君を待つ
「シュエちゃーん、ブルマさんから電話だぞ?」
本を読んでいるとひょっこりとドアの隙間から顔を出したお母さんにそう言われ首をかしげた。ブルマさんからだなんて珍しいなあ。何かあったんだろうか。
「待って、今行くよ」
詠みかけのページにしおりを挟んでお母さんから受話器を受け取った。
「かわりました、シュエですよーっと」
『あ、シュエちゃん?』
「ブルマさんどしたんですか?なんかありました?」
『違うわよ。ベジータが帰って来たから教えてあげようと思って。あんた、帰ってきたら電話してくれって言ってたじゃない』
え、そうだっけ。そんなこと言ってたっけ私。ぽけぇっと首をかしげているとそれが伝わったのかブルマさんが深く溜め息を吐いた。ちょ、露骨過ぎでしょ私びっくりしたよ。
『で、どうするの?』
「うーん…じゃあ今から行きますね。彼にも聞きたいことがあるし。20分くらいで着くと思います」
『わかったわ。大きい苺パフェを用意して待ってるからね』
「い ち ご パ フ ェ !!!」
がちゃん。受話器を置いて深呼吸する。これは…20分もかけてらんないな。最速で真っ直ぐにブルマさん宅へ向かわければベジータにパフェを食われてしまう。それだけは阻止しなければ…!
部屋に駆け戻り鞄に勉強道具一式を詰め込んで叫んだ。
「おかーさーん!!私ちょっとブリーフ博士に数学教えてもらってくるね!!」
「はぁ!?な、何言ってるだシュエちゃん!もうすぐ…ちょ、シュエちゃん!?」
「いってきまーす!」
「もうすぐ家庭教師の先生が来るって言うのにぃいいいいッ!!!」
お母さんの叫びを背中で聞きながら窓から外に飛び出した。ちなみに悟飯はハイヤードラゴンと山にリンゴを採りに行ってる。多分もうすぐ帰ってくると思うけど。
ごうごうと耳元で風がうねる音を聞きながらブルマさん宅に急ぐ。まぁベジータに会いに行くって言うのも嘘じゃないけどね。ついでに博士に勉強教えてもらおうと思って。あの人に数学教えてもらったらわかりやすいのなんの。そのへんの家庭教師顔負けだよ。
結構飛ばしてきたから西の都にはあっという間に着いた。お、ヤムチャさんとクリリンさんもいる!私に気付いたクリリンさんはにかりと笑いながら大きく手を振った。
「こんにちは!」
「もう来たのか!早いなぁ」
「えへ」
「あらシュエちゃん!いらっしゃい!随分早かったのねぇ。なぁに?ベジータに会うためだけに急いで来たの?」
「えッ!?」
「シュエやめとけあいつだけは本当にやめとけお前にはもっといい人がいるはずだから」
「ちょちょ、何言ってんのクリリンさん!!私別にそういうわけじゃ…ただブルマさんが用意してくれるパフェをベジータに食べられたらどうしようって急いだだけだしッ!!第一年の差考えてッ!!ベジータがロリコンになっちゃうよ!!」
「ロリコン…ッ」
「ろり、こ…!!ぶはッ!!」
床に転げまわる勢いで笑い転げるクリリンさんたち。もういいよこの人たち。私知らない。何も見ていない。ぶっすー、と彼らを睨み付けているとブルマさんが頭をよしよししてくれた。なんだかんだブルマさんって面倒見いいよね。
「女の子がそんな顔しないの。クリリン、ヤムチャも!!いい加減にしなさい!!」
「だ、だってロリブフォッ」
「………」
絶対零度の目で見下ろすブルマさんは普通に怖かった。美人って豹変した時が一番怖いよね。私今の顔見てちびるかと思ったんだけど。
「…ところで、ベジータは?」
「あぁ。あいつなら汚かったからシャワールームに放り込んだわよ。なんせ帰って来たのがさっきだから臭うのなんの。多分もう少しで出てくると思うけど…」
ふーん、とブルマさんの背後にあるシャワールームに目を向けると、図ったかのような絶妙のタイミングでベジータの声が聞こえた。
「おーい、女!!ちょっと、女ーッ!!」
「、……」
さ、さすがにその呼び方はどうかと思うんだけどな…
