PDL | ナノ
本当は、俺もただの男だって気づいてたんでしょう




手嶋くんとお付き合いすることになったのは、今から3ヶ月ほど前のことだった。
私は自転車競技部のマネージャーで、彼は後輩の男の子。そんな関係が変わったのは、夏の終わりの出来事だった。
たしか私がドジをやらかして膝を擦りむいた時に、手当てをしながら彼に告白を受けたのである。

「ずっとミョウジさんが好きでした」

感想としては、素直に驚いた。
だって私たちは部活動以外で会ったこともなければ、私は特にモテるタイプでもなかったし、何より手嶋くんはそれまで私の中で可愛い後輩くんに過ぎなかったから。

それでもお付き合いすることになったのは、彼の真剣な瞳と一途な想いに心臓がついに春かと忙しなく動きだし、私は勢いに負けるようにして恋に落ちたからである。

ぶっちゃけ好きって言われたら王子様に見えてしまったのだ。

確かに元々いい子だなとは思っていたし、たまにやらかす私のドジにも笑ってくれる優しい男の子だった。
付き合い出したその時にも思ったことだけれど、私なんかには勿体無い思いやりも気概もありなかなかにいい男である。

ガツガツしないしなー。
思春期に珍しい男子だ。

もしかしたら私が彼氏がいない言い訳にずっと使っていた、すぐエッチとかするようなクズ男が嫌いとか、そんな台詞を知っているからではなんて思うが。うん、十分にありえる。


「ミョウジさん、寒いでしょ」

「んー寒い」

言うと、手嶋くんは私の手を取った。そっと指を絡められて、私は内心ドギマギしながら口元は緩んだ。
触れ方が優しいのだ、手嶋くんは。
乱暴なことなどこの3ヶ月一度だってされてないし言われてない。
巻島には毎日色気ないだの毛先痛んでるだの言われるし、田所には挨拶とかでさえ暴力だろって勢いで肩を叩かれたりするのに。
手嶋くんほんと天使。

「ミョウジさん、本当に冷え性だね」

かじかんだ指に、手嶋くんの温かさが沁みる。

「うん。やっぱり運動しないからなのかなー。寒いし、痩せないし、代謝悪過ぎて笑えない」

私は笑えないけど、手嶋くんは笑った。

「でも、俺は寒がりなミョウジさんにひっついてもらえるから冷え性様様かなー」

なんだそりゃ。
可愛いなくそ。

「いやん、手嶋くんのえっち」

「……うん」

身長差がそんなにあるわけじゃないけど、上目遣いに彼を見つめれば困ったような笑顔。
私を好きだから困っているのかと思うと胸が締め付けられる。小悪魔にでもなったのかって思うけれど、ついつい意地悪を言ってしまう。

「あのね、」

今日は初めからそのつもりだったのに自分でもわらってしまうくらい、緊張していた。

「今日うち、親が夜遅くなるから」

手嶋くんはこれでもかってくらいに、私を大切にしてくれる。
壊れ物を扱うように大切に私に触れるし、眼差しはいつだって優しくて。

大切にされているのがわかっていて、試すような真似をしてしまう。
いつまでも私に尻尾を見せないのか。
私を傷つけないために、いつまで欲を押さえ込んでいてくれるのか。

「よかったらご飯食べていかない」

手嶋くんは少し驚いて沈黙した後、

「ミョウジさんの手料理、楽しみだなー」

そう言っていつものように優しい笑顔を向ける。
正直ちょっと拍子抜けだ。

照れた顔とか焦った顔とか、たまには見て見たいもんだぜ。





食後、食器を下げてお茶を入れ、茶菓子と共に自室へ持って行った。
ドアを開けると手嶋くんは適当に積んであった私の雑誌を読んでいた。
巻末にクリスマスナイトなるエロい特集が組まれている。うむ。
今さらそんなエッチな記事読んでないよって純情アピールしても無駄かな。

