喪失、衝哭、のこされたもの
ゴンのおかげで目は腫れずにすんだのだが、どういうわけかクラピカさんとレオリオさんにはお見通しのようだった。僕を見るなり「泣かせたのはどこのどいつだ!!」だなんて…。全く、お人好しもいいところですね。ゴンが一生懸命に宥めていたけれど。
一次試験は、試験管であるサトツさんに二次試験会場までついて行くこと。二次試験会場がどこか、いつ終わるかを知らされることなくただひたすら彼について行くのは精神的にも体力的にもキツイ。
……だが、それはあくまで”普通”だったらだ。ジャーファルさんから鬼のような鍛錬を仕込まれた僕からしたら、多少はしんどくても耐えられないほどではない。
始めは歩いていたのにいつの間にか全員が走り出した頃であった。
大体走り始めて2時間くらいだろうか。すでに何人かが脱落しているのはなんとなく知っている。いつ終わるかもわからないこのマラソンに心が折れる人もきっといるだろう。
「今更だけど、ヘリオってばもっと動きやすい格好すればよかったのに」
「動きやすい…ですか…」
「そうだよ。ミトさんがいろいろ買ってくれてたじゃん。ズボンとかシャツとか。その文官の服、丈も長いし走り辛そうだなって」
確かにゴンの言うとおり、官服はスカートの丈も長いし袖も然り。動くにはあまり適さない服だ。
けれど、さすがに毎日これを着てシン様との追いかけっこやらジャーファルさんとも鍛錬をしていたら嫌でも慣れてくるもので。
「僕は今までずっとこれを着ていましたから、慣れっこですよ。それに、せっかくの試験なんですから、文官は文官らしく。これは僕の一張羅でもありますから」
「そっか!」
「お、お前ら…元気だな…」
「…レオリオさん、頑張ってください。なんなら僕が引っ張りましょうか?」
「けッ。年下に借りを作るような俺じゃねぇっつーの!!」
「…でしょうね」
この調子なら彼はまだ大丈夫だ。彼はなんだかんだ強いから、きっと気合いで乗り切るだろう。そう思って前を向いた瞬間、僕の隣を銀色が滑るように通り抜けて行った。
あ、さっきの少年…
「あ、お前…」
「…どうも」
「こら待てガキぃ!!てめぇハンター試験なめんじゃねーぞ!」
「…なんのこと?」
「…さぁ」
なぜ僕に聞いてくるのか。
「何の事ってそのスケボー!!反則だろッ!!」
「それすけぼーって言うんですね」
「え、お前知らねーの!?」
「始めて見ました」
「嘘だろ!?意味わかんねー!!」
いや、そんなこと言われましてもシンドリアにはそんなものありませんし…。見た感じの作りは木の板に車輪を取り付けただけのようだ。子供たちの遊び道具が増えるかもと思ったのだけど、シンドリアは案外坂の多い国だから、結構危険かもしれないな。
…制作はよそう。
「なんなら乗ってみる?」
「…結構です」
「おい!聞いてんのかよ!これは持久力のテストなんだぞ!!」
「違うよ。試験官は”ついて来い”って言っただけだもんね!」
「原則としては、持ち込みは自由らしいですよ。じゃないと、武器を持ってくる人だってそうそういないでしょうに」
「ふぬぬ…!!」
悔しそうに顔を歪めるレオリオさんを尻目にクラピカさんはどうやら随分前の方に行ったみたいだ。それなら、僕も少しペースを上げさせてもらおうかな。
「ねぇ、あんた名前は?」
「…僕ですか?」
「うん」
「ヘリオです」
「ふーん…年は大体オレたちと同じくらいか」
「オレたちって…あなたいくつですか」
「12」
「バカにしないでください。こう見えて僕は16歳です」
「「……えッ!?」」
「…ゴン…?」
「オレ、ヘリオは同い年だってずっと思ってた…」
「…言ってませんでしたっけ」
「聞いてません」
振りかえると…そう言えば言ってなかったかもしれない。自分の事情は話したけれど、年齢は言ってなかった気がする。
「……失礼します」
「あッ!ヘリオー!!」
待ってよー!!と叫ぶゴン。悪いがなりふり構ってられない事態に陥ったので、僕はお先に逃げさせてもらいます。
たったかたーとゴンたちから距離を開けて、しばらく自分のペースで走っていると真横をレオリオさんが猛ダッシュしていった。何が彼をそうさせているのかわからないが、とりあえず雄叫びがすごかった。まだ耳がキンキンいってる…
そしてまた何時間か走り続けた頃、気が遠くなりそうなくらいの階段が立ちはだかった。少し傾斜のついた階段は普通に歩いて登るだけでもしんどいだろう。正直僕も登りたくないと言うのが本音。けど、ジャーファルさんに会うためにはここで諦めるわけにはいかないのだ。
インク跳ね防止のための前掛けを外して鞄に突っ込む。そんでもって袖にたすき掛けをすれば、少しは走りやすくなっただろう。腕に巻き付いている紐が見えるのは…まぁ、仕方ないことにしよう。
そうして階段をしばらく登って行った先に、見覚えのある金髪を黒髪を見つけた。…レオリオさんは、なぜ上半身裸なのか。
「クラピカさん、レオリオさん」
「ヘリオ!大丈夫か?」
「まぁ、はい…」
「辛くなったら言うんだぞ。おぶってやるからな」
「大丈夫だと思います…多分…」
なんか、クラピカさんがジャーファルさんみたいなこと言ってる…。僕、そんなに貧弱そうに見えるのだろうか。それは…心外だなぁ…
「…レオリオ、一つ聞いてもいいか?」
「なんだ?ずいぶん余裕じゃねぇかクラピカ!無駄口は体力を消耗するぜ?」
「…ハンターになりたいのは、本当に金が目当てか?」
「、」
「違うな、ほんの数日の付き合いだが、それくらいわかる。確かに、お前の態度は軽薄で、頭も悪い」
「ムキィー!!!」
「クラピカさん、それはちょっと率直過ぎませんか…?」
「ヘリオお前…!!」
睨んできたレオリオさんからサッと視線を逸らした。別にそんなこと思ってませんけど。
「…でも僕は、決して底が浅いとは思っていませんよ」
そう言えば僕は彼らの志望動機を知らない。聞く前に僕が船室から飛び出して行ったのもあるけれど。クラピカさん曰く、レオリオさんはお金欲しさにハンターになりたいらしい。ハンターになれば、お金には困らないんだとか。けれど、僕が見てきた限りじゃ彼はただお金が欲しいだけではないのかもしれない。かつて僕は、そう言った人間を何人も見てきた。でも彼は、そいつらとはどれも違う気がするのだ。
「…緋の眼!」
「ひの、め…?」
「それが、クルタ族が襲われた理由だ」
電撃が落ちたような衝撃を感じた。
「緋の眼とは、クルタ族特有の特殊体質。感情が激しく高ぶると、瞳が燃えるような、深い緋色になるんだ。その緋色の輝きは、世界七大美色の一つにも数えられるほどで、ブラックマーケットで、高額で取引される」
「…それで、幻影旅団に襲われたってわけか」
全身が震えてうまく呼吸ができない。彼が…クラピカさんの一族が僕と同じような運命をたどっていただなんて、思ってもみなかった。仲間は全員殺され、緋色に染まった眼だけが抜き取られていたらしい。…復讐のため、なのだろうか。彼は復讐したいために、こうやってハンターを希望しているのだろうか。
「…クラピカさんは、復讐したいのですか」
「…そうだ。幻影旅団を捕え、同胞が受けた苦しみをそのまま返す!返さねばならない!!!」
「復讐は悲しみや憎しみしか生み出さない。それはあなたが一番よくわかっているのではないのですか?」
「お前に何がわかる!!!!」
「僕はあなたに復讐してほしくない!!」
復讐はとても悲しくて辛いこと。以前シン様についてバルバッドに行った時、霧の団が扇動したことにより国民の特権階級への憎悪が噴出した大規模な内乱が起こった。その時にアリババくんの大切な人が死んでしまったことは本人から聞いている。僕だって一度は貴族どもに復讐を考えた。ジャーファルさんたちがそれを望んでいないからとなにもしないのは言い訳だって自分でもわかっている。それでも…
「僕は、優しいあなたに復讐だなんて悲しいことしてほしくない…」
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何でこんな話になったんだっけ…
レオリオさんが途中から空気や…
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