ブルマさんの眉間に皺が寄ったのを間近で見た私は失神しそうになった。それでもなお呼び続けるベジータはアホなのか天然なのか…いや、多分気付いてないんだろうなぁ…
「聞こえているのか、地球の女!!おーい!!」
「いいこと!?私の名前はブルマって言うのッ!!名前を呼びなさいよ失礼ねッ!!」
「…俺の服はどうした?」
気持ち弱々しくなったベジータの声に笑いそうになった。な、なんでそんなに声に覇気がないのさ…
「汚いから洗濯しちゃったわよ。着替えがあるでしょー?」
「ぐ…こ、この俺にこんなものを着せるのか…!?」
なんかドア一枚隔てた先でベジータがブツブツ言ってるんだけど。何あれ超怖い。てゆーかベジータは何をそんなに渋っているのか。服なんて切れたらなんでもいいじゃん早く出ておいでよ。
「シュエちゃんお待たせ!パフェ持ってきたわよぉ」
「あ、ブルマさんのママさん。わざわざありがとう!」
「いいのよ!あ、そうそう!この前すっごくおいしいケーキ屋さん見つけたの!いっぱい買ってきたから、よかったらお土産に持って帰ってねぇ?」
「うわ、やったね!ありがとうございます!!」
るんるんと謎のステップを踏みながら去って行ったママさんを見送ってパフェを一口頬張った。うんっま!!超絶おいしい!!うまい!!おいしい!!
「…お前本当うまそうに食べるよな。そういうところ悟空にそっくりだ」
「ふむむむむ!」
「飲み込んでから喋ろうな」
「んぐッ…おいしいものはなんでも好きですよ!」
「ははッ。そっか」
「うおッ」
ぐりんぐりんとヤムチャさんが私の頭をなでくり回す。ちょ、取れそうなんだけど…!されるがままに耐えているとようやくシャワールームのドアが開いた。
「あ、ベジータやっと出てきtぶふッ」
「……」
「ぴ、ピンク…!まさかそのチョイスで来るとは思わなかった…!」
「案外似合ってるでしょ?」
ひゃっひゃっひゃ!と指をさして全力で笑ってるとベジータに怒られた。なんで私だけなんだろう理不尽だと思わないかね。ぶぅたれながらパフェを貪っているとクリリンさんに肩を叩かれた。慰めなんかいらないよ。なんか惨めに感じるからやめてよ。
「あ、そうだ。ベジータ、ちょっといい?」
「あ、おい!引っ張るなばかッ!!」
「ブルマさん、ベジータ借りますね!」
「はいはい!いってらっしゃい!」
なにかごちゃごちゃ言ってるベジータを中庭まで引っ張ってくる。他に人がいない方がベジータも話しやすいと思っての配慮である。私ってば超優しい。
「…で、なんで貴様がここにいる」
「勉強教えてもらおうと思って…いやいやそうじゃなくて。私あんたに聞きたいことがあったの」
「さっさとしろ」
「忙しないなぁ…いやさぁ、ベジータってばさっきまで宇宙に行ってたわけじゃない?…お父さんに会えたりした?」
「…いや、それらしい気に近付けはしたが、カカロットには会えなかった。…用はそれだけか?」
「え?あ、うん。それだけだよ。…そっか…会えなかったんだ…」
もしベジータが会えたなら、お父さんが元気だったかどうか知りたかったんだけど、会えなかったんじゃ仕方ないよね。
しょんぼりと項垂れため息を吐いた。
「…カカロットは」
「ん?」
「カカロットは自分で帰ってくると言ったんだろう。貴様が信じなくてどうするんだ。あいつの娘なら娘らしく父親の帰りを待っているんだな」
「!」
「お前なら、待てるだろ…」
ぎこちなく頭に乗せられた手に思わず口元が弛んだ。柄にもなく慰めるだなんて、慣れないことしちゃってさ。
「…何笑っていやがる」
「んー?いんや、面白いなーって思って」
「き、貴様…こっちが下手に出ていりゃいい気になりやがって…!」
「下手に出てたの!?今ので!?嘘でしょ!!」
「黙れ小娘ッ!!」
「酷ッ!!」
とにもかくにも、早くお父さん帰ってこないかなぁ…
拳を振り上げて鬼の形相で私を追いかけてくるベジータから逃げるために全力疾走しながら思った。
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