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西谷のバーカ!
店長に西谷を引き渡して(そう言うと人身売買みたい)、更衣室で着替える。 いつもより念入りに化粧崩れをチェックして、自分の匂いを嗅ぐと、まあ案の定居酒屋独特の嫌な臭いがして顔を顰めた。
あー……西谷が送ってくれるの超嬉しいのに、こんな匂いで会わなきゃならない点のみ、最低だわ。
気休めだけど制汗スプレーを掛けてから、私はバックヤードに顔を出した。
「お先に失礼しまーす!お疲れ様です!」
バイト仲間の皆に挨拶する為だ。
高校生でバイト最年少の私は、なんだかんだ色々甘やかして貰ってるのだけど、挨拶は欠かせない。 社会ってものは人間としての基本をしっかりしてこそ、人間として扱ってもらえると私は思ってる。
「あ、ねえねえナマエちゃん!」
皆と軽く挨拶を交わす私を呼び止めたのは、比較的歳も近い大学生のバイト仲間で。同じフロア担当だし、割とよく話し掛けてくる人だった。
「はい」
でも年上だし敬語は欠かせないっていうか、まあぶっちゃけそこまでの仲ではないかなって人。
「さっきの男の子ってさ、一昨日ナマエちゃん助けた男の子だよね?この間誕生日だった後輩?の子!」
あー……さっき西谷が入ってきたの見てたのか。なるほど。噂好きでミーハーなこの人からしたら、私は目の前にぶら下がった餌も同然なわけだ?
「もしかして……付き合ってるの?」
どんな関係なのかとか訊かれるかなー?って思ったら、やっぱり訊かれた。
まあ、ちょっと面倒な気もしたけれど、
「あ!はい!付き合うことになりました」
減るものでもないし、隠すことでもない。素直に答えた。
こういう時、もう西谷は彼氏だから付き合ってますって言えるけれど、 今までだったら私達の関係をどう説明したらいいのかよく分からなくて困っていたところだ。
学校の後輩だけど部活の後輩とかではなくて、友達の部活の後輩。少し前までの私達の、なんだそりゃって関係。 それをわざわざ面倒な説明をしなくていい。
もうお互いに彼氏彼女っていう肩書がある。 改めて、両想いっていいなあ。なんて浮かれてしまう。と、
「えー?!超意外!ナマエちゃんって年下好きだったんだね!」
目の前で彼女が驚くのに、ちょっと気圧された。
まあ、よく言われることではある。 年上が好きそうとか社会人と付き合ってそうとか。 私自身落ち着いた大人の男性がタイプかと思ってたし、イメージってのが必ずしも間違ってるってわけではないんだけど、でも、結果的に私が好きになったのはひとつ年下の元気いっぱいな男の子。
「あ、いや、そういうわけではないんですけど」
確かに西谷はタイプなわけではないんだよなあ。なんて考えながら否定した。
けど、西谷が世界一かっこよかったから私が惚れたのは仕方ない。 恋に落ちるのに歳とか関係ないんだ。とか改めて思う。
「でも大変だねー?なんかさ、年下と付き合ったら色々リードしなきゃならなそうだし」
あれ、一言答えたら解放されるかと思ったら、未だ彼女の興味は私と西谷の関係にあるらしい。
「はあ……そう?ですかね?」
凄いな、なんで赤の他人にこんなに興味もてるんだろう。ある意味尊敬……とか思ってしまうと、適当な返事になってしまって。
完全に油断してた、その時だった。
「まあ若いからってさ、一人暮らしなのいいことにあんま家連れ込んじゃお母さん悲しむよー?!ほどほどにね!」
適当に流しとけばいいやって考えてて、会話の流れなんかまるで聞いてなかった。だから、
「……っ!は、ハハ、そうですね」
一瞬、酷く動揺してしまう。
なんでこの人私が一人暮らしなの知ってるんだろう。 まあ恐らく、店長が何かの弾みで話してたんだろうけどさ。
店長、ほんと口軽すぎ……。 雇用してもらう上で店長には嘘つけないし、両親の承認とか電話口でしか取れないのに雇ってもらって感謝してるけど、勝手に自分のことを他人に話されてるのって、気持ち悪い。
うまく言葉にできないけど、なんか顔も名前も知らない他クラスの男子から電話掛かってきた時とかの気分。 知らない人が土足で踏み入るっていうか、何の気なしに心のシャッターに体当たりされてるっていうか。
込み上げるのは生理的嫌悪で、自分じゃどうにもならない感覚だった。
「でも一人暮らしだもんね。いいよね〜私なんか実家だから彼氏もさ〜」
彼女の話はまだまだ終わりそうにない。私は、彼女との薄い関係の中でもよくわかっていた。 彼女は他人の話を聞きだすフリをして、実は自分の話したいだけの人。
そういうとこ面倒くさいから、
「あ、すみません私っ彼待たせてて……」
本当に申し訳なさそうな顔を繕って、離脱を図った。
「あ!そっか!ごめんごめん!お疲れ様ー!」
まあ別に悪い人ではないし、本人も悪気があって私の触れられたくない話題に触れたわけではないのだ。自身でうざいなって思っておいて、今後の関係に差し支えないように脳内で擁護。
「お疲れ様です!」
はあ。早く西谷に会って嫌なこと忘れよっと。
*
店を出たすぐ前の道で、西谷は仁王立ちしてた。
「あれ、店長何もくれなかったの?」
その手には何も握られてない。さっき現れた時同様、手ぶらだ。
ちょっと!あの人彼氏と話しさせてとか言っといてお礼はどうしたのお礼は!なんて私が憤慨する前に、
「あ!お礼は今度したいって言われました!ナマエさんとバイトない日にでもご飯食べに来いって」
西谷から告げられるお礼内容。
「うわぁお!店長太っ腹ー!うちの店安くないのに!やったねー!」
どんな高いもの食べてやろうか。刺身系?肉系?西谷がどれだけ食べるマンなのか知らないから店長ってばそんな約束しちゃってー!愚かなり!
笑いかければ、
「はい!」
倍にして帰ってくる眩しい笑顔。
「それもこれも!西谷のお陰だー!」
西谷が私を助けてくれたお陰で、まさかタダでご馳走にありつけるとは! ご機嫌のあまり思わず抱きついた私に、
「なっナマエさんっ!うおおっ幸せだぜっ!」
腕の中で拳を握りしめて幸せを噛み締めてる西谷。 私達の身長差の所為で、その鼻息が首に当たってちょっと擽ったかった。
心のみならず身体まで、ふわふわする。
「あはは!西谷鼻の下伸ばしすぎー!」
抱き締めた小柄な彼の感触を散々楽しんでから、西谷の肩を掴んで引き剥がしてケタケタ笑って見せれば、
「……ナマエさん」
西谷は予想外に、真面目な顔をしてた。
「ん?」
あれ、てっきり赤い顔して悔しそうにしてるかと思ったのに。なんだこの顔?って疑問に思う私に、
「デートっスね!」
したり顔で笑う西谷。
「え、」
デートなんて単語にびっくりして惚ける私。 それが、今度うちの店にてご飯食べにおいでって言われたことだと気づくまで、時間がかかる。
「本当なら、休みの日とか色んなとこ連れてってやるもんだと思うんスけど」
そう言う西谷は、より一層小さく見えるくらい肩をシュンとさせてて。
「俺はバレーばっかで、休みの日にデートにも連れ出してやれねぇから、きっとこれからも」
その顔がなんだか、自分の無力を嘆くように歪むから、
「バーカバーカ!西谷のバーカ!」
私はそのしけた面を、思いっきり抓ってやった。
「……っ!?」
頬をつねられた痛みと驚きで、ビクリと震える西谷。
その目を真っ直ぐに見据える。そして、
「私、バレーしてる西谷が好きだよ」
なんの含みもない、ただただ事実を述べた。 こんなおバカさんには、思い知らせてやらなきゃいけない。
そう。私には俺だけ見ててくださいとか言っておいて、自分はバレーボールばっかり追い掛けてるような西谷を、私は好きになったんだよ。
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