「ミョウジさんが料理得意っていうのは、やっぱりちょっと意外だなー」

手嶋くんは私が部屋に入ると雑誌を閉じて、こちらに向き直った。

「なにおう。お菓子も作れるしお料理はママン仕込みの手練れだぞ私は」

「うん。知ってる。ミョウジさんのお菓子はいつも美味しい」

「ありがとう。そんな君には食後のお茶でございます」

二人分の紅茶からはアッサムのいい香りがして、本日の茶菓子は休日に作り置いたマドレーヌだ。
ローテーブルにトレーごと置くと、手嶋くんのすぐ隣に座る。

「いい香り」

目を閉じた手嶋くんの生え揃った睫毛を見つめながら、

「食後のデザートはマドレーヌと私、どちらがお好みですか」

ほざいてみた。

「……また試してる?」

手嶋くんは笑う。
覗く白い歯を綺麗だと、思った。

「うん。思春期の男子の理性を観察してるの」

困った笑顔は、付き合ってからの3ヶ月ほどで見飽きるほど見てきた。

「悪趣味だなー」

それでも見飽きないのは、きっと手嶋くんの底知れぬ魅力の賜物であろうか。

「毎日一緒に帰るから、友達に毎日ご盛んねってからかわれるの」

「女の子も大概下品なんだな」

男みたいと手嶋くんは言うけれど、むしろ男のそれより女の下ネタはエグくて可愛げないと思う。

「私、いつまで処女なんだろ」

愚痴るわけでも無く、ただ呟いた。
空に投げるようにぽかんと空間に響く。

「ミョウジさん」

手嶋くんは困った笑顔。
そこからの深いため息。

「俺だってそんな、聖人じゃないんだからさ」

逸らされた視線に、少しだけ胸が痛んだ。

「うん」

「好きな人とふたりっきりで、そんな誘うようなことばっかりされたら我慢しろって言っても無理だから」

そう言う手嶋くんは、あの日告白してきたみたいな真っ直ぐで強い瞳で言った。

「俺、ミョウジさんに嫌われたくないのに」

「なんで嫌うのよ。私、手嶋くんが思ってる何倍も君を好きよ」

私も真っ直ぐに彼を見つめると、

「知らないから。嫌だって言ったって、今更やめてやれないから」

そっと唇が重ねられる。
その優しいキスに、今まで何度も救われて、何度も苦しくなった。

唇の端をぺろりと舐められたのに驚いて声が漏れる。と、その隙を見逃さぬように口内に熱い舌がねじ込まれた。
いつもの優しい手嶋くんはそこにはいなくて、怖くて。呼吸もままならなくて苦しくなるけれど、呼吸さえその熱に絡め取られる。

手嶋くんもこんなキス、するんだ。
頭の隅で自分が呟く。

「やめてって泣いても、やめないで」

上がりきった息を整えて、出た声は自分のものとは思えないほど震えていて、笑ってしまう。
生理的に頬を流れた私の涙を、手嶋くんは優しい指先で拭った。

「そんな言葉、どこで覚えてきたんだよ」

見れば彼は真っ赤だった。
きっと私も同じだろう。見なくてもわかる。

もう、キスだけでどうにかなりそうだ。
ドキドキしすぎてさっきから手嶋くんの声が遠いし、触れるだけのキスとは全然違う、強い刺激に頭は蕩けてしまいそう。

見れば手嶋くんも苦しそうで、私は少しだけ、安心した。
うむ。処女は抱く側も緊張させてしまうのかな。





「ナマエさん」

行為後、上半身だけシャツを着た状態のまま。
這い起きて冷めた紅茶に口をつけると、手嶋くんに後ろから抱きしめられる。

「好き」

「うん。私もよ、純太くん」

返すと、耳元でくすくす笑いながら嬉しいと聞こえた。

「純太くん、なんだか意地悪だったね」

「……ごめん」

意地悪されたので意地悪してみる。
顔だけで後ろを覗き込むと、純太くんは眉を下げて笑っていた。

「純太くんはもっと、紳士かと思っちゃってた。けど、なんか自転車乗ってる時のわっるい顔してた」

「……そ、うかな」

「うん、驚いた」

言いながら先ほどまでの熱い情事が頭にかすめて、ちょっぴり恥ずかしくなる。
純太くんにあんな一面があったように、私にもあんな声が出せたとは。まだまだ人生わからないことばかりなんだな。
思い出してぼんやりしていると、純太くんが耳朶に舌を這わせてくる。

「ひゃんっ」

なんかやらしい声が出てしまった。

「エッチ!」

抗議のためにまた振り返ると、

「本当は、俺もただの男だって気づいてたんでしょう」

首筋に噛み付かれた。

「……っ、」

紅茶は冷えきって不味いし、室内はなんだか汗といやらしい匂いがするし、腰はズキズキと痛む。
初めてなんてこんなもんだと知ってはいたが、痛いなんてもんじゃなかった。

それでも私は、また彼の底知れぬ魅力に落ちていくのを感じた。




[*前] | [次#]