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変わらないもの



どうしても一番に伝えたくて、

「西谷と付き合うことになった」

朝一で潔子に会いに行った。そしたら、

「うん、知ってる」

返ってきた言葉はまさかの返事だった。

「え!?な、なんで?」

確かにさ、昨日西谷と帰るとこを潔子に送り出してもらったんだけど、だからって私達が付き合うかどうかなんてわからなくない?
だって私、あの時点じゃ西谷は潔子のことが好きって勘違いしてたし。

戸惑う私に返されたのは、

「はは、西谷、朝練でもうみんなに自慢してた」

納得の答え。

「あ、あいつぅ!本当に自慢してまわるとかっ」

そんな気はしてたっていうかバカだとは思ってたし、確かに彼女出来たの秘密にするようなキャラじゃないんだけど。
でもさ、次の日の朝みんなに言っちゃうってさ、どうなのよ?

「うん、なんか予想出来たけど」

苦い顔してる潔子。多分私と同じ気持ちだ。

「全くもう仕方ない奴だ」

でも、そんなバカな西谷が嫌いじゃないっていうか、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ私とのこと周りに隠さないでくれて嬉しいとか、思う気持ちもあって。

あー、私も馬鹿だわ。

「でもナマエ、嬉しそう」

潔子までそんなこと言ってくるし!

「え!?嘘!やだやだそんなことないしっ」
「ふふ、私は嬉しいよ?」

なんだか気恥ずかしさから否定すれば、潔子は笑う。

「おめでとう、ナマエ」

まるで、自分のことのように喜んでくれる。





教室へ帰れば、菅原ももう教室にいた。

「ミョウジー!西谷と付き合うことになったんだってな!」

第一声がこれ。おはようもなし。

「菅原!おは」
「おめでとう!」

しかもおはようも言わせてもらえない。
でも、めちゃくちゃいい笑顔で言われた。

私のこと好きだった気持ちとか、そういうのがどのくらい吹っ切れてるのかなんてわからないけど、

「あ、ありがとう。やっぱあんたも知ってんのね……」

多分私が気にすべきことじゃない。

それは菅原が乗り越えることだし、私に出来るのはいつも通り今まで通り接することだけだ。

「朝練で西谷がさーいきなり、『俺!彼女が出来ました!』とか言い出してビビったわー」

菅原が話す西谷の様子は、いつもすぐ頭に浮かぶ。片思いの時から、なんなら好きでもなんでもない頃から、西谷の話をされたら私の脳内には彼のはしゃぐ姿、バカやってる姿、かっこいいレシーブ。目を閉じなくても鮮明に思い浮かんだ。

「西谷ぁ……あいつはほんともー」

きっと今回はドヤ顔して、その後いつもの眩しい笑顔で。
私と付き合うことになったのをみんなの前で宣言したんだろうな。

「とかいって満更でもない顔してんじゃんミョウジー。はいはい、お熱いよなー」

なーんて、西谷の話す姿を想像してたら、菅原に呆れた顔された。

「なっそんなんじゃ!」

「そんなんじゃ?」

「あ、あるけどっ」

でも否定しきれない。私のこと世界中に自慢したいって言ってくれたこと、やっぱり嬉しかったから。

「まったくもう!初めから素直にそう言えよなーバカップル!」

菅原はそう言ってため息を吐くけど、

「でも、ほんとよかった。おめでとう」

彼の笑顔に無理はない。

それだけはよくわかるから、私も自分の分だけじゃなくて周りの人の分まで余計に、よかったって思うんだ。

そうやって身の周りの人が祝福してくれるのは、西谷とお似合いって言ってもらえたみたいで、なんだか擽ったいけど嬉しかった。


それから、菅原に言われた。

西谷の誕生日、ガリガリ君の下りで菅原は西谷が私を好きなんだって気付いたんだそう。

帰り道で澤村くんや東峰くんとも二人は両想いだよなーって話したらしい。
……そんな側から見たらバレバレの状態だったのに当の本人達はすれ違ってたのかと思ったら結構笑えるし、なんか恥ずかしかった。

でもやっぱり、最後には嬉しくて幸せなふわふわした気持ちが私を包むから。

ああ、両想いって凄いって思い知ってく。





「お昼とか、私に遠慮しなくてもいいからね」

お昼休み、潔子がそんなことを言い出した。

「へ?」

え?意味がわからなくて変な声を上げると、

「もし、西谷と食べるとかになったら、」

なるほどそういう意味でしたか。

「いやいやいやいや!たとえ西谷に頼まれたって私!お昼は潔子と食べるからね!」

私がちょっと怒ったみたいに唇を尖がらせて言うと、

「……そう?」

潔子はまだ遠慮がちに、でもなんだか嬉しそうに聞き返してくる。

「西谷がそんなこと言ってくる筈ないけど、潔子とベタベタすんなって言われても!する!」

彼女に親友と仲良くするなとか、そんなこと言ってくるようなやつ好きにならないけどさ!
でもたとえ言われたって私は潔子とイチャイチャして生きていきたい。

あれ、菅原に友達として仲良くするって話したけどこれは……?まあいいか。

「え、あ、うん」

隣で鼻息荒く意気込む私に、潔子はちょっと引き気味。
つれないなあ、潔子ってば。

そういつものように思って、

「だからこれからも変わらないよ」

私はきっと潔子だけじゃなくて、自分自身にも言い聞かせた。
変わったこともあるけど、変わらないこともある。

「潔子が私のこと避けたって、私は潔子とずーっと親友!」

そう言って全力で笑えば、

「…………!」

目の前でぴくりと揺れる潔子が可愛くて。

私は調子に乗った。

「なんならクリスマスだってバレンタインだって潔子と過ごす日がもう1日欲しいくらい!」

もちろん潔子と過ごしたいけど、でもやっぱり西谷とも過ごしてみたい。
恋人との関係なんてイベントだけが重要なわけじゃないけど、でもやっぱりイベントを一緒に過ごしてみたい気持ちは否めないし。

