしまう。
「ごめんなさい、カガリさん。いきなりこんなことを言われたら困ってしまいますわよね」
 ラクスが謝ると、カガリは何度か深呼吸して、落ち着きを取り戻したようだった。
『……いや、私こそ。見苦しいところを見せてしまったな。……まだ全部は飲み込めないが、とりあえずアスランが誰を好きかはいまはいい。だが、キラはなんのためにイザーク・ジュールに会いに行ったんだ?』
「……確認、ですかしら」
 ラクスは考えるふうに顎に手を当てる。
「確認?」
「わたくしの見解では、ジュール隊長もアスランを憎からず想っていらっしゃいます。もともと情に篤い方でしたから、友情が、いつの間にか愛情に変わったのだと思います。もともとアスランを特別視してらっしゃいましたし」
 ほかに類なき無二のライバルとして。
「もちろんキラはそんなことご存じなかったでしょうけれど……もしもアスランが相談したのなら、キラは確かめたくなるはずです。イザーク・ジュールは、果たしてアスランを幸せにできる存在か否か、と」
『なるほどな……』
 まるですべてを見ていたかのようなラクスの推測にカガリは感嘆する。実際、恐ろしいほどに正鵠を射ている。
「アスランは、ご自分が幸せになってはいけないと思っている……すべてをひとりで背負い込んでしまわれる……そんな彼には必要なのです。閉じた心を無理やりにでも開いて、けれど包み込んでしまえるような人が」
 そして、とラクスは紡ぐ。
「わたくしは、ジュール隊長にならそれができると思っているのです」
 キッパリと、ラクスは言い切った。
『……ふぅん。私も一度、ゆっくり話してみたいものだな、イザーク・ジュールと』
 言って、カガリは意外だった、と続けた。
『ラクスとアスランって、もっと他人行儀な関係だと思ってたんだ。でもラクスはアスランをよくわかってるし、アイツの幸せに何が必要なのかって考えてる』
 すると、ラクスはころころと笑い声を上げた。
「まあ、カガリさんったら。買いかぶりすぎですわ。わたくしは身勝手な女なんですのよ?」
 すっかりぬるくなったティーカップに手を触れる。

「わたくしとアスランは対の遺伝子、ですから」

 そうしてあでやかに微笑んで見せる。
「アスランが幸せにならなければ、わたくしも幸せにはなれないのですわ」
 ラクスは残る紅茶を一息に飲み干した。そろそろタイムリミットだ。
『──議長、そろそろお時間です』
「わかりました」
 別回線からの連絡に一言頷き、ラクスはモニターに向き直る。
「楽しい時間はあっという間に過ぎるものですわね。残念ですがカガリさん、おしゃべりはここまでのようですわ」
『あ、ああ。もうそんな時間か。……キラのこともわかったし。すまなかったな』
「いいえ」
 互いに名残惜しく言葉を交わし、ラクスは通信を切る。
 一度瞼を伏せて。──切り替えは早い。目を開ければ、ここにいるのはラクスではなくクライン議長だ。
「お待たせいたしました。参りましょう」

 通路で待っていた副官に声をかけ、ラクスは歩き出す。


 ──ねえ、カガリさん?

 わたくしは、本当の本当に身勝手な女なんですのよ?
 アスランには是が非でも幸せになってもらわないと困るんですの。

 さぁアスラン、幸せになりましょう。




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