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世界が変わる音




先ほど文官から預かった書類の束を両腕で抱えて歩いていると、前方から鬼の形相をしたジャーファルさんが肩を怒らせて歩いてきた。その時点で大体のことが予測できた僕は小さく溜め息を吐いた。


「ジャーファルさん、こんにちは」

「あぁ、ヘリオ。こんにちは」


僕が声を掛けると、ついさっきまでの顔が嘘のようににっこり、と微笑んだ。けれどどこか疲労の色を浮かべる彼は果たして何徹目なのだろうか。ぶっちゃけ彼の部下でもある僕も同じように徹夜して目の下に隈はあるのだけど。


「…シン様、またどこかへ行ってしまったのですか?」

「そう、そうなんです!!まったくあの人はちょーっと目を離したすきに…!!」

「そう、ですか……僕、探すの手伝いましょうか?」

「本当ですか!?…あ、いえ、それではヘリオの仕事が片付かなくなるんじゃ…」

「大丈夫です、あとはこれを執務室に持って行くだけですし。…それに、僕もジャーファルさんのお手伝いができるのなら本望ですから…」

「ヘリオ…!!」


あなたはなんていい子なんだ!!と叫びながらむんぎゅっと僕を抱きしめたジャーファルさん。何気に筒状の書類が僕の頬にグサグサと突き刺さるが、それよりもジャーファルさんにぎゅってしてもらえたことが嬉しかった方が大きくて、口元がゆるりと緩んだ。


「じゃあ、これを置いてきたらお手伝いしますね」

「よろしくお願いします。見つけ次第縛り上げてでも連れ戻しても構いませんからね?」

「わかりました」


最後に僕の頭をそっと一なでしたジャーファルさんは慌ただしく去って行った。みんなジャーファルさんは無臭って言うけど、僕はそうは思わない。ほんのりと温かいお日様の匂いがするもの。それを本人に伝えたところ苦笑いが返って来たのはまだ記憶に新しい。彼の姿が曲がり角で見えなくなるまで見送ったあと、僕も書類を届けるべく執務室に足を向けた。





「やぁヘリオじゃないか!奇遇だなぁこんなところで!」


探し求めていた王様は存外早くに見つかった。なぜかヤムライハさんの部屋に入り浸っていた彼は僕を見るなり爽やかに笑った。そんな彼の笑みも今の僕には憎たらしいもの以外の何者でもないのだけれど。無言で腕の紐をビィンッと張ると目に見えて狼狽え始めたシン様。


「ま、待て待て!!待つんだヘリオ!!なんだその紐は!!それで一体何をしようって言うんだ!!」

「シン様をぐるぐる巻きにして執務室へ放り込みます。ジャーファルさんからの許可はすでに取得済みです」

「おまッ……なんか、日に日にジャーファルに似てきたよな、ほんと…」

「それは光栄ですね。さぁ、無駄話はこのくらいにして逝きましょうか」

「誤変換!!表記違うからッ!!俺を殺さないでッ!!」

「あぁ、それは失礼しました。さぁ、行きましょうか」

「だぁー!!ちょっと待てって!今ヤムライハから面白いことを聞いていたんだ!」

「……面白いこと?」

「そうだ!なぁヤムライハ、ヘリオに話してやってくれないか?この子もきっと興味を持ってくれるはずだ!」


くるり、とヤムライハさんを振り返ったシン様はそうのたまった。武器を構える僕を極力見ないようにしているのはきっと気のせいではない。彼女は「ジャーファルさんに怒られても知りませんからね」と溜め息を吐いて僕を見た。ゆるり、と微笑んだヤムライハさんは僕の頭に手を乗せる。


