PDL | ナノ
手のこうにキスをした
「ミョウジさん!大丈夫ですか?」
そう問うた彼は、私のことを心から心配している声で。 より一層惨めな気分になった。
「は、はは。大丈夫大丈夫!ごめんねー。恥ずかしいとこ見せちゃった!」
必死に取り繕うようにそう言ってから、私は目の前に散らばる洗濯物の山を集めるべく立ち上がろうとする。
けれど、
「っ……ったぁ!」
途端に脚に走る痛みに、思わず声をあげてしまう。
「膝、血ぃ出てます!ちょっと待っててください。すぐ手当を」
言われて見てみれば、膝の肉が痛々しく削げ落ちているではないか。 血はたくさん出ているわけではないのに、傷口全体に滲んでいるのを見ると血の気が引く感じがするから不思議だ。
「大丈夫だって!こんなの舐めときゃ治るから!」
私は昔からよく転ぶ子どもだった。 だからといってこんな歳になってまで転ぶのはひさびさなのだけれど、別に今までに何十回と見てきた光景だ。 慌てる必要なんかない。
どこまでも呑気な私に、
「いや、でもかなり強く打ってましたし、無理しないでください」
隣へ駆け寄ってきてそっと私を覗き込む後輩はまるで自分が怪我をしたかのように痛そうな顔で言った。
「立てますか?とりあえず水道で洗わないと」
言いながら私の傍に腕を差し入れ、身体を支えてくれようとする後輩が、思っていたよりずっとしっかりした腕で私を持ち上げたので、
「え、だ、大丈夫!1人で歩けるよ!」
驚いた私の声は裏返っていた。
うう……恥ずかしい。
「いいから、捕まってください。ミョウジさん」
なんだかとんでもなく優しい声で話しかけながら私を水道まで運んでくれる後輩。
「うぅ、ごめんね手嶋くん」
彼は一年生の手嶋純太くんだった。
*
水道に着くと血が滴っている傷口を洗うべく、ローファーとハイソックスを脱ぐ。
ソックス痕が残る脚を水で洗っていると、
「…………っ」
何故だか手嶋くんは目線を逸らした。
まあ、傷口が痛々しいから直視したくなかったのかな?とは思ったけれど、散々見た後な気もするし実際の理由はよくわからない。
「洗ったら、消毒するんで部室来てください」
そう言って彼は、私に背を向けて離れていくのだが、その際に自身の持っていたタオルを渡してくれて。
「え、いいの?」
「はい。それまだ使ってないんで大丈夫です。使ってください」
なんて微笑んでくれた。
なんだろう、この子もしかして天使なのかな?
そんなふざけた疑問はさておき、手嶋くんが手渡してくれたタオルは部のものでなく彼の私物で、そんなもので私の脚を拭くなんて非常に申し訳ない気持ちになったりもしたのだけれど、
「ま、まあ……仕方ないか」
水に濡れたままローファーを履くわけにもいかず、ありがたく使わせていただいた。
血がついたりはしてないけれど、なんだかこのまま返すのもどうかと思うし、家で洗濯して明日返すことにした。
部の洗濯と一緒に洗濯機に回してすぐに返そうと思えなかったのは、そのタオルがあまりにいい香りで、こりゃーおうちの柔軟剤使わないと失礼すぎるな、と判断したからだ。 決して男子からのご厚意というものに感動してもう少し浸りたかったとかではない!と、言い訳しておこう。
*
「多分、ちょっと沁みます」
そう言って傷口に垂らされたオキシドールは、確かにジュッと音を立てるほどに沁みた。
「大丈夫ですか?」
露骨に痛そうな顔をしていたのだろう。 優しい彼は私の顔を心配そうに覗き込んだ。
「へへへ、ごめんごめん!痛いけど平気!こんなことまでしてもらってごめんね。私マネージャーのくせに、手間かけさせちゃったね」
なんて珍しくしおらしくすれば、何を言っていいのか困った様子の手嶋くん。
ああ、困らせてるな。ってわかっているのに、
「私ドジだからいっつもやらかしちゃってさ。洗濯もまたやり直さなきゃ」
何故だか口を閉じられないのは、沈黙が怖かったんだと思う。 後輩とはいえ世間話程度しか話したことなんかないのに、静まり返った部室ふたりきり。
椅子に座る私の前に跪いて手当てをしてくれるものだから、手嶋くんはまるで執事さんか騎士様かってくらい雰囲気があって。 正直、ドキドキしてしまっていた。
「なんかごめんね、あんな場面に出くわしちゃったがために手当てまでさせちゃって」
手嶋くんは優しいから。善意でこうやって手当てをしてくれているというのに、私ってやつは。 彼が上目遣いに私を見上げる度、心臓が跳ね上がってしまって自身の耐性の無さには困ったものだ。
「俺は、嬉しかったです」
手嶋くんが口にした言葉が、一瞬理解出来なかった。 そう言った彼の笑顔があまりに慈愛に満ちていて、私の脳がフリーズしていた所為だ。
「ミョウジさんが転ぶのを受け止められなかったのは、残念でしたけど」
「……?どういう意味?」
怪我をしたのは私自身のせいなのに、どうしてそんなことを言うのか。 わからなくて問う私に、
「ずっとミョウジさんが好きでした」
突然そう告げた彼の瞳を見つめ返せば、そこに映るのは耳まで真っ赤な自分の姿。
「え、な……に、」
「ミョウジさんの気取らない性格が好きです」
そう言う彼の真っ直ぐな瞳を、きっと一生忘れない。
「てし……ま、くん」
「派手な外見に似合わない、純粋さが好きです」
彼が恥ずかしそうに少し笑って、でも少しも言い淀まないほどちゃんと想ってくれている事実を、心に焼き付けよう。
「と、突然どうし」
「見つめたら見つめ返してくれる実直さも、俺なんかの告白に本気で照れてくれる素直さも、好きです」
戸惑う私の手を取って、歯の浮くような台詞を言ってくれたことを、大切にしよう。
「え、あ、ああっ」
「ちょっとドジなミョウジさんを助けられるようになりたいし、困ったら一番に俺を頼ってほしいって思ってる」
「…………っ」
もう、言葉なんか出なかった。
「俺と付き合ってください、ナマエさん」
そう言って私の手の甲にキスした、この気障な後輩を、好きになろう。 この胸の高鳴りの赴くままに。
ある日道で転んだ私は、ついさっきまでただの可愛い後輩と思っていた男の子とお付き合いすることになるのだけれど、 二人がその後どうなるのか、それはまた別のお話だ。
【豹変する年下の彼の台詞】へ続く!
[*前] | [次#]
|
|