「なにそれ」

潔子も笑った。
多分、強欲な私に呆れてるんだと思う。

その困ったような笑みを見たら、胸がキュンってなった。だから、

「………花火大会だって、次は一緒に回るんだよ」

私は昨日潔子がそうしてくれたように自然に手を握って、そう言った。
今日は外が寒いから教室で食べてるし、潔子みたいに空は見上げない。

向かい合わせに座って手を握ってるなんて、なんか気恥ずかしいけど。

私は潔子の手を離さない。たとえ西谷と手を繋げる関係になったとしてもさ、ほら、私の手は二本あるわけだし。
別に両手が別のものを掴んでいたって、いいと思うんだよね。

「…………!ナマエ……」

花火大会の日、逸れたまま別の場所で夜空を見上げてた私達は、その終わりに来年は一緒に見ようねって約束した。

私は潔子を抱き締めてたから、顔を見てないんだけど。
今考えたらあの時の潔子は、来年も私達は別の場所で花火を見てるとでも思ってたのかな。
なんだか精彩に欠く返事をされたのを、今でも覚えてる。

きっとあの時私が西谷を好きなんだって、潔子だけは気付いてたのかも。
私ですら知らなかったのに、ね。

「約束したじゃない。潔子が忘れたって、私は忘れない」

真っ直ぐに見つめた視線の先、

「うん。わかった。……楽しみにしてる」

花が綻ぶように微笑む潔子がいる。

「うん!……へへ」

その微笑みに私も嬉しくなって。
私達は顔を見合わせて、ふたりして笑うんだ。

「次は西谷に抜け駆けさせない」

にやりと笑う潔子は、きっとこれからも私の左手を離さない。






バイトが終わる21時前。
入り口から顔を出したのは、逆立てた黒髪と色の抜けた前髪。

ぴょこん、なんて効果音と共に現れてもおかしくない身軽さで、私の彼は迎えに来た。

「ナマエさん!」

決して低くはない。昔憧れたセクシーな歳上の男性の影など、何処にもない声。
でもその声が私の名前を呼ぶのが、今ではどうしようもなく好き。

「西谷!わざわざごめ」
「コラー!違いますよ!」

わざわざこんな時間に迎えに来てくれた西谷に、うっかり謝りそうになれば、怒られる。

「あ、えと、ありがと」

そうだった。同じような会話何回したら学ぶんだろう私ってやつは。
そうは思うけど、こんな風に叱ってくれる西谷も好き……とか病気みたいなこと考えてるうちは直らないのかも。

「よし!そうですそっちです!」

年下のくせに堂々と私を叱って、それからよく出来ましたって笑ってくれるのも、大好き。

とか……全然反省してないよね。

「あ、そだ!店長が西谷に話しあるって言うから、私着替えてくるから、その間ちょっと話せる?」

そういえば、店長に西谷が迎えに来てくれることを伝えたら、ちょっと話させてって言っていたことを思い出した。

「?はい。……なんスかね?」

西谷は不思議そうな顔をする。
そりゃそうだ。西谷は直接店長と話したことなんか殆ど無いし、私のバイト先に顔を出したのも一昨日が初めてのことなのだから。

「んー……よくわかんないけど、多分この間のお礼したいって言ってたし、それかな?」

帰り道の心配をしてくれた店長に西谷が迎えに来てくれますって言った時の、あの顔。
いいねー若者!ヒュー!って言ってくる時の顔だった。
付き合うことになりましたとか言うべきなのか悩んだけど、店長に言ったらバイトみんなに伝わるし、面倒だなって思って今日はやめといた。

「うおーっ!何くれるんすかねー?!」

私の言葉に素直にはしゃぐ西谷は、小学生にすら見える。

「なんだろ。私ハーゲンダッツがいいな」

でもそんな彼が愛しくてたまらないんだから、仕方ない。

「じゃー俺はガリガリ君!ソーダ味で!」

この恋人をいつか、私のいけすかない幼馴染にでも紹介する日が来たら、きっと指差して笑われるんだろうな。

研磨はへーよかったね、とかどうでも良さそうに言うだろうし、クロはもう相当馬鹿にすると思う。
身長差おかしくね?とか、お姉ちゃんとデートかなー?とか。あ、ヤバい想像しただけでムカついてきた。

……けど、それでもいつか紹介出来たらいいのに。
最後に会った時、私は酷く沈んでいたから。
もちろんたまにメールとかで連絡を取り合うことはあるけど、でもきっと心配させてる。

いけすかないとか言っといて変かもしれないけど、ふたりの顔を見て、私もう大丈夫だよって伝えたい。

あんなにしないって言ってた恋も出来たし、私の彼氏は世界一かっちょいいかもよって自慢したい。いや、こんなんじゃ西谷のことバカとか言えないけどさ。


話したいな。ふたりにも。
それからふたりにもおめでとうって言われたい。

なんて、もう十分すぎるほどに幸せなくせにさ、欲張りだなあ、私。




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