「ヘリオ、転送魔法って知ってるでしょ?」

「はい…なんとなくですがどんなものかは理解しています」

「実はね、私は今それを応用した”異空間転送魔法”を研究してるの」


思わずぽかん、としてしまった。転送魔法といえば、シンドリア周囲に張り巡らせたヤムライハさんとシン様が作り上げた結界だろう。ただでさえ習得が困難であるとされているそれを、さらに応用させた異空間への転送魔法だなんて…
正直僕は魔法にはあまり詳しくないからあまりパッとしないのだが、でもそれはとてもすごいことなのだろう。現に王国の結界だって作るのにはとても時間がかかった代物なのだから。得意げに胸を張るヤムライハさんとシン様は、じゃーん!と部屋の奥に鎮座していた幾何学模様の入った幾重にも重なった大きな装置を僕に見せた。


「…これは?」

「これこそ転送魔法を可能にするための魔法道具よ。名付けてディメンシオン!まだ試作段階なんだけど、これは私とシン様だけじゃなくて、アラジンくんも協力してくれたものなんだから!」

「そう、なんですか」


彼女が言うには、空間を瞬時に移動できる魔法があるくらいなのだから、この世界とは別の世界をも繋ぐことができる魔法があるのでは?ないのならむしろ自分が作ってやる!!という意志の元研究をし始めたらしい。魔導士としての好奇心や探究心がそうさせたのか、時々こうしてシン様も手伝っていたとのこと。どうりで最近は頻繁にいなくなると思った…


「あの…」

「ん?どうしたの?」

「いえ、こんなことを聞くのも失礼かと思うのですが…異世界だなんて、本当にあるのでしょうか…。僕には異世界だなんて、夢物語のようなものだと思えるのですが…」

「正直俺だって本当に異世界があるのかわからない。ないのかもしれない。けれど俺は信じている。きっと存在していると。世の中は不思議なことで満ち溢れている!ましてや迷宮なんてほとんど異空間に近いと思わないか?」

「それは…」

「興味があるんだ。もし異世界があったとして、そこを冒険できたのならどんなことが待ち受けているのか!!」


まぶしいほどの笑顔で言い切るシン様。この人は自分の好奇心にとても忠実なんだ。いつも僕に冒険譚を語ってくれる彼の瞳はまるで子供のよう。シン様がそう言うのなら、本当にあるのかもしれない。不思議とそう思ってしまう自分がいた。僕は割と単純だから、彼が言うことを真に受けやすい。けれどそれでもいい。シン様が信じるものを、僕も信じてみたいから。


「……異世界、僕も行ってみたいです…。もしその時は、僕も、あなたと共について行ってもよろしいでしょうか…」

「あぁ、みんなで行こう!!その方がきっと楽しいさ!」

「ジャーファルさんも引っ張ってね!」


おちゃめに笑うヤムライハさんとシン様。私はこの人たちと出会って本当に幸せ者だ。こうやっていつまでも夢を追いかけられたらどんなにいいか。ぎゅっとヤムライハさんに握られた手を見て小さく笑みをこぼした時。


「な、なに!?」


突然異空間転送装置が光り出した。バチバチと不穏な音を立てるそれに大いに焦るヤムライハさんとシン様。


「どうなってるんだ!?」

「わかりません!!魔力や命令式を出した覚えはないし、勝手に動くだなんてそんな…!!」

「見つけた!!こんなとこにいたんですかシン!!!」


装置を止めようとヤムライハさんが命令式を出すが、それでも一向に止まる気配がしない。むしろ彼女の命令式を全て拒絶しているような、そんな気がする。呆然と事を見守っていると、不意に部屋のドアが勢いよく開け放たれた。そこから聞こえた僕の大好きな声に思わず振り返った瞬間、僕の体に何かが巻き付いた。それはどうやら異空間転送装置から伸びているらしい。途端に強い力で引っ張られる体にただ唖然としていると、いち早く我に返ったジャーファルさんが僕に向かって手を伸ばした。


「ヘリオッ!!」

「じ、ジャーファルさ…!!」


僕もめいいっぱい腕を伸ばす。けれど僕の指先は彼のそれとほんの少し掠っただけで、僕の体は瞬く間に装置に吸い込まれたのだった。